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リリャの魔法学園  作者: 夜て
黄金の愛
301/307

護衛者

【キア・グランド】は、久々に魔法学園アジュガに帰還していた。今日は休日で学園は無いが、その地下にあるエリザ騎士団の砦に足を運んでいた。

 魔法学園アジュガには砦の他に地下闘技場があり、緊急時に備えて彼らは日々の訓練に明け暮れていた。闘技場では、思う存分に血を流すことができた。訓練の傍には必ずひとりは万全の状態の白魔導士がおり、実践に近い形で戦闘の訓練をしても、白魔法が負傷の傷を癒してくれた。その習慣にのとって、キアもまた、彼らに交ざって訓練をしていた。といっても、彼女の場合は訓練ではなく指南役といった方が適切だった。相手をする者たちはキアが本気を出すと、すぐに喋らない肉の塊になってしまう者たちばかりであった。剣を持って勢いよく、飛び掛かって来る騎士二人を、キアは軽くいなしていた。


 キアは、去年の夏あたりから一年ほどの間この学園を任務のために空けていた。それはエリザ騎士団と合同任務を遂行するためでもあった。キアは、現在エリザ騎士団の指示のもと動いていた。グランド家からの許可も得ていた。その後ろでグランド家とエリザ騎士団の取引があったようだが、そこはキアが関知できるところではなく、グランド家の当主である彼女の父親が決めることだった。

 キアという存在は、国家や組織にとって、剣であり牙であり、矛の役割を果たしていた。だからこそ、彼女は強くなるために鍛え上げられ、死地に飛び込むことすら厭わなかった。

 そして、矛の先端が血にまみれるのは当然の結果でもあり、彼女の手には手に掛けた人の血が渇くことはなかった。任務とはそういうものだった。


 キアが、ばったばったと、果敢に挑みかかって来るエリザの隊員たちを、素手とその洗練された軽やかな身のこなしだけで、さばいていると、要塞の方の階段から降りて来る者たちが目に入った。


「リリャ…」


 その中でもひときわ輝いて見えた金髪の少女がいたことが、キアにとって、これ以上ない待望の瞬間でもあった。

 任務中もずっと、どこか彼女と別れ際の言葉がキアの頭から離れなかった。


『ずっと大好きだから』


 もちろん、それが友達としてという意味がついて回っていることは分かっていた。それでも、いざ、こうして実際にまた彼女と出会ってしまったとき、キアの胸には今まで感じたことのない胸の奥から込み上げてくるものがあった。


 少女が走って来る。

 胸の苦しみはより一層苦しくなった。いったいどう接すればいいのだろう?今まではじめじめと暗い血肉が飛び散る凄惨な地獄を渡り歩いていた途中で、突然、明るいふわふわした雲の上の天国に出たような、そんなあまりにも突飛な世界の変貌ぶりに、キアは困惑するしかなかった。


 ただ、キアは、階段を降りて来た少女を前に、恥じらうことしかできなかった。それはキア・グランドという矛を、ただの少女に変えた瞬間でもあった。だからこそ、キアはそこで自分の残虐さの象徴でもある尻尾を隠し忘れていたこともまた忘れているのだった。


 ***


「キア、久しぶり!!!」


 私は、何の遠慮もなしに、友達のキア・グランドの胸の中に飛び込んだ。久しぶりにあった彼女は何も変わりはなかった。


「ねえ、今までどこに行ってたの?」


「…あ、えっと、任務だよ……あッ………」


「へえ、なんの任務?」


 尋ねたはいいが、キアが、何となくこの空けていた期間に、何があったか聞かれたくないような顔をしていた。


「あ、いや、なんでもない。それより、リリャも何も変わりはないようだ」


「あぁ、そ、そうだね…」


 そして、私もまた、変わりがないわけではなかったが、あまり言いふらされたくない身体のことを思うと言葉に詰まった。


 私とキアがそうやってお互いの近況をぼかしていると、意外なことに私は気づいた。


「あれ、キア、それって…」


「あッ!!!」


 キアはそこで彼女らしくない、大きな声を上げた。

 彼女の後ろからは細くて黒い鱗を帯びた尻尾が生えていた。


「うそ!!キアって竜人だったの!!!これって、本物の尻尾だよね!?」


 私は、彼女の後ろに回って、その黒くて美しい尻尾を眺めた。


「それは、その、私は…」


「めっちゃ、素敵!!!」


「ッ!?」


 黒い鱗の一枚一枚が常に濡れているような鏡張りのような光沢を放っていた。そんな綺麗な鱗がついた細く、けれども力強さも感じる尻尾に目を奪われないわけにはいかなかった。しなやかにキアの意思に沿って揺れ動くその尻尾の優雅さに、私の目は彼女の尻尾が動くたびに、その動向を目で追っていた。


