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リリャの魔法学園  作者: 夜て
黄金の翼
231/315

決意の夜

 私はブロティーナさんと共にリーベ平野で野宿をしながら、一日中飛行の練習をしていた。

 食事やその他生活に関わる部分の準備はすべてブロティーナさんがやってくれたおかげで、飛ぶことだけに集中することができた。

 私のやるべきことは、飛ぶことだけだった。


 リーベ平野に来て一週間が過ぎた。身体に染みついたこの平野での生活と勉強ばかりしてなまっていた身体の慣らし運転が終わり、私はここで本当にやるべきことへとその練習計画の段階を前に進めることにした。

 そして、そうすることで、起こるべくして起こったことに私はさして驚くことはなかった。それは超えるべき高い壁でしかなかったが、私はその壁にあらゆる現実的で具体的な計画を用いて超えることしか考えていなかった。その具体性の先にあるものを完成させ、そこからさらに先にある問題にも具体性を持った作戦で…、とにかく、私は自分というちっぽけで未熟な存在を、無理やりにでも肥大化させ大きく見せる必要があった。だから仮初でいいから、一度の約束を守るため、私はやらなければならなかった。


 その為には、出遅れている自分を取り戻し、さらに先を飛んでいる者たちを追い抜く必要があった。

 ただ、私は、それらを可能にする答えをすでに持っていた。


 だからここにいた。


 そして、私はそれをやった。


 ***


 天気のリーベ平野の草原には、穏やかな風が流れていた。上空の柔らかな陽光を反射している白雲は、その風にのんびりと乗って草原を横断している。風は緑の大地も吹き抜けていく、風が通った後の葉の擦れる音からも今日の風の優しさを知ることができた。この場のすべてが緩慢になっていた。ここでは、あらゆる流れが急ぐことを止めていた、というよりも急ぐ必要がなかった。


 喉か。

 麗らか。

 平穏。


 ここにある穏やかな風景はすべて、自然が生み出した調和の結果であった。自然が、お互いを受け入れては許し合い、共存することで、この遅延し続ける空間の緩さが実現していた。この時間の流れの遅さの前では誰も傷つく可能性を失っていた。


 しかし、そんな平穏な場所で、私はただひとり。

 血だらけの状態で立っていた。


 緑の大地に赤い雫が滴り落ちる。


 皮膚のいたるところが破れ流血を許し、目は充血しすぎて血の涙を流している。頭はぼうっとして思考が定まらず、魔法の翼はすでに出力できずリングは崩壊して歩くことしかできないのにも関わらず、どうやら左の方の脚の骨かどこかが折れているかもしれず、とてもじゃないがそっちの脚に自分の体重をかけることはできなかった。


『やばい、意識が………』


 満身創痍の私はブロティーナさんがいるはずの方角へと歩いていた。私は彼女からそう遠くない場所で練習をしていたため、このような状況になっても希望を捨ててはいなかった。こんな重症も彼女の持つ白魔法に掛ればあっという間に回復してしまうのだが、その彼女がいないのであれば、私はこのまま、全身に走る激痛と致死量の流血でこの世とおさらばするしかなかった。


『もっと、彼女の近くで飛んでおけば良かった…ていうか、最初に、こうなることも伝えておけば……』


 私は最初からこうなることは知っていた。これがあるから、私は白魔導士が必要でルサさん相談してブロティーナさんを紹介してもらっていた。私の練習にはどうしても白魔導士が必要だった。


 そんな白魔導士を欲して、緑の草原を歩いていく。


 私の後ろには血の道が続いている。


『疲れた、視界がぼやける………』


 気持ちのいい午後、穏やかな風、心が安らぐ景色、どれも私とは正反対の平和的世界に属し、その世界たちは、血にまみれた私という異物からみんな距離を置いていた。私はただ足を前に引きずって進むことしかできず、そんな周囲の世界に気を配っている余裕がなかった。ただ感じることは全身の苦痛を通して生きていると感じ、それでいて生きたいと思っている自分がいる以外に私の見る世界には、誰もいなかった。


「リリャちゃん!!!!」


 ぼやける視界の先で全速力で走って来るブロティーナさんの姿があり、私はまずは助かったと思い、後はそのまま、前のめりに身体を投げ出し、目を閉じるのだった。


 ***


 目が覚めると辺りは真っ暗だった。

 私はしばらく暗闇の中で身動きをした。身体の痛みはどこにもなく、吐く息や心臓の鼓動から、まだ私は現実世界で生きていると自覚することができた。


 私はテントの中の寝袋で眠っているようだった。


 私がテントから出ると、外はすでに夜で、星が輝いていた。


 テントから出た先では、焚火の炎が火の粉を散らして、その前でブロティーナさんが地べたに座り、その焚火の管理をしていた。


「ブロティーナさん」


「リリャちゃん」


 ブロティーナさんは、慌てて私の下に駆け寄って来た。


「もう、動けるのかい?」


「はい、ブロティーナさんの白魔法のおかげですね」


「その通りなんだけど、いったい何があったんだ…私はてっきり賊か何かにやられたんだと思って、撤収の準備までしようとしてたんだけど…」


 ブロティーナさんですら、今の状況を上手く呑み込めていない様子だった。


「違います。そのことで、少しお話しなければならないことがあって、少し、話しましょう」


 私とブロティーナさんは焚火を挟んで向かい合った。


「いやあ、すみません!びっくりさせて!!」


 私は照れくさそうに恥ずかしがりながら笑って明るく言った。


「………!?」


 深刻さの無さにブロティーナさんはあっけに取られている。それもそのはず、これは私からしたら予想の内でしかなく、むしろ、まずは第一段階を突破しようとしているところなのであった。


