閑話 始動 七人の支配者
扉の無い、真っ暗な部屋の真ん中に照明の明かりが落ちた。
明かりが落ちた先には、円卓があり七つの座席が並んでいた。
「ロハク卿、こたびはどういった用件での招集なのでしょうか?緊急招集までするとは」
イゼキア王国担当の一番席の男が言った。
席番号は担当する国家により振り分けられた番号であり立場を示すものではなかった。円卓である以上、この場にいる者たちは、みな同じ力関係として座席に座っていた。彼らはあくまで組織のトップではなく、ただ、大国の管理を裏から任されていた者たちであった。彼らの組織のトップは王として畏怖と共に崇められていた。
ロハク卿と呼ばれたスフィア王国担当の三番席の白い髪のエルフは、神妙な顔つきで、この場にいたみんなに語り掛けた。
「奇跡が起こったのじゃ」
全員が彼のその発言に、頭の思考が止まった。その言葉の意味を探る者もいれば、発言者のロハク卿が耄碌したのかと疑う者もいた。みんなが各々の思考に囚われていると、彼は続けて言った。
「諸君、ことは重大じゃ、我々はその奇跡を起こした張本人を探さなければならない」
投げかける言葉の意味にその場にいた皆がついていけていなかった。そこで引き続き一番席の男が皆の代表として、ロハク卿に尋ねる。
「ちょっと待って下さい。おっしゃっている意味が分からないのですが…?奇跡とは何のことですか?」
その問いにロハク卿は、呆れた顔をした。そして、周りを見渡すと彼の言葉の意味を理解している者はいないようだった。しかし、それも仕方のないことだった。なにせ、ロハク卿ですら、その奇跡が本当に起こったのか確かめようがなかったからだった。
「奇跡とは【ナイラの光】のことじゃ」
「ナイラの光…」
「そうじゃ、今から、およそ、二百年ほどまえ、ナイラ・スティルゼンが起こした奇跡と同等のものが観測されたと、グラスアイからの報告があったのじゃよ」
他の席の者たちもみんなロハク卿の言葉で動揺が広がっていた。
「ということは、ついに現れたのですね?白魔導協会が示すところの聖人が、聖女ナイラに続く者が」
「いかにも、二百年ぶりの快挙じゃ」
ロハク卿は頷いてみせた。
白魔導協会はすでにドミナスの支配下にあり、まさに、この白魔法の覚醒である『ナイラの光』と呼ばれる魔法を使える聖人の出現を待ち望んでいた。
「だが、残念なことにそれが誰かは分かってはおらん。ドミナスの人間ではないことは確かじゃ、ただ、白魔導協会の人間かあるいは、外部の協会未登録の人間、後者だと厄介極まりないのじゃが、それを諸君らに捜査してもらいたいというのが今回の緊急招集の理由なんじゃ」
みんながここに集められた理由を納得し始めていた。
「これはドミナスにとって、いいえ、我らが王の為にも絶対に遂行しなければならない依頼ですね」
「そうじゃな、王は、以前からあの忌々しい聖女の魔法に特別目をつけておったからのう…」
ロハク卿は、蓄えた白いあごひげを撫でながら言った。
「ですが、この件、リベルスもまた、関わって来るのではないでしょうか?」
四番席の竜人がその組織の名を口にすると、ロハク卿はため息をひとつついた。
「それは間違いないのう。一刻も早くこちらで、聖人を捉えなければ、先を越された場合面倒なことになることは間違いない…」
リベルスとは、彼らドミナスという組織と敵対する唯一の組織であった。ドミナスの組織的な規模が、この大陸全土を支配下に置いているのに対して、リベルスの組織的な規模はせいぜい街程度しかないと推定されていた。
しかし、その組織の実態は、たったひとつの魔法で巧妙に隠蔽されており、ドミナスですらその実態を把握できていなかった。レゾフロン大陸というドミナスの家に住みついたネズミのような、組織であるリベルス。だが、彼らもまた、ドミナスという組織の実体を捉えられていないため、拮抗状態、あるいはドミナス優勢でことは運んでいたが、それでも目障りな組織に変わりはなかった。
「皆、急ぎことに当たってもらいたい、最初は白魔導協会の者から調査に当たるのじゃ」
ロハク卿がそう言うと皆が、その意見に賛同し、会議は終わった。
