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リリャの魔法学園  作者: 夜て
黄金の愛
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はじまりの景色

 目覚める前のことをあまり、よく覚えていなかった。目を覚ます前までの記憶がとてもぼんやりとしていた。それはまるで霧深い街で立ち並ぶ建物は見えているが、その街の細部を覗き見ることはできなかった。光が街の底に届かずにいるようで、不明瞭だった。


 そんな曖昧な景色である自分の身体はとても冷たかった。本当にこの体は自分のものなのかと錯覚するほど冷たかった。それは死体のような冷たさだった。しかしそれでもその奥にはしっかりと生命の熱はあった。

 私の身体の表面は非常に冷たく、病的なまでに白んでいた。手で自分の腕の皮膚を引っ張ってみると、そこに、痛みはなかった。引っ張った皮膚の表面が赤くなるがそれに伴うはずの痛みがなかった。そして、それだけじゃないことに気付くと、私は急いで自分の身体を点検し始めた。

 すると、私の全身は、前まで確かに感じていたはずの感触というものを全く感じなくなっていた。無感覚の私の身体ではあったが、前と同じように機能している器官もあったそれは、目と耳だった。目は病室の光を映すし、耳も病室の外から吹き付ける風の音で揺れる窓の振動を捉えていた。けれども、室内の空気の温度、包まれていた毛布のぬくもり、服とこすれ合う肌の感触など、私の身体は、外界からの感覚を遮断していた。


「………」


 私は見知らぬベットの上に留まりながら、考えを巡らせる。


 今ここにいる自分にたどり着くまでの過去の自分が、いったい何をしてきたのか?何をしてしまったのか?今はまだ上手く思い出せずにいた。何となく、自分が何かに必死になっていたことは覚えている、そして、それはすぐに思い出せそうなところまで来ていることも確かだった。だが、それは、まず誰かに自分がここに至るまでの経緯を尋ねなければ、ずっと、思い出す手前で私の頭には錠が掛かっているそんな感じだった。閲覧は不可。だから、私には誰かの声、鍵が必要だった。


 そもそも、ここはどこなんだろう?


 自分のことが分からないと、今、自分がなぜここにいるのかも分からず、そうなると、ここがどこなのかも当然分からなかった。

 部屋は狭く、硬い岩の壁に四方を囲まれて、私のほかには誰もいない個室であった。天井からは弱い明かりを放つ魔道具がぶら下がっており、室内を弱々しく照らしていた。ベットから左手には、鉄の扉が頑丈そうに部屋に封をしていた。ベット横にサイドテーブルと、扉とは反対側には、空気を取り込む通気口のようなものがあるばかりで、物寂しい荒涼な景色が広がっていた。


 独房なのか?


 私は何か悪さをして捕まってしまったのか?こんな体になってしまったのも、重い罪の代償なのか?そう考えると、だんだんと恐くなってきた。私が何をしてしまったのか?


 必至に思い出そうとするが、覚えている直近のことは、ルコと初めて実家に里帰りをしたところで記憶が途切れていた。それでも自分が、そこからそれなりの日々を過ごしたはずとぼんやりと記憶ではないにしても、実感や直感という事実を証明するには頼りないものたちばかりが、私のこの空白の期間が確かにあったとその呼び声を途切れさせることはなかった。

 だから、きっと私は、自分があの王都スタルシアにある実家から、学園アジュガに戻って来て、そして、学園で何かあったんだと、そう考えるしかなかった。それでも、自分が、こんな体になるほどのこととは一体なんなのかと思うと、想像のひとつもできなかった。


 耳が遥か遠くの足音を拾った。それは鉄の扉の奥に広がる階段を降りて来る音だった。石を削り取った固い階段に、ひとりは普通の革靴、もうひとりは靴底の滑り止め用の鋲釘がぶつかり合う固い音が交互に一定間隔で響いて、これはよく軍人が履いているものだった。ここから大体二、三十メートルほど離れている場所から、二か、三名ほどの足音だ。私は、それをまるで目で見るように理解することができた。


 自分でも気味が悪いと思った。とんでもなく、聴覚が良くなっていることに。そして、それが一種の目のような機能をしたことに。


 やがて、その扉の前に階段を降りて来た。私は、ベットから下りて、手に炎を宿した。何をされるか分からない、場合によっては現れた者を焼き払う覚悟はできていた。


 鉄の扉が開いた。


 中に入って来たのは大人二人だった。彼らは女性で、それでいて、とても見覚えのある二人組だった。


 私は手の内に宿していた炎を消した。


「おお、リリャ!!目が覚めたか!!」


 私の前に立っていたのは、エリザ騎士団の特殊隊の隊長であった【ガラナド・ジャラハン】だった。彼女は、魔法学園アジュガの地下にアジトを構えて、このパースという街の治安を守っていた。


