高利子的状態
「はい、リリャちゃん、ごはんですよ!」
リリャの前に具沢山のスープが置かれる。穀物を中心とした豆が赤いトマトスープに溶け込んでは、その中にはしっかりと焼けた鶏肉も隠れていた。
「ありがとうございます!うわぁ、美味しそう!」
リリャが目を輝かせながらスープが入ったお椀を受け取っていた。
「ブロティーナさんも、美味しくできたのでたくさん食べてください、いっぱいつくったので」
ブロティーナも温かいスープのお椀を受け取る。スープを作ってくれた自分の後輩である白魔導士見習いの【バニーラ・キャラクス】に礼を言った。
「では、いただきます!」
バニーラの掛け声とともにリリャが元気よく続き、その後ボソッとブロティーナも続いた。
トマトスープは、白魔法を酷使したブロティーナの身体には酷く染みた。
「それにしても、こんな星が綺麗な場所でこんなキャンプできるなんて、修道院に籠ってばっかりもよくありませんね!」
バニーラがスープよりも頭上に輝く満天の星空を見上げてうっとりしていた。
「白魔導士の訓練ってそんなに大変なんですか?」
「そうですね、私はまだ見習いなので覚えることが多くて、修道院に籠りっぱなしで頭がおかしくなりそうなところを、ブロティーナさんからこんな素敵な提案をしていただき、もう本当に最高でした。ありがとうございました、ブロティーナさん、そして、リリャさん!」
バニーラがそのように目を輝かせるのも無理はない。息がつまりそうな初期の白魔導士見習いの詰め込み学習から解放されることの喜びはすでに経験者であるブロティーナも理解していた。それでいて、料理が大好きなバニーラが、空気が美味しい野外の草原でキャンプをしながらそれでいてお金がもらえるというのだから、食いつかないわけがなかった。
「いいんですよ、私もこんな美味しい料理が出て来る環境で飛行練習ができてもう、最高ですから!」
リリャはとてもご満悦そうにトマトスープをがつがつ凄い勢いで食べていた。彼女の身体がエネルギーを求めているのだ。
「リリャちゃんは、今年のゴールデンウィング杯の優勝を目指しているんですもんね、いやあ、凄いね、まだ私よりも年下なのに飛行魔法まで、もう本当に頑張って優勝してもらいたいですよ。ね、ブロティーナさん!」
「え、ああ、そうだな…」
急な言葉のパスにブロティーナは少し戸惑う。
「なんですか、ブロティーナさん、そんな疲れた顔して、まったく、リリャちゃんの特訓毎日見てるんですよね?それなら、ブロティーナさんもリリャちゃんがケガした時のために万全の状態にしておかないと、ほら、どんどん食べてください、たくさん作ってあるんで遠慮しないで」
バニーラにはここで起こっていることを話してはいなかった。彼女にはただ、洗濯や料理をして貰ったりなどブロティーナとリリャの身の回りの世話をしてもらう契約でここにいた。
「バニーラ、お前確か、土魔法が得意だったよな」
バニーラは人族では珍しい土魔法に適性があった。だからこそ白魔導士見習いの中で彼女を選んで連れて来たというのもあった。なぜなら、土魔法が使えるということは、まさに私生活の質を向上させるにあたってとてつもない利点があった。
「はい、ですので、この後お風呂も用意しますから、楽しみにしててくださいね!」
「え!!お風呂に入れるんですか!!?」
リリャが食いついた。それもそのはず、毎日お湯でシャワーのような形でしか身体を洗えていなかったため、お風呂という疲労を癒せる文明の利器と聞いて居ても立ってもいられなかったのだろう。
「はい、私の土魔法で浴槽を作ってから、後は水魔法で湯を溜めて、あとは炎魔法の火力であっという間に完成です!」
「ええ、めっちゃ便利じゃないですか…いいな……」
リリャですら欲しがるその魔法は、野外活動が多いブロティーナも喉から手が出るほど欲しい魔法だった。
「土魔法は、本当に便利だよな、私も習得したかったよ」
「ですよね、今のを聞いてどこでもお風呂に入れるって、女子からしたら、最高じゃないですか!」
土魔法の適性者は、もともとはドワーフたちによく見られるため、背の小さいこのバニーラにもどこかドワーフの血が流れているんじゃないかと聞いたことがあったが、彼女は自分の腕をまくり、そのか細い腕をまげて力こぶを作って見せてくれたことがあったが、その凄まじい非力さを披露することで、彼女がドワーフの血を引いていることはありえないということを証明してくれていた。
単純に、生まれつき土魔法に適性があった彼女がたまたま白魔法という才能も開花させたという点を考えれば、バニーラという希少と希少を掛け合わせた彼女の未来は明るく輝いていることは間違いなかった。
食後、ブロティーナは、リリャと共にバニーラが作ってくれた土魔法で作られた石の浴槽に入った。
ブロティーナはいちおう金で雇われた身である為、リリャのお世話も忘れない。彼女の金色の髪を洗い、背中も洗って浴槽にいれてやった。
リリャを浴槽にいれると、彼女は腹の底から声を出して、全身に溜まっていた疲労をその湯船のお湯で癒していた。
「ハァ…気持ちいい、疲れが取れる………」
ブロティーナは自分の髪を洗いながらリリャに言った。