会議が終わると皆、軽く雑談や近況報告をしてから、自分たちの持ち場に帰るため、室内に七つ設置された転移魔法陣に入っていった。
ロハク卿も自分の屋敷に帰ろうと、転移魔法陣で帰ろうとした時だった。
「ロハク卿、少しよろしいでしょうか?」
「おや、どうしたのじゃ?また、何かアドバイスが欲しいのかな?」
ロハク卿に話しを掛けて来たのは、アスラ帝国担当の五番席の男だった。彼はまだここの東部の大国管理者になってから日が浅かった。そのため、ロハク卿は会議のたびに彼にはここでのやり方や基本的なルールや役割などの初歩的な、助言を授けていた。
彼はロハク卿が推薦した弟子のようなものでもあった。
「はい、どうにか助言を頂きたく…」
「それは、先ほどの聖人の件に関わることか?」
「あぁ、いえ、それとはまったくの別件でございまして、えっと、私の管理下にある、アスラ帝国皇帝【オドムメガ・フューリード・アスラ】の動向に不穏な動きがありまして…」
「あぁ、あの少々癖のある、いや、皇帝はみな、癖があるものばかりか、いやはや、そやつがどうしたのじゃ?」
「少し長くなりますが、よろしいでしょうか?」
「ふむ、なら腰を据えて話しを聞くとするかのう」
ロハク卿は、彼を隣の席に座らせ、話しを聞く姿勢を整えると彼は語り始めた。
「皇帝は現在、我々ドミナスの傘下にある状態だということは、ロハク卿並びに他の賢人たちもご存知かと思います。我々は、彼らに力を見せ服従させることに成功しました。その時、ちょっとばかし組織の力を借りましたが、彼らは我々が主だということを認めてはいます。
ですが、ここ最近で、ひとつ問題が起こりました。それは、皇帝が意図的に我々の使者を帝国議会から外したのです。もちろん、それを聞いた私は、すぐにこのことについて彼にメッセージを送りました。使者を帝国議会に参加させろという。すると、彼は次の議会で我々の使者を再び復帰させました。ところが、復帰したその次の議会ではまた我々の使者が外されたという報告が来て、私は怒りのあまり、別の者を呼び皇帝に我々の力を示すために彼を脅すことにしました。それは組織の暗殺者を借りて来て、皇帝を脅すよう命令したのです。暗殺者は無事に任務を終えました。もちろん殺してはいませんが、皇帝は今後我々の言うことを素直に聞くようにしっかりと恐怖を植え付けたとのことでした。それから、しばらく、そういったドミナスに対して喧嘩を売るような真似はしなくなりました」
そこで彼はいったん言葉を切ってから、すぐにまた話しの続きを語り始めた。
「ところがです。今度は、我々の使者が行方不明になるという事態が発生し、皇帝から我々に直接メッセージがありました。『そちらからの使者がいなくなったのだが、我々を監視しておかなくていいのか?それほどまでに、我々は貴公らの信頼を勝ち得ることができたのか?』と。私は最初、そのドミナスの使者の脱走あるいは裏切りを考えました。そうなると、組織の狩人たちに依頼をしなければなりませんでしたから、しかし、私はそこでひとつ、仮説が浮かび上がったのです。皇帝が、いえ、帝国内が我々の使者を殺したのではないのかと…そのことを皇帝に問い詰めたのですが、彼はむしろそんなことは知らないと怒りを露わにして来ました。そちらの使者の落ち度で我がアスラ帝国の君主を疑うのかと、こちらはすでにそちらの暗殺者に脅され、貴公たちに尽くすことを決めたのにか?と。
確かに、報告には、我々の組織への帝国からの多大な献金と情報提供ならびに国家として隷属することが、皇帝の一言によって決まっておりました。そのため、彼らが我々の使者を殺すあるいは拘束する意味がないことからも、第三者の介入があったと思わるのです。ロハク卿、ここまでお聞きになって、どう思われますか?まさか、帝国の内部機関にリベルスとの内通者がいると考えるべきでしょうか?それとも、リベルスの者がいるのでしょうか?彼らは我々の常に死角に潜んでいますから…」
そこで、五番席の男は頭を抱えて黙り込み、意見を求めた。
ロハク卿は、しばらく、彼の話したことを頭の中でまとめると何個か質問した。
「ちなみになんじゃが、君は、実際にその皇帝と会ったことはあるのかね?」