「ねえ、ちょっと触ってもいい?」


「……いいよ」


「やったー!!」


 ちょっとばかし固まっていたキアだったが、私の図々しいお願いをキアはあっさりと了承してくれた。


 黒い鱗にそっと触れた。ひんやりとしてとても硬かった。けれどもそれはしっかりと細い彼女の尻尾を守るための鎧として機能していた。だが、そんな彼女の尻尾に、私は美しさを感じずにいられなかった。それはまるで黒曜石を削って作り出したような、そんな尻尾だった。


「へえ、鱗ってこうなってるんだ。私、竜人の鱗に触るの初めてなんだよね、」


 私はキアの尻尾を撫でまわしていると、ガラナドが私たちに向かって言った。


「キア、今日からリリャの護衛をしろ」


「私が?」


「そうだ、いいだろ?どうせ学年も一緒なんだから、四六時中、お前がリリャを守ってやれ」


「待って、守るってどういうこと!?リリャは誰かに狙われているの?」


 キアが、ガラナドの方に勢いよく振り向き尋ねた。


「いや、ただ、その可能性が捨てきれない状況に今なっているから、お前を傍に置いておくのが一番無難な対処法だと思ったまでだ」


「そのことについて詳しく聞かせて」


 キアは、そこで私がゴールデンウィング杯という飛行大会で、飛行魔法の七速で飛んだ話しを聞いた。彼女は尻尾に夢中だった私とガラナドの顔を信じられないといった感じで交互に見比べていた。そして、それによって、ガラナドは、私が色んな国から狙われているようなことを話したが、私はそれに対して疑いの意見をここでようやく彼女に述べた。


「大げさだと思うんだけど、その誰かに狙われるとかっていう話は…」


 その意見に、ガラナドは首を横に振って、まったくこのお子ちゃまはといった感じで浅いため息交じりに言った。


「リリャ、お前はまだ分かってないようだな。お前が示してしまった価値を、そして、国家にとって制空権がどれだけ重要であり、恐ろしいかを…」


「待ってよ、だからって、私、意外にも七速で飛べるような人はたくさんいるでしょ?それこそ、プロの飛行選手とか、軍隊にだって、別に私だけが特別ってわけじゃないでしょ…」


 ガラナドがそこで、そのことについて、詳しい説明を始めてくれた。


「いいか、まず、そもそもの話し、国の軍隊に飛行魔法を使える兵士が極めて少ない。全体で、二、三割いればいい方だ、それでいて軍事作戦に通用するレベルで運用できる飛行魔法の使い手となると、それは一割を切る。軍事作戦での飛行魔法は四速が最低ラインだ。四速で飛べれば普通、五速で飛べる奴はいろんな部隊から重宝される。六速なんかで飛べれば大きな作戦の要としての大役が任されたりする。七速なんか、貴重な人材すぎて前線にすら送られない、バカみたいだろ?だが、実際にそれほどまでに戦争において空を制するということは重要なことなんだ。なんだったら、制空権を取ったら、,

 ほぼ、勝利したようなものだからな。

 リリャ、お前は、まだ学生で、気にしたことがないからあれだろうが、シフィアム王国という空の支配者たる王国が、大陸の中心にあって敵対する大国に囲まれて滅んでないのだって、あそこには竜っていう空の機動力を大量に保有しているからでもあるんだ。まあ、あそこは攻めにくい立地だからってのもあるが、まあいい…」


 ガラナドがそこまで言うと、一度話しを区切って、質問したそうにしていた私と目が合う。


「では、何かここまでで、ご質問は?」


「はい、ガラナド先生!」


「では、リリャさん」


 ガラナドが私を指名する。


「プロの飛行選手が、軍人になれば、この問題はあっさり解決するのではないでしょうか?プロには七速で飛べる選手がたくさんいると思います」


 ガラナドは、人差し指を左右に振り、それでいて舌でチッチッチと鳴らし、その考えが甘いことを私に示した。


「リリャさんの答えは、とてもシンプルで合理的ですが、世の中そんなにすんなりとはいきません」


「一番、それが国にとっていい解決策だと思ったのに違うの?」


「違うんだ、残念ながら」


 ガラナドは説明の続きをはじめた。


「それでここからは、プロの飛行選手についてだ。彼らは、基本的に戦争に参加できないって決まりがある。それは、ウィング協会がこの大陸で中立を保っているデカい組織のひとつだからっていうのがある。どういうことか分かるか?あの協会は、この西部の六大国はもちろん、大陸中の国と条約結んで選手に戦争介入への禁止をしているんだ。それはとんでもない権力だよな、なにせそれを国に認めさせているんだから。

