公式大会 後編
ラウルはこの公式大会でも好成績を残していた。
飛ぶレースではどれも一着で、四速の性能を余すことなく発揮する彼は粘り強く伸びのある飛行を見せ、安定した一位を手にしていた。
観客席の彼の応援団たちも彼が一位を取るたびに歓喜の声を上げていた。
部員たちからも祝福の言葉をいくつも掛けてもらった。
しかし、最後のレースでラウルがあたったのは、帝国の選手のボォードンと、同じ飛行部のヒルクだった。
ラウルは二人に挟まれながらスタート位置に立った。他の選手たちも揃い、2500メートルのレーンには七人の選手たちが立っていた。
お互いに掛ける言葉は無く、ただ、じっと自分が飛ぶコースの先を見据えていた。
一度目の笛声。一速で全員がゆっくりと上昇して、二度目の笛声を待つ。それがスタートの合図だ。
会場が静まり返る。
静寂の中、ラウルの心は会場の静寂に符合するかのように、とても静かに落ち着いていた。ボォードンという男がヒルクと同じく五速を見せていたのは待機中に見た彼のレースで知っていた。そうなると、このレースで五速を使えないラウルの勝ち目はなかった。
単純に五速で距離を取られ、その後ずっと四速で飛ばれれば、それだけで追いつけなくなるのだから、結果は目に見えていた。
二度目の笛声が鳴った。
五速で飛び出す、ボォードンとヒルク。ラウルはそれだけで一気に前に出た二人に置き去りにされてしまった。
決着はあっという間だった。
ラウルが二人の背中を遠くに見ながら三着でゴールを切る。
『やっぱり、四速では、五速に追いつけない……』
全力は出した。それなのにも関わらず、四速のラウルにはまだまだ余力が残っていた。余力これはすなわち、まだラウルが飛べるということを示していたが、単距離飛行であるレースの場では結果的に無駄ともいえるもので、汗ひとつかいていない自分が嫌になりそうだった。
先にゴールをしたボォードンとヒルクの二人は、ラウルとは違い全力を出し切ったことで酷く疲労していた。そして、なにやらお互いを褒め称え合うように熱い会話のあと、拳を合わせて再戦の誓いをしていた。
ボォードンがラウルのもとに来た。彼はラウルのことをジッと見つめる。疲れ切りながらも彼は息を整えて威厳を保とうとしていた。
「奥の手を隠しているのかどうかは知らないが、今日は俺の勝ちだ」
「ええ、そうですね」
「俺は今日、あんたという壁を克服した。俺が思っていた以上に、その壁は脆かった」
「自分の未熟さは十分というほど理解しています」
「あんた、昔はそんな選手じゃなかっただろ…前まであったがむしゃらな熱はどうした?」
「………」
熱。まさか、自分の飛行に対する熱が冷めたとでも彼は言いたいのかとラウルは目の前の男の言葉が現実かどうかを疑った。
「いや、いい返事なんて望んじゃいない。とにかく、俺はあんたに偉そうなアドバイスをしたいわけじゃない、ただ、今日あんたに勝てて俺は昔の俺をようやく取り戻せた。それだけだ」
ボォードンはそれだけ言うと去っていった。
取り残されたラウルがグラウンドに立ち尽くしていると、タオルを持ったマリアが恐る恐る声を掛けて来た。
「は、はい…これタオル…」
「おう、マリアか、ありがとな」
ラウルはマリアからタオルを受け取るとたいしてかいてもいない汗をぬぐった。
「えっと、三位おめでとう!!!」
「ハハッ、三位だぞ」
ラウルは自分のことを嘲笑するように笑った。こんな自分がとても情けなかった。
「あ、でも、三位だけど、すごいよ!だって、今日の参加校って全部強豪校だったんだよ、その全体の中で三位って、やっぱり、ラウルくんは飛行の才能があるんだよ!」
マリアは、ラウル以上に必至にラウルのことを擁護してくれていて、それがおかしかったと同時にやるせない気持ちだった。
「フフッ、だろ?」
「うん、この調子で頑張ろう!私、マネージャーとして、え、えっとラウルくんのことしっかり支えるんで!」
「ありがとう、俺も期待に応えられるように頑張るよ」
ラウルがレース場から出る途中で、クリスに出会った。
「調子よさそうだな」
「クリス先輩!?それにサバル先輩も…」
クリス先輩の隣にはもうすでに当たり前のようにサバル先輩がいることに飛行部内でも驚くことではなくなっていた。サバル先輩はクリス先輩意外に興味はないようで、ラウルに対してはそっぽを向いていた。
「調子よく見えましたか?」
「そんな弱きでどうする?ゴールデンウィング杯で勝つ、ここはお前にとっては通過点みたいなものだろ」
弱気な発言にクリス先輩は笑って励ましてくれる。
「それに聞いたぞ、ヒルク君との一騎打ちでも負けていたそうだな」
ただクリス先輩は厳しくもあった。
「クリス先輩、どうしたら、五速ってだせますかね」
ある意味で不貞腐れた姿を見せられるのは彼だけだった。
「それは毎日の鍛錬あるのみだな、自分の限界に挑み、昨日の自分より強くなる、結局はこれの繰り返しだと俺は思う。そして、ラウル、お前は誰よりも努力してきたと俺は思っている」
「ありがとうございます…」
クリス先輩の言葉は心強かった。ラウルも自分の積み重ねて来たものが通用しない努力ではなかったと信じたいがゴールデンウィング杯まで半年を切っているのに未だ五速ではない時点で焦りを感じていた。
「なあ、ラウル、もしあれだったら、ケインコーチに頼ってみるのもいいんじゃないか?毎月のメッセージにはなんて書かれた?」
ケインコーチは魔法学園アジュガの外部コーチであり、滅多に顔を出せない分、毎月選手たちにアドバイスなどのメッセージを残していた。
「ケインコーチからはただ続けなさいというメッセージがありました」
「そうか、ならきっと今のまま続けるべきだな」
「………そうですね」
ケインコーチのアドバイスはまるで傍で常に見ていてくれるんじゃないというほどとても的確で、選手の日々のタイムを見てそれらを判断する凄腕のコーチだった。その甲斐もあってか、こうしてラウルやクリスたちがゴールデンウィング杯でもゴールド帯まで上がれたのは彼のおかげでもあった。ケインコーチは、魔法学園アジュガの飛行部の影の偉大な功労者であった。
「ただ、顔を合わせて話せばわかることもあるだろう。今度、俺からケインコーチに連絡を入れておくよ、それじゃあ、ラウル頑張れよ」
クリス先輩はサバル先輩と腕を組んで去っていった。
ラウルはひとり夕暮れに染まっていく空を見上げる。
『俺は…』
その時、空に輝く一番星を見つけた時、ふと、ここにはいない、ちっこい後輩のことを思い出した。
『お前は今も飛んでいるのか…』
「凄いな………」
何となくそう思った。
そう思ったら、気が付けばラウルの身体は動いていた。レース会場の外の草原まで飛んで、ひとりまだ有り余った体力が底を尽きるまで飛ぶのだった。
夜空の星々が見守る中、もしかしたら、まだ、飛んでいる彼女のことを思った。
『いなくて良かった。こんなカッコ悪いところ、リリャにだけは見られたくないからな…』
悔しさ、やるせなさ、責務、焦り、すべて抱えてラウルの翼は夜の空に青い線を引いていた。