ありません、と彼は言った。
「顔をみたことは?」
精巧に模写された写し絵でなら、と彼は言った。
「我々の存在を伝えるとき、君は最初どのようにして、彼にアプローチしたのじゃ?具体的に教えて欲しいのう」
「暗殺者と説得者の二名を、皇帝の寝室に送り、彼が眠っているところを起し、我々が脅威であり服従することを伝えました。逆らえば、お前を殺すばかりではなく、一族、皆殺しにして、皇帝の血をお前の代で絶やすと、そして、それが実際にできることを明日、お前の側近の部下の家族を殺すことで証明してみせようと、そのような流れだと聞いており実際に皇帝の信頼していた部下の妻を事故死に見せかけた暗殺をしております。そこから、我々ドミナスと、皇帝の関係は続いています。もちろん、彼には組織のことを外部に漏らせば先ほど述べたことと同じ罰が下るということは重々伝えています」
そこまで言うと、ロハク卿は頭を悩ませた。
『ふむ、なるほど、なるほど、君の得意のやり方でやったのか…』
ロハク卿は、すっかりため息をついた。
「スラードくん…」
ロハク卿は、その第五番席の若い男の名を呼んだ。
スラードは、まだ、二十代後半でありながら、ドミナスの中でも優秀な成績を残した管理者であった。彼が担当し管理した東部の国で、彼は素晴らしい成果を上げた。その成果のひとつに、国家ひとつを完璧な支配下におき、ドミナスの言葉のままに操れるまでに管理を徹底したところにあった。彼は最初、力で国のトップを脅すが、そこから彼の支配下に入れば、その国は彼の手となり足となる操り人形となった。君主を脅したり首をすげ替えたりすれば、そんなものは簡単だろうと思うかもしれないが、そうはいかないのが国というものだ。
しかし、彼の凄いところは、ドミナスの要求するタイミングで的確に国家を動かせるレベルにまで国と国民を管理、調教できるところにあった。まずはその国の情報を徹底的に調べ上げることから始まる。君主やその部下など王族周りの人間関係から始まり、次に軍事力や、経済力、定められている法律、など国内の制度や能力を調べたあと、周辺諸国との力関係や外交の状態を把握し、そして、最後にその国の民たちの気質を見ることで、その国をひとつの情報としてまとめあげ、それを彼の手腕によって、ドミナスの好みの国へと作り変えていく作業が始まるのであった。そして、彼はその作業をとても自然に進めるのであった。そのため、彼の手をかけた国が急速に発展あるいは、急速に没落していくというまさに彼一人で国の命運を左右されるほど、彼には国を操るスキルが備わっていた。
そのため、国を動かすという点においては彼の右に出るものはおらず、ロハク卿でさえも、その点だけにおいていえば彼には敵わないと思っていた。さらに彼は他の席の者たちからも『傀儡師』とまで呼ばれ、年齢に関わらず敬意の念を持たれていた。
そのようにして、ロハク卿もその彼の優秀さを非常に買っていたところだったのだが、今回に関していえば、彼はすでに心理的に皇帝にからめとられた後だということを知った。
「残念ながら、今回、君は、失敗したといっていいかもしれないね…」
「ど、どうしてですか!?」
「ドミナスというのはまず、その存在の秘匿性にあるのは言わずもがなじゃ。ただ、別にこのことに関して君が違反したというわけではないから安心せい、特に君主だけに絞って我々の秘密を明かし支配する、これは我々の常とう手段でもあるからのう」
ロハク卿は特に彼を責めることはなかった。ただ、話しを聞かされて、彼にはまだアスラ帝国を管理することは早かったということは分かった。
「しかしじゃ、スラードくん。君は、その皇帝に上手いこと騙くらかされておる」
「私がですか?」
「そうじゃ、その我々の使者を殺したのだって、まず皇帝側の仕業で間違いないじゃろう」
「どうして、お分かりなるのですか?」
「簡単じゃ、関係者が、お前さんと皇帝とで完結しているからじゃ」
「ですが、第三者の仕業ということも…」
スラードが食い下がるのだが、そこでロハク卿が説き伏せる。
