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リリャの魔法学園  作者: 夜て
黄金の翼
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聖女

 死が漂う暗闇からやけに明るい場所に出た。振り向くと背後にあった闇の世界は閉ざされてしまった。それだけでも、死から生ある場所へ戻ってきたことを意味するには十分だった。それでも、この場所はまだ現世とは言い難いほど、光に満ち溢れており、まだ目がチカチカしていた。


「こんにちは、お嬢さん」


 光の先で待っていたのは、見知らぬ女性だった。


「はじめまして、私は、【ナイラ・スティルゼン・ディアロード】、お名前を聞かせてもらってもいいかしら?」


「リリャ・アルカンジュです」


「そう、じゃあ、リリャちゃんね、よろしく、私のことはナイラでいいわ」


「ど、どうも…」


 ナイラと名乗った女性には、荘厳さがあった。それと同時に底知れない優しさ、そして、なによりも、初めて会ったのにも関わらずどこか懐かしさがあった。何の抵抗もなく彼女という存在を受け入れてしまえた。彼女には、そのように人を信頼させるのに、必要な時間を、彼女の滲み出る人間性がそれを極端にまで短くしてしまっているのではないかと、思えてしまうほど、彼女は善性に満ち溢れていた。

 純白の礼装を帯び、真っ白な長い髪が象徴的で、その白さにはどこか天使のような神々しさがあった。だが、そこにいるのは確かに人族の人間で、完璧な美というよりも親しみやすい美しさがそこにはあった。太陽のような温かい微笑を常に浮かべて、それが何か意図があってそうしているわけではなく、彼女はこの世のすべてを愛しているからこそ、そのような微笑を浮かべ続けられるのだと自然とそう思うことができた。


『あれ、ナイラってどこかで…って、ちょっと待って、特名(とくな)まで名乗らなかった?お偉いさんだ…』


「あの、ナイラ様…」


 私は恐る恐る彼女の名を呼ぶ。


「あら、ナイラでいいわよ、私、みんなにはそう呼ばれていたから、あるいはディアでも」


「で、でも、そのお偉いさんですよね、特名がある人って…」


「あぁ、そういうことね。ううん、私の特名はちょっと違うのよ、これはなんていうか、効力がないというか、まあ、いわゆる、無効名(むこうな)であり逆賊の印ね」


「逆賊…」


 ますます、分からなくなる。彼女のおっとりとしたたたずまいや、一緒にいるだけでこちらまで穏やかな気持ちになってしまう彼女からは、とてもじゃないが賊という言葉が似合うようには思えなかった。


『それに、無効名って、大罪だったはず…』


 無効名とは、特名の効力がないにも関わらず、特名を名乗ることであった。国家が保証する特名を悪用することを防ぐのが目的で、もしも国家の後ろ盾のない、効力を持たない特名を名乗り、それでいて何らかの利益を得てしまった場合、どの国でも必ず重い罰則が下されていた。それは各国の主君たちの名誉や誇りや血筋など、その存在を守るためであった。それを勝手に名乗るということは許されないことであった。


「ごめんなさいね、別に怖がらせたかったわけじゃないのよ、それに逆賊といっても、私は戦争の無い平和な世界を作ろうと頑張っていたから、正義の逆賊よ」


「正義の逆賊も、賊は、賊では……」


 私は控えめに告げた。


「あら、リリャちゃんは結構手厳しいのね」


 指摘されても彼女の中には怒りや苛立ちなどのささくれだった感情が何一つなく、ただ、大海のように広い心でこちらをどこまでも深い慈愛に満ちた微笑みを投げかけていた。


「だけどね、この世界には、正しいと信じていたことが間違っていたり、間違っていたことが、本当は正しかったりって、いろいろあるのよ?たとえば、信じていた神様が本当は誰かが意図的に広めた嘘だったりとかね?」