 まあ、そこで、プロの飛行選手が戦争に参加したことが分かれば、ウィング協会はその選手をプロのライセンスを剥奪し、さらには永久追放される。そうなれば、プロの飛行選手に関することは、すべてウィング協会に通じているから、事実上、選手たちは飛ぶ場所がなくて廃業になるってわけだ。

 ただ、もちろん、これはあくまでも、国とウィング協会の間の約束ごとであり、選手個人に破られることもあるというわけだ。ひとたび戦争が起これば、綺麗ごとを言っている場合ではなくなるからな。だから、祖国のために戦場に飛び立つ選手も多い。実際、今から約十三年前に起こった竜光戦争では、何人かシフィアムとレイドから追放されたプロの選手がいたらしい。ちなみに、その竜光戦争では、キアの親父さんが大活躍した戦争で…」


 ガラナドの話しが脱線しそうなところを、キアの鋭い眼差しが制止させた。


「えっと、だからな、ウィング協会にはそれなりに力があってだな、それも国家が喉から手が出るほど欲しい飛行能力を備えた人物たちを囲っているってわけだ。そして、国の軍部は、そんな彼らの機動力を欲してはいるわけなのだが、協会はそれにこう反論した。『戦争という愚かで醜い国家間の政治的手段の道具として、我々の最速の翼があるわけではない。我々は空の神エアロのもと、この空を翔けるのだ。それは神の追い風とともにあるべきだ』とね、どうだ?なかなか、ウィング協会っていうのは気骨がある組織だろ?なんてたって、あのアスラ帝国にだって、これで一歩も譲らなかったんだからな」


 そこまで話すと、ガラナドは、話しすぎて乾いた喉からひとつ小さな咳払いをすると、私の方をまっすぐ見据えた。


「リリャ、これでわかっただろ?お前のような才能のあるやつは、ウィング協会か、軍部のどちらか二択しかないというわけだ。そして、そのどちらも選ばず、宙ぶらりんでいること、それすなわち、戦争への参加権を有していることになり、お前は他国から消されても文句は言えないということだ。なぜなら、お前はレイド王国にいて、七速で飛べる脅威なんだからな」


 何となくだが、私は自分の置かれている状態を把握できた気がした。ようするに、私が立場を決めない間は、命の危険があるかもしれないということだった。


「じゃあ、私がここで目覚めたのも、ガラナドたちが保護してくれたってことなの?」


 それはレイドの軍部、つまり国が私を保護してくれたということを意味していた。


「そういうこと、お前の身柄はいったん、エリザ騎士団の我々が預かっているということになっている。だが、もちろん、さっきもいったが、お前には選択肢がある。このまま軍部に入るか、飛行選手になるかの二択だ」


 ガラナドが私に顔を近づけて答えを迫る。


「さあ、どうする?プロの飛行選手か?軍人になるか?ちなみに、軍人なるなら、私の部下になって、それはもう好待遇で迎え入れる準備はできている。みんなもお前のことを気に入っているし、将来は安泰なことは間違いないし不自由もさせない、それに、何と言っても自分の大切な人を守れる仕事だ、やりがいもある」


 甘い誘いだった。軍は報酬も良く生涯死なない限り安泰だ。


「だけど、私が軍隊に入っても命が狙われることに変わりないのでは…?」


 ウィング協会が中立で戦争に参加できなくなる分狙われずらくなるのは分かる。だが、軍隊にはいればそれだけ敵を作って余計狙われるのではと思った。だが、その考えこそ違った。


「それは違う、軍に入れば、お前は正式にレイド王国の軍人になる。そうなれば、お前に手を出す人間は逆にほとんどいなくなる。なぜだか分かるか?」


 私は少しだけ考えるとすぐにある答えにたどり着いた。


「レイド王国っていう、大国の庇護下に入るから?」


「そうだ、お前の敵は、間違いなくレイドの敵になる、それは国際問題というやつだ。たったひとりの兵士を相手に、国を敵に回すバカはそうそういないということだ。これでわかっただろ?お前は正式にレイド王国の軍人になって、私と共にこの国を守ろうじゃないか!」