「ないのう。なぜなら、そもそも、皇帝のような君主たちの環境というのはとても閉鎖されておるからじゃ。特に帝国はその傾向がもっとも強い。部外者を嫌う。だからこそ、前任者は、皇帝を脅すようなことはせずに間接的に支配していた。
本来、国家の中枢というものに外部の人間が干渉すること自体難儀なものじゃ、それこそ我々のようなある種の特殊な組織でもない限り、部外者が自然に国家の中枢に入り込むことはまず不可能なこと。
お前さんは操ることばかりに気を取られ、そのことを忘れておる。まずは、初心に戻ってみるのじゃ、そうすればよう見えてくるはずじゃ。そうじゃな、ひとつワシから言うとすれば、皇帝がお前さんのことを心底恨んでいることとか見えて来るのではないかのう?」
ロハク卿は、そこで、カッカッカッと余裕たっぷりに笑った。反対にスラードは心底、気を落とすというよりも、なぜ、自分にはそのことが分からなかったのか反省を繰り返しているようすだった。
「スラードくん、勉強だと思って、しばらくは君に帝国を任せるとする、なんとか、軌道修正をしてみるのじゃ、ワシは君にはそれができると思っている」
「ですが、私は失敗しました。帝国を管理するどころか、組織の顔に泥を塗ってしまいました。私は、我らが王の名のもとに、この命で償いをするべきかと…」
深刻に落ち込むスラードに、ロハク卿は言った。
「何を言っておるのじゃ、君ほどの優秀な者がそうやすやすと死なれては、ワシの苦労が増えるばかりじゃろうて」
「しかし…」
「なぁに、進捗を逐一ワシに報告し、共に国家管理という業務を楽しんでいこうではないか、そもそも、たとえお前さんのミスひとつで国が滅ぼうが、また、建国すればいいだけの話しなんじゃから、そう、気負うものでもない」
ロハク卿はそう言って彼を励まし元気づけた後、いくつか助言を残し、彼と別れた。
ドミナス七人の支配者の特別会議室にひとり残されたロハク卿は、しばらく、スラードのことに頭を使った。
『今期のアスラの皇帝は、多少は頭が使えるのかもしれんのう…』
ロハク卿は、今まで見て来た歴代のアスラの皇帝を思い浮かべてみたが、どいつもこいつもひどい欠陥だらけのバカばかりで、支配しやすいことこの上なかった。
『まあ、どの国でも稀にこういった例外が現れるから、本当にやりずらい物じゃ…』
ロハク卿は、自分の拠点に帰るため、魔法陣へとその遅い足を進める。
『それよりも、問題は、聖人の方じゃ…こっちの捜索の方が骨が折れるわい』
アスラ帝国の問題は今後の動向を見守ってから後から手を打っても問題なかったが、聖人捜索の方は、リベルスという厄介な組織とぶつかる予感があった。
『おそらく、リベルスの方も、概念魔法を観測できる者はいるはず、その件で動き出すはじゃからなぁ…』
概念魔法は世界の法則を捻じ曲げてしまうことができるほど強力な魔法であり、その概念魔法の影響、すなわち『ねじれ』と呼ばれるものは、特定の魔法で観測することができた。
だが、その魔法を使える者はごくわずかであり、現在はドミナスという組織の『グラスアイ』という世界監視機関が、その概念魔法によって起こった影響である『ねじれ』の観測を担当していた。
『報告によると、ねじれの影響は世界レベルであり、事象の改変とそれに伴った時間遡行の可能性ありか、まあ、間違いなくナイラの光による死者蘇生が原因だから当たり前かのう』
死者蘇生というこの世界ではありえないことを、この世界でありえることとするためにおそらく、そういった世界改変が一時的に行われ、死者が蘇った。しかし、ナイラの時もそうだったが、死者は普通復活せず、あくまで、その時の『ナイラの光』の対象者だけが蘇るだけで、他の者が蘇ることはなかった。それはすでに聖女ナイラで実験済みだった。
しかし、それでも白魔法というものには死者を蘇らせる効果があるという事実は変らない。そのため、その白魔法の中でもトップクラスの治癒である『ナイラの光』を使える者を捉え、実験体として、研究することにはドミナスのさらなる繁栄には欠かせないものだと、王もお考えなのだろうと、ロハク卿は思うのであった。
「すべては、我らが王、エルノクス様のため」
ロハク卿は魔法陣の上にのると、その姿は一瞬にして消え、部屋には誰もいなくなり、明かりが落ちた。