「なあ、リリャ、本当にこのまま、あのやり方で飛び続ける気か?」
「そうですよ、だから、ブロティーナさんには最後まで付き合ってもらいます。だって、ブロティーナさんがそう決めたんですから」
「ああ、そうだ」
ブロティーナは、髪の毛をシャンプーで泡立てながら、あの日の出来事を思い出した。リリャに選択を迫られた時、残る決断をした。なぜなら、彼女をここで見捨てること、それこそ、白魔導協会の教えに背くことに等しかったからであった。
白魔導協会の中でもっともその中核を担っている教えが『傷ついたすべての人を救う』ことだった。ここでいうすべての人とは、国や人種に関係なく、すべての人間を平等に救うという教えだった。
それでいて人体の完全回復は奇跡でもあるため、その魔法は神聖なものだと白魔導協会内でも、その開祖といわれる聖女ナイラを中心に崇められていた。
だからこそ、リリャのその白魔法をただの道具としてでしか見ていない態度にブロティーナは怒りを覚えていたが、どうして残ったのかというと、そんな使い方をされるのは私だけでいいと自己犠牲のもと下した判断でもあったと同時にどうしても、まだ子供である彼女のことを見捨てることができなかった。
「でも、本当に、ブロティーナさんがここに残ってくれたことに、私、凄い感謝してるんです。ブロティーナさんは嫌かもしれませんが、私は、あなたのこと少し好きになりました。あ、でももちろん、私には他に好きな人がいるんで、誤解しないでください」
「ハハッ、するわけないだろ、まったく…」
ブロティーナが髪と身体を洗い終わると、リリャと同じ浴槽に入った。二人で入っても浴槽には十分な余裕があるほど、広めに作ってあった。
「リリャ、ひとつ忠告しておきたいことがある」
「なんですか?」
「白魔法の乱用についてだ」
「え、それって、ブロティーナさんに何か悪い影響が…」
「違う、逆だ。ここまで身体を白魔法に晒し続けると、白魔法に対して耐性がつく可能性があるということだ」
「それって、だんだん効かなくなってくるってことですか?」
「効きづらくなるといったほうがいいだろう。白魔法は奇跡そのものだ。治せなくなるなんてことはない。だがな、そもそも、白魔法なんて、兵士じゃないかぎり、一般人なら一生で一度使うかどうかの魔法だ。それをリリャ、お前は、毎日何十回と浴びてる。これは異常なことだ。わかるか?だから、将来どこかの時点でお前が大怪我をした時、最悪の場合、その白魔導士の技量が低ければ、白魔法の治癒力だけじゃ、間に合わないなんてことがあるかもしれないということだ。その点のリスクは、もうあの時に言ってるから忘れたわけじゃないよな?」
彼女の飛行は、死と隣り合わせでありながら、さらにその距離を近づけようとしている自殺行為に間違いはない。彼女は速さを得る代わりに死のルーレットを何度も回している状況なのだ。
「ええ、分かってます。だけど、そうやって将来にリスクを負ってでも、私には成し遂げたいことがあるんだ。そのためなら、何だってする、何だって捧げる」
リリャの瞳から光が消え失せる。その目の輝きが失われるとブロティーナは、途端に目の前にいる女の子のことが恐くてしょうがなくなった。彼女はその場の空気さえ自分の支配化に置いてしまう。そこでは息を吸うのにだって彼女の許可が必要なんじゃないかと思うほど、状況が一気に逼迫する感覚に襲われていた。それは現実的な現象ではなく、勝手に自分の頭が作り出した彼女の幻覚なのだろうが、十以上も歳が離れているブロティーナでさえ震え上がってしまうほどの気迫がそこにはあった。
「目標の為なら手段は選ばない」
「………」
リリャの気迫が頂点にまで達そうとした時だった。
「お二人とも湯加減どうですか!?」
現れたのはバニーラだった。
「私は、ちょうどいいです。ブロティーナさんはどうですか?」
「あぁ、私は、ちょっとぬるく感じるかな、もっとアツアツにしてもらってもいいか?」
ブロティーナは、慌てて震えていた身体を静止させて普段通りを装った。
バニーラが「わっかりました!ちょうどいい感じにしますね!」というと、浴槽の下に潜って炎魔法で火をつけて、持っていた筒状のもので風を送り始めた。
「私、上がりますね、ブロティーナさんもお疲れだと思うのでゆっくり疲れを癒してください」
気を利かせたのかリリャが先にあがっていった。
ブロティーナは少しだけほっとした気持ちになっている自分に気付く。
「疲れた…」
ブロティーナは全身脱力させて、満天の星空を見上げた。草原の真っ只中でそんな景色を見ながら入るお風呂はそれはもう最高だった。しかし、それと同時に、これから先のことが不安で仕方なかった。
『私は、最後まで彼女のことを生かし続けられるのか…』
リリャの死の淵を滑るような挑戦が、同時にブロティーナ自身の白魔導士としての能力の挑戦であることも意味していた。死なせたくない。例え、どんな人でも死なせない。それが白魔導協会の聖女ナイラの教えだった。
『あぁ、ナイラ様…どうか、私にあなた様のご加護を……』
夜空の星のどれかが聖女様だと信じては、祈るのだった。