「心配したんだぞ!!!」


 ガラナドがその大きな鍛え抜かれた体で、歩み寄って来ると、私のことを力いっぱい抱きしめた。ひとしきり抱きしめられた後、部隊の医務官でもあった白魔導士のルサさんにも挨拶をした。彼女はガラナドとは違い、大人な節度ある挨拶を返していた。ガラナドだけが特別おかしいのだ。けれどもそんなガラナドも落ち着きを取り戻したところで、私は、早急に現在の自分の状況を聞き出さなければならなかった。


「どうして、私はここにいるの?というか、ここはどこなの?」


「ここは、お前も知っての通り、学園の地下にあるエリザ騎士団のアジトだ」


 それは、魔法学園アジュガの地下を意味していた。地下にはエリザ騎士団がアジトとして使っており、彼らが日ごろ訓練を行う闘技場と大きな地下要塞があった。そして、要塞には、私たちが黄金を探し求めたダンジョンがあった。


 ガラナドが続けた。


「そして、ここはルサの医務室にある個室だ。残念ながら、この地下に上等な個室は私の部屋ぐらいしかない。だが、定期的にお前の健康状態を確認するためには、ルサの近くが一番いいと思って、ここに寝かせておいたんだ」


 学園アジュガの地下にいることは分かった。しかし、それはなぜなのか?まだ決定的な記憶が欠如していた。


「そもそも、どうして私は医務室にお世話になるようなことになっているの?あと、今は、何年の何月何日?」


 そう尋ねたところで、ガラナドとルサの二人は顔を合わせて、私が言ったことに対して驚ていた。


 まず最初に、ルサがもう一度私に白魔法を掛けて身体の具合を確かめたが、すでにどこも悪くはないようで、これ以上私の身体は修復しようがなかった。その後に、診察を受けた。そこで私は自分の身体の感覚がないことを正直にルサとガラナドに言おうとしたが、そこで口が止まった。この感覚がないことはあまり言わない方がいいのかもしれないと思った。それは、不必要な同情を引いてしまいそうで、私は口をつぐんでしまった。これは私だけの問題なのだとそう思いたかった。このことを言いふらしたくはなかった。


 それから、一通りわたしの身体検査が終わると、次は記憶のすり合わせが始まった。

 私は大会から三週間ほど


 ただ、私はガラナドから告げられた、ゴールデンウィング杯という言葉を聞いただけで、全てをあっさりと簡単に思い出すことができてしまった。失われていた記憶の何もかも全てを。


「そうだ、私、今年のゴールデンウィング杯で優勝するために、ひとりでリーベ平野に行って修行してそれで、大会で…あ!?ねえ、ねえ、ガラナド!今年のゴールデンウィング杯の優勝者は誰だった!?」


 私は、思い出すと慌てて尋ねた。だが、尋ねたその一瞬の間に、自分は決して優勝していないのだろうという確信があった。レース中に意識が遠のいていたことを思い出したのだ。そして、私が自分が負けたという結果を受けた、自分の感情を処理する前に、ガラナドから真実を告げられた。


「今年の優勝者は、この学園のラウル・フラーセムって奴みたいだぞ?確か、お前と同じ部活だから、名前くらいは知ってるだろ?」


「………」


 嬉しいと思ったと同時に私の心はすぐにその喜びを枯れさせてしまった。ラウル先輩が優勝したということは、彼はマリア先輩を自由にすることに成功したのだ。そして、二人はきっと結ばれた。それはとてもおめでたいことで私の望むことでもあった。すぐに彼らに会ってその後どうなったかその詳細を知りたかった。

 しかし、私の方はというと、フルミーナとの約束を守れなかった。そればかりではなく、いろんな人たちに心配と迷惑をかけた。特にルコには、長い間寂しい思いをさせてしまったと思う。

 私は複雑な感情に囚われ、しばらく、考え込んでいたが、まずはみんなに会って頭を下げてからだと思った。


「私、学園に戻る」


 ただ、私がそういうとガラナドが言葉を濁しながら言った。


「そのことなんだが…」


「なんですか?」


「ちょっとばかし、ややこしいことになったんだ」


「ややこしいこと?」


 私は怪訝そうに眉をひそめた。


「いや、私は実際に見に行ってないからあれなんだけど、どうやら、リリャ、お前はゴールデンウィング杯で素晴らしい成績を残したらしいな」


 素晴らしい成績。私にとって優勝以外まったく素晴らしくなく、むしろ最悪の成績だった。


「素晴らしい成績?いや、私は、優勝できなかったから、全然素晴らしくはないよ…」


 そこでルサが急に会話に割り込んで尋ねた。


「リリャちゃん、あなた、七速が使えるって本当なの?」


 七速。それは飛行魔法の出力である飛行リングの数であり、七速は、七つのリングでの飛行を意味していた。

 リングに応じて飛行速度と機能性が上がるため、飛行魔法の性能を図る上での指標でもあった。

 そして、七速はプロの飛行選手の到達地点でもあった。さらに七速以上にもなるとそれは、トッププロであり、この大陸の飛行選手でも指で数えられるほどしかいない極めて貴重な存在だった。