 僅かな沈黙が二人の間にあった。

 彼女の話は別にありふれた話だと思った。だけど、なんとなく、彼女がいうとそこには何か深みがあるような気がしてならなかった。


 私は話題を変えた。


「あの、ここってどこなんですか?」


「そうね…」


 彼女も確信を得ていないように、首を傾けた。


「私にも詳しいことはわからないけど、たぶん、死と生の狭間って感じの場所ね。誰かが私たちのために用意してくれたのよ、きっと、なら感謝しなきゃね」


 ただひたすらに真っ白い世界で、目を閉じるナイラは、まさに天使のようだった。


「あの、私を助けてくれたのって、ナイラさんなんですよね?ありがとうございます。私、そのおかげで死なずに済みそうで…」


 そこでナイラが首を振り、言った。


「違うわ、あなたを助けたのは私じゃないわ」


「そうなんですか、てっきり、あなたが私を死から救ってくれたのかと…」


 すると、ナイラ顔がわずかに曇った。


「あなたは、あなたを助けた人を思い出すことはもう一生ないわ」


「え?」


「それどころか、あなたが生きている間に、その人と出会うことも決してない」


「それは、その命の恩人が私を救おうとして犠牲になった、つまりは死んでしまったからですか…」


 それだと、私はその重たい罪を背負って、本当にこの先、生きていけるのか大きな不安に襲われた。いや、救われたのだから当然、生きるべきなのだろうが…。

 それだと、私は身勝手な理由で、他人を私の代わりに死なせてしまったことになる。それはあまりにも重い罪だった。


「ううん、死んではいないわ、だけど、その人は記憶を失った」


「………」


 それは殺してしまったも同義で、私は膝の下から酷い震えに襲われた。


「失ったとはどれくらいですか…生活ができないレベルですか…?」


 その人のことをとても心配していた私を見て、ナイラが心底温かくそれでいて感心しきった笑みを浮かべた。それは、人の罪をどこまでも許してしまいそうな笑みだった。


「あなたは、ちゃんと他人を思いやれるのね、とっても素敵だわ。だけどね、あなたが思っているようなことにはならないわ。なぜなら、あなたもその人も、そして、その周りの人たちも、その場にいなかった人も、そのほかの、言ってしまえばあなた達に関わる世界すべてが、最初から、二人が出会わなかったと認識するようになるからよ。だから、あなたがこの先、そのことで罪悪感を抱えることは残念ながら決してないわ」


 ナイラは私の頭を優しく撫でた。


「その人はまだ、私の生きている同じ世界で普通に生きているということですよね、それなら私も会いに行けるはず…」


「それは無理よ」


「どうしてですか、どうして、私はその人に会うことができないんですか?」


「それは、あなたを救うために支払わなければならない代償だったからよ。まだ、死んで間もないあなたを連れ戻すためには必要なことだったの、それに、もしも、もっとあなたが奥へとあの暗闇を進んでいたら、どうなっていたかはわからなかったわ。それこそ、その人はあなたとの繋がりばかりではなく、命まで落としていたかもしれないわ」


 彼女の言っていることが本当だったとして、だからといって、私がその命の恩人を知らないでいるわけにはいかなかった。


「どうにか、その人に会うことはできませんか?会って、その人に感謝を伝えたい、それだけじゃない、きっと、もっと、あなたが言うには私とその人は愛し合っていた。もしかして…フルミーナですか?それとも…」


 ルコが頭に浮かんだが、それは家族愛という形で納得することができた。


「ルコですか?」


「いいえ、そのような名前の人ではないわ。それに、あなたはすでにその人のことを覚えていないんじゃないかしら、ほら、名前を思い出せないでしょ?」


「………」


 他に誰がいたか私は必至に考えた。私を救い出せそうな人を、そして、私のことを愛していた人を。


「あ、あれ?誰だ、誰が、あの場にいた?いや、あの場にいなかった人でもあるいは…」


 酷く取り乱した。それは自分の頭の中で、何かが断続的に抜け落ち続けているような感覚に襲われていたからだった。思い出そうとすればするほどその記憶の削除ともいうべき、物忘れは加速した。


