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リリャの魔法学園  作者: 夜て
黄金の翼
293/321

黄金翼杯 ファイナルレース 前編

 午後五時五十二分。


 テントを出た私を待ち受けていたのは、見慣れた顔なじみだった。ルコ、アガット、オルキナ、ブルト、ジョア。私が彼女たちの前に姿を現すとどっと走って来て、いろいろと声を掛けて来た。みんな心配そうな顔をしていた。しかし、私の耳が聞こえなくなってしまっている以上、彼女たちの言葉を聞き分けることができなかった。


 みんなと過ごした時間は、いい時間だった。


 私は最後の別れの印に、彼女たちひとりひとりの頬に口づけをした。言葉は交わさなかった。良き友たちであったが、ここでお別れだ。私が口づけをしてやるとみんな驚きの顔をして押し黙っていた。最後にルコにもしてやるが、彼女だけは顔色ひとつ変えず常に不安げにこちらを見つめていた。

 こんな身勝手な私を、私は嫌いになりそうになった。しかし、ここで自分を嫌ってしまうことは、愛してしまった人に対する侮辱にも繋がる気がして踏みとどまった。


 少しだけ二人だけで話そう。


 そのために、私は傍にいたブロティーナから黒布を借りた。黒布受け取る時に彼女と目があった。そこにはいつも通りの彼女がいて私の思いを汲み取ってくれたのか、持っていた黒布を渡してくれた。私がその黒布を受け取るとき、彼女の目を数秒ほどまた見た。彼女も私を見ていた。なんてことない二人のアイコンタクトがあった。私が視線をそらし、ルコの方を向く。きっと、ブロティーナはまだ私のことを見つめていたのだろう。ただ、それが私と彼女の最後の瞬間だった。


 ルコに黒布を羽織ると、彼女を抱きかかえて空へと飛び上がった。二速でゆっくりと浮かんだ。低い雲を越えてレース会場に向かいながら飛んだ。


 静けさに満ちた世界。

 日が沈みかけていた。

 雲の上にはすでに一番星が輝きを放っていた。


 ルコといくつかその黒布を通して頭の中に響く声で意思疎通した。どうしてそんな回りくどいことをするのか聞かれた。耳が聞こえなくなったと伝えると彼女はしばらく脳内でも沈黙した。私は一時的なものだよと、嘘をついた。それで彼女はいくつか安堵した。レースのことで心配もされた、私は、大丈夫だよと嘘をついた。

 それから、いくつか話しをしたが、そこに特別な会話はひとつもなかった。いつもどおりくだらない話しをしては私はルコを笑わせた。最後に腕の中にいる彼女の笑っている顔を見れて良かった。

 明日の話しもした。

 約束できない明日の話しも。


 夕焼けが会場を真っ赤に照らしていた。

 ファイナルレースのレース会場であった、第一レース場のリーベウィングに着いた。


 ルコに別れを告げる。最後だからと彼女の唇に口づけをしようと思ったが、そこで、アルトの顔が浮かび彼女をたくさん抱きしめるだけにして、その場を後にした。


 レース会場に向かう時、後ろを振り向かなかった。


 ***


 午後五時三十九分。


 ラウルは、よく独りになりたいときに訪れていた一本寂しげに生えた木がある丘に来ていた。


 そこにはマリアもいた。ラウルが誘い連れて来ていた。


 夕暮れ時であり、二人の顔が夕日で赤く染まっていた。夕日であると二人とも思いたかった。


 ラウルはマリアに尋ねた。子供の時のことだ。彼女がボランティアで孤児院の教会を回っていたことを言うと、彼女はなんでそんなことを知っているの!?と驚いていた。その経緯をすべて話している時間はなく、ラウルはすぐに本題にはいった。


 幼少期、マリアが訪れた孤児院で、木陰でひとり空を見ていた少年にパンをあげたことはないか?と。彼女は、数秒、記憶の中のたびに出る。そして、とんでもない真実を発見すると、彼女は、言葉を失って、じっとラウルの顔を恥じらいもなくただ、その記憶の中の少年と同じか確認するために、彼の顔を覗き込んだ。その後、彼女は目に涙を浮かべ、そんなことが確かにあったと、言った。ラウルがその少年は自分だと告げると、彼女は悔しそうにそして申し訳なさそうにラウルに何度も謝罪した。気づかなくてごめんなさいと。


 しかし、ラウルはすぐに彼女の涙を拭ってやると言った。


 少年だった頃の自分が、最後についぞ言い出せないことがあったと。


 ラウルは、マリアに告白した。


 結果がどうであれ、未来がどうであれ、自分の思いを確かに彼女に伝えた。それが良いことだったのか、悪いことだったのかは、わからない。


 けれど、その時、彼女が見せてくれた、幸せな笑顔は、間違いなく本物だった。


 ***


 午後六時八分。


 黄昏時のリーベウィングのレース会場は、大勢の観客たちに囲まれて、騒然としていた。

 コースの芝生は夕焼けで赤くそまり、距離を示すポールからは長い影が伸びていた。コース外周に張られた透明な結界がときおりその存在を主張するかのように、一瞬青く光っていた。

 レース場に入場した私は辺りを見渡し、フルミーナの姿を探したが、人の多さに探すことができなかった。

 あきらめた私はスタートラインに向かった。そこにはすでにラウル先輩の姿があった。そして、私を待っていたかのように、自分のレーンではなく、スタートラインの前に立っていた。


 私が先輩の前に立つと、彼はひとつ深いお辞儀をした。それが感謝を示す行動であり、なんとなくだが、私は彼が何を伝えたかったのか察することができた。


 彼が顔を上げると、私は笑って彼に拳を差しだした。

 彼も拳を出し、拳同士がぶつかると、しばらくお互いの目を見つめ合った。


 言葉は不要だ。


 私は第一レーンに、ラウル先輩は第七レーンに向かった。


 スタートラインに、他の選手たちも入って来る。全員がスタートラインに着くと、一度目の大きな笛の音が鳴り響いた。選手たちは一速で浮かび上がり、空中のスタート位置についた。

 会場が次第に静寂に包まれていき、この場にいる誰もが次に鳴る最後の笛の音に耳を澄ましていた。


 午後六時十七分三十秒。


 次になる笛の音に集中している時だった。


 私は血を吐いていた。


 身体に限界が来たようだった。いや、そもそも、限界はとっくに通り過ぎている。無痛の身体がそれを先延ばしにしてくれているだけだ。

 私は、ただ空を飛ぶためだけに生きている。そう思うだけで、心臓を動かしているのだ。


 四十秒。


 この場にいる誰よりも早く飛び、このレースで一位を取る。それだけが、私にできる最後のことだ。


 四十五秒。


 こんなたかが学生のレースに命を懸けるのは愚か者だ。なら、私は愚か者だ。愚の骨頂だ。けれど、それでいいし、それがいいし、そうじゃないとだめなんだ。


 五十秒。


 私は、私の納得する生き方ができたのならそれでいい。それができるのなら、私は人並みの幸せなんていらない。


 五十五秒。


 一瞬の閃光のように生きよう。


 五十六秒。


 そろそろ始まる。


 五十七秒。


 死が迫っている。


 五十八秒。


 だけど、どうせみんないずれ死ぬ。


 五十九秒。


 なら、私はこの一瞬にすべてを翔けていたい。


 午後六時十八分。


 最後の笛の音が鳴った。

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