「あれは私の飛行魔法が原因です。調整をミスって、身体がバラバラになりかけましたけど、まあ、でも、さすがはブロティーナさんですよ!もう、どこも痛くないです、やっぱり、白魔法は効きが違いますね」


「待ってよ、飛行魔法って、そんな危ないものじゃないはずだろ…」


 もちろん、飛行魔法でこんなしょっちゅう死にかけることはない。ただし、それは使用上の安全を守っていればの話しであった。


「あぁ、私の飛び方はちょっとその実験的な飛行なので、こういうことしょっちゅうあると思います!」


「だったら、そんな飛び方今すぐ止めるべきだ…」


「やめるわけにはいきません、というか、この傷を治してもらうために私、ルサさんにブロティーナさんを紹介してもらったんです」


「だけど、こんなのしょっちゅうあるなんて自殺行為だろ…」


「ブロティーナさんは死から私を守る、もしあれなら、ブロティーナさんも私の治療に専念するために他に周りの雑務やって来る人呼んでもらってもいいですよ!その方の分の代金はちゃんとお支払いいたします。なので、これから、毎日じゃないにしても、何度かあると思いますのでよろしくお願いします。お金ならありますから…」


 学生と言う身でありながら私は、黄金支払いという手段があり資金面ではまだまだ無敵だ。


「そういうことを言っているわけじゃない、あなた自分の言っていることが分かってるのか?一歩間違えたら死ぬんだぞ…」


 ブロティーナさんは頭を抱える。


「ええ、ですから、そうならないためにもブロティーナさんを雇っているわけで…」


 堂々巡りになりそうな会話であった。


『あれ、ブロティーナさん、どうしたのかな…もしかして、嫌なのかな……そうなったら、ちょっと困るなぁ………』


 私が彼女の様子が少し変わってしまったなと思った矢先、ブロティーナさんが急に立ち上がった。


「私は確かにあなたに金で雇われている!だが、これでも多くの命を救って来た白魔導士なんだ!わざわざ、自殺行為を繰り返す人間を治せって、私がナイラ様に誓ってするこの白魔法は、あなたのお遊びに付き合うためのものじゃ決してないんだ!」


「遊び?」


「ああ、そうだ、遊びだ。学生の大会なんて、現実で起こる様々な問題に比べたらただの遊びだ!リリャ、あなたは、まだ、命を懸けるということを分かっていない。あなたはまだ、守られるべき人であって、命を張るべき側の人間でも、ましてや、あなた女の子でしょ………」


『女の子でしょ』とその言葉を引き金に、私の頭の中にはおばあちゃんの言葉が記憶の中で蘇っていた。


『リリャ、あなたはこれから、男の子として生きるのです』


 夜が怯えているのが手に取るようにわかった。

 昼間の甘やかされて育った夜など、取るに足らない存在だ。星々の輝きがその明るさを静かに潜めるように見えた。風は私の周りから逃げさるように止み始め、それと同時にその駆け抜けた最後の風の跡で、焚火の炎が消えた。


 私は拒んでいた、すべてを。

 ただ真っすぐ、目の前で話す女性のその意見を、私は許すわけにはいかなかった。たとえ、私の視点からは見えない立場で語っているのであったとしても、彼女が私の視点からものを語れるわけではない。

 どんな正当性を並べられても、現実には正論など関係なしに物事は間違った方向に進むことがある。その誤りは正されることなく世界という大器に許容され、事実が歪められることで事実と成りえる。


 私は愛する人の為なら、どんな世界の事実や誰の理解も歪めると決めていた。たとえそれが世界の敵でも、私にはたったひとりでその孤立した理想を実現させるべきだと、私自身が私に囁いていた。


「私がやってるのは遊びじゃないです。遊びなら命なんて掛けませんよね?」


 声も出ない彼女の表情は固まったまま動かない。


「だから、その、わかりますよね?私が言いたいこと…」


 正解などいらない。ただ、ここには私の本気の決意だけしかないのだから。


 私は怯えた夜を従わせ、その震える暗闇を纏い彼女に静かに語り掛けている。夜は私を主としているが、他の人にはどうだろうか?真っ暗闇でその輪郭すら捉えることができない未知を、光の中で生き、夜は夢に逃げる人々からしたら、夜は恐ろしいだろう。


「ひとつ選んでください。このままここに残り続けるか、それか、明日の朝までに、私の目の前からいなくなっているか?」


 私は、彼女に理解してもらおうとも思ってはない。ただ、私は自分の目的のためにどこまでも真っすぐであるため、彼女がその役割を果たせないのならば、去ってもらうしかなかった。代案ならすでにあった。それはルサさんをここに引っ張って来る。ただそれだけでいいのだから、だから私は彼女に選択を迫った。


 夜を越えるか、夜から逃げ出すか。


「さあ、選んでください」


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