「あれ、あれ、違う、なんで、なんで、どうして!?」


「リリャちゃん」


 そこでナイラが私のことをぎゅっと抱きしめた。優しく、慰めるように、そこで私は自然と溢れて来た涙を彼女の胸で拭った。


「私、たぶん、誰かを思い出せてない、どうして……なんで……」


「それもきっとここを出て、もとの世界にもどったら忘れてしまうことよ」


 その言葉が酷く私の心を貫いた。貫かれた私の心からはたくさんの血が零れた。それは痛みを感じない身体の私にとても深い傷跡を残した。


「いや…いやだ、そんなの、だって、私を救ってくれた人は、まだまだこれから先も私と生きていく人だったはずなのに…あれ、誰だそれは、誰だ、誰なんだよ!!!」


 泣きわめく私をナイラが優しく包み込む。ただ、そこに笑顔はなく、同じように心を痛めて辛そうにしている彼女がいた。


「リリャちゃん、聞いてね。私たちは、出会いもあれば別れもあるわ。今、ここにいる私とリリャちゃんとだって、あなたが目が覚めればきっとあなたは覚えていないわ。だけどね、それでもね、生きているからには、歩き続けなきゃいけないのよ。たとえ、いつか終わると分かっていても、どんなに辛くても私たちは生きていかなくちゃいけないのよ」


 私はしばらく、ナイラの胸を借りていた。泣いて、泣いて、失った者が誰なのかもわからないまま泣きはらして、私は思う。


『だって、じゃあ、なんで私は、こんなに悲しんだ…』


 私は思い出せない誰かを思い出そうと、そのたびに心に傷を負いながら泣いていると、次第に、なぜ自分が泣いているのかすらも、気づけば忘れていた。そうやって、誰だかわからない人のことを確実に忘れていくと、やがて、私はなぜナイラの胸の中で泣いていたのかさえも忘れていた。


 別れの時がやって来た。


「あの、ナイラさん、ごめんなさい。気づいたらナイラさんの胸の中で泣いていて」


「いいのよ」


 ナイラの笑みはどこか痛々しかった。どこか、痛むのだろうかと、心配になった。


 するとその時、何もなかったこの眩い光あふれる真っ白い世界に、突然、大きな扉が現れた。


「さあ、リリャちゃん、もとの戻ってあげて、みんながあなたを待っているわ」


「ナイラさんは?」


「残念ながら、私はもうそっちの世界には戻れないの、だからリリャちゃん、だけで行くのよ、大丈夫、もう、何も怖いことはないわ」


 ナイラが私の背中を押した。


「また、会えますか?」


「…そうね、信じていれば、また、会えるわ」


 ナイラは笑みを浮かべていた。けれど、その笑みはなんだかとっても偽物で、不器用だった。そんな笑みを浮かべられれば、私も彼女が嘘をついていることくらいすぐに分かった。だけど、それに気づくのはこの大事な別れを穢してしまうようで、口にはしなかった。


「それじゃあ、さようなら、ナイラさん」


「えぇ、いってらっしゃい、どうか、あなたの未来が祝福で溢れていますように」


 ナイラは膝をついて私のために祈ってくれた。


「ありがとう、ナイラさんにも良き未来がありますように!!」


 私は、彼女に手を振った。彼女は最後まで天使のような笑みを浮かべていた。


 大きな門のさらなる光の中へと私はひとり入っていった。


「リリャちゃん、あなたは、どうか、幸せにね」


 ナイラは笑顔でそう言った。

 すると突然明かりを消したかのように、ナイラが残った世界の光は消え、闇に飲み込まれ、やがてあたりには静けさだけが広がっていた。

ここまで読んでくださっていただき大変ありがとうございます。

第二章『黄金の翼』はここで終わりですが、リリャの物語はまだ続きます。

閑話を挟ん後、第三章『黄金の愛』を予定しております。


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