 ガラナドは、私を軍に引きずり込もうとしていたが…。


「それなら、私は、飛行選手になるよ」


 私は即決した。


「……うぅ、やっぱりか?」


 ガラナドは、目元を潤ませながら、とても寂しそうな目をして私を見つめてきた。そこで彼女がふざけているのは分かった。だけど、私は真面目に答えた。


「うん、軍人も立派なお仕事だと思ってるだけど、きっと、私には合わない。特に、軍隊の規律とかが合わないと思うんだよね…」


 色々と考えてみたが、どうしても自分が軍に入って幸せになるイメージが湧かなかった。


「どんな軍規違反も私がかばってやるぞ?」


「ほら、ガラナドにそう言われる時点で、私はきっと軍には向いてなんだよ」


 ガラナドはそれでも食い下がらなかった。なんだか、彼女の様子はいつもと違っておかしい気がした。


「お前は最高の軍人になると思うんだけどぁ、力もスピードもあって、なにより、死を恐れないところとか…リリャ、お前は軍人として素晴らしい人間になると思うんだけど、本当に入らないのか?」


 私は、誰かを守るために力を振るえるという点に関してだけいえば、軍人には向いていたのかもしれない。けれど、私は、決して暴力を振るうことを好んでいるわけではなかった。暴力という力がひとつの手段だとは認めており、それを身につけてもいたが、好きか嫌いかと言われれば嫌いだった。

 嫌いだったが、この争い絶えない世の中で、力を付けないことは、やはり、おばあちゃんも言っていたが、それはあまりにも愚かな行為であった。世の中には、言葉が通じない相手もいるのだ。

 それでも、私は軍人になるべきではないと、そう思っていた。


「リリャは、飛行選手になるべき!」


 そこで、キアがきっぱりと言った。私とガラナドが彼女の方をみると、彼女は続けた。


「ガラナド、不用意に、人を軍に入れるべきじゃない、それもリリャをあなたの部下になんて、それは私が絶対に許さない!」


「だが、それはこいつが決めることだ」


「さっきも、リリャは飛行選手になると言った。だから、もう、彼女が軍に入ることはない!」


 キアが、ガラナドを激しく批難しているところを見るからに、彼女は本気で怒っているようだった。けれども、私の為に二人の仲が悪くなるのはあまり居心地のよいものではなかった。


「キア、私のために、ありがとう。だけど、ほら、喧嘩するほどのことじゃないよ、それに話もついたし…」


「ううん、リリャ、話しは全然終わってない、ガラナドは、リリャが本当にプロの飛行選手のライセンスを取って、正式に協会が認めるプロの飛行選手になるまで、ずっとリリャを勧誘してくる。リリャ、もう、あなたの取り合いはすでに始まっている」


 キアがそこまで言うと、ガラナドが片眉を上げバツの悪そうに唇を捻じ曲げては噛んでいた。しかし、そこで、肩をすくめたまましょぼくれた顔で彼女は申し訳なさそうに言った。


「だって、上からの命令で何としてでも、軍部に引っ張ってこいって、きつく言われたんだもん…」


 ガラナドはいじけるように、その場にしゃがみこんで膝を抱えた。


 キアはそんな彼女をきつく睨みつけていたが、私の方を向くとその表情は雨に打たれた子犬を見つけたときのような、庇護欲全開の顔つきだった。


「頼むよ、リリャ、連れて来ないと、私は降格するし、そうなると減給されちゃうよ…それに、リリャがいれば、私の添い寝友達がずっと傍に…」


 ガラナドがリリャに手を伸ばすが、それを冷たくキアが払った。そして、キアが私に言った。


「ガラナドはまだとっても甘い方、それに彼女は私も信頼を置いてるから、まあ、大丈夫。それでも、これからあなたの身に何が起るかは分からないから…」


 キアは私を騎士のように抱き寄せると続けて言った。


「リリャ、あなたのことは絶対に私が守るから安心して」


「はい…」


 私は彼女の真っ直ぐな言葉と瞳を見て、思わず顔を赤らめ照れてしまった。あまり、自分の弱いところは見せないと努めていたが、この時ばかりは、キアが王子様で私がお姫様みたいだった。


 それから、キアは、勧誘の魔物となってしまったガラナドから、私を引きはがすために、すぐに仕度を整え、裏側だった薄暗い地下から、表舞台の日が差す学園へと戻るのだった。


「ところでキアってどれくらい強いの?」


 私がそう尋ねると彼女は笑顔で言った。


「とっても」


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