「使えますよ、ちょっとだけ、数秒程度ですけど。それ以上使うならたぶん、死を覚悟しなくちゃですけど…」


「それが原因だ」


 ガラナドが言った。


 私は思わず「え?」と、呆気にとられた。


「リリャ、お前はその七速が使えるせいで、今、国内外問わず、いろんな奴らから注目を集めているんだ。ゴールデンウィング杯で優勝を逃したにせよ、お前のその力はあまりにも軍事的には魅力的だ。だから、今後、お前の周りには、お前を取り込んで利用しようとするやつらもいるだろうし、最悪、お前の命を狙う者たちもいるかもしれない」


 私は一瞬で話についていけなくなった。


「ちょっと待って、なんで私がそんな怖い状況に巻き込まれてるの?たった七速が出せるだけで?」


 困惑する私にガラナドは淡々と言った。


「いいか、そもそも普通は、あの学生の大会で七速出す奴はいないんだよ。ところが、今年、お前は七速を、そして、優勝したラウルってやつは八速を出して、世間じゃ、今、その話題で持ちきりだ。しかも、まったく同じ学園でそんな逸材が二人も出たもんだから、今、学園には、お前のところの飛行部目当てに、大量の編入生が押し寄せてるらしい、そこに悪い奴がいれば、お前の身も危険にさらされるばかりか、周りの人にも被害が及ぶかもしれないんだ」


 ガラナドは続けた。


「だから、リリャ、学園に戻るなとは言わない。ただ、念のため護衛くらいはつけさせてくれ」


「護衛?」


「そうだ、ちょうどお前を護衛するのにいい奴がいるんだ、紹介させてくれないか?」


「いいけど、学園にはガラナドたちがいるから大丈夫なんじゃないの?」


「四六時中、お前の傍で守る存在が必要なんだ」


「えぇ、そこまでする必要ある?」


「あるさ、お前はすでにこの国にとって大事な存在だからな」


 ガラナドは私の肩を軽く叩いた。


 それから私たちはその学園地下の要塞にある洞穴のような医務室から、階段を上がって地下の闘技場に向かった。


 私はガラナドに言われたことを考えていた。


 はたして私にそこまでの価値があるのか?


『いや、ないでしょ…』


 無いと断言できた。たかだが、一女学生が、飛行魔法の七速を使えたからといって、国家が保護してくれたり、他国から命まで狙われるのはあまりにもバカげた話に聞こえた。もちろん、ガラナドがこうして私を気遣って護衛を付けてくれるのはありがたかったが、どうにも私は上手く彼女の話しを信じ切れずにいた。自分が何をしたのかという自覚が足りなかったのだろうか?いや、それもまた違うはずだ。そもそも、国家や軍というものは、もっと、日々重大な任務に追われているはずで、こんな女子生徒ひとりを気に掛けるよりもやるべきことがたくさんあるはずなのだ。


 私は、だから、半分はガラナドの私欲が入っているのではと邪推した。


「ガラナド、さっき言ってたことだけど、私って、それほど価値ある女になっちゃったの?」


 先を上っていたガラナドが上る調子を合わせて、私の顔のすぐ傍に自分の顔を持って来ると言った。


「ああ、お前は、ずっとずっと価値ある女になった。そんじゃそこらの女なんかとは比べ物にならないほどにな」


「でも、それって、軍事的になんでしょ?」


 私がそういうとニコニコしていたガラナドの顔が、真意を見抜かれたことで、真顔に戻った。


「そうだな」


「最低」


「アハハハハ!冗談だよ、リリャ、お前はいい女だよ、とってもな」


 私がそう吐き捨てると、ガラナドは意地悪そうに笑っていた。


 階段を上り切って要塞から外に出てもまだ地下だった。天井には岩盤が敷き詰められ、地下闘技のいたるところに篝火の明かりが周囲を照らしていた。

 地下闘技場の中央では、エリザ騎士団の隊員たちの訓練が行われていた。


「ほら、リリャ、今、私の部下に稽古をつけているあいつが、今日からお前の護衛だ、仲良くしてやってくれ」


 ガラナドが指し示す方向にいたのは…。


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