説得
「ということで分かって欲しい」
「えっと、いや、だなぁ…」
力ない反論に私も同返していいかわからなくなる。彼女を悲しませたくないのは私も一緒だ。
「私だって、ルコと離れるのはもちろん嫌だよ。だけど、これは私が強くなるために必要なことで、ルコが医療部で勉強を頑張るみたいに、私も飛行魔法を頑張りたいんだよ」
私は自分のベットに腰かけて、反対側には同じように彼女のベットに腰かけるルコの姿があった。
彼女は私と会話している間ずっと視線をそらし、決して目を合わせてくれようとしてくれなかった。彼女なりの必死の抵抗なのだろう。しかし、それは私の心を暗くするのには十分な抵抗だった。
「飛行部で練習してここに戻って来ることはできないのかな…?」
「私は飛行部にはいられない。ラウル先輩とは対立しちゃったし、それに…」
「それに?」
「………」
そこから先のことをルコには言えなかった。なぜなら、私は、勝ちを取りに行くからだ。ゴールデンウィング杯という大舞台で、全国から集まる強者たち、学年も関係なく、全てを敵に回してでも、私は勝ちに行く。
これが何を意味しているかというと、まさに死ぬ気でやらなければ、到底先を飛んでいる人たちにはたどり着けないということだった。無理をするし、無茶をする。きっとルコが許してくれないようなこともする。
私は、黄金探索を経てある種の答えをすでに見つけていた。その答えを引き出すためには、やはり捧げなければならない。
翼は死に呼応している。
だからこそ、私の修業はきっと学園内では行えない。安全第一という守られた世界の中、鳥かごの中の鳥ではいられない、いてはいけない。それでは、勝てない。死に物狂いで掴むものでしか対等ではいられない。
「私が、リリャちゃんと一緒にその修行について行くっていうのはダメなのかな…」
「………」
ルコの消え入りそうな声が届くと私は短い沈黙を強いられた。
私は飛び出す準備ができていた。それもひとりで。彼女を連れて行くことができないことを知っていたから。きっとルコは私の飛び方を許してはくれない。しかし、それは紛れもなく私には必要なことでもあった。だから、これは譲れないものであった。
「学園の勉強とか、医療部とかはどうするの…」
ルコはますますうなだれてしまう。
私はそんな落ち込む彼女の姿を見ていられなかった。
「ルコ、隣いい?」
私は彼女の許可を得る間もなく隣に座った。
「少し、勝手だったね」
私の言葉を跳ね返すように彼女の金色のつやつやの髪が壁となって彼女の顔を遮り隠していた。
「私たちずっと一緒だったから、ちょっと、離れるだけでも不安になるよね。私がシースイ先輩の寮で勉強してた時も、私、ちょくちょくルコに会いにいってたもんね」
私はルコの手の甲にそっと自分の手を重ねた。そこでルコの透き通った濁りひとつない湖のような青い瞳が、彼女の髪の隙間から覗いた。
「それだけじゃないよ。リリャちゃんが何度も保健室に運ばれて、目を覚まさない時私はずっとひとりだった。そのことを考えると、私の知らないところでリリャちゃんがいなくなっちゃうんじゃないかって思うとすごく恐いの…」
「………」
この学園に来てから私の人生は酷く綱渡りだったと思う。だから、ルコが私のことで不安になるのも無理はなかった。
私は、すぐ傍にいる人のことを寂しくさせ、悲しませ、苦しめていた。
「ねえ、ルコ…」
返事はない。彼女は再び俯いている。
「私は、きっと、どうしようもなく、バカなんだと思う。だから、こうしてルコを傷つけることしかできないし、どうすればいいかもわからなくなる。だけど、私、約束しちゃったんだ、次のゴールデンウィング杯で優勝するって」
ルコはピクリとも動かなくなり、呼吸をしているのかすら分からなかった。
「この約束は私にとっては、とっても大事なもので、相手はもしかしたら冗談でその時の約束なんてもう忘れてるかもしれない。だけど、私はこのどうでもいい約束を守りたい。こうして生きているからこそ、果たせるようになったこの約束を簡単に手放したくない…」
約束の相手であるフルミーナは、私のでまかせ、子供の戯言にただ付き合ってくれただけできっとはなから期待なんかしていない。非現実的な夢物語。そんなことは分かり切っていた。
だけど、私は生きている限り彼女の瞳の中では彼女の一番であり続けたい。素晴らしいことを成し遂げた私という存在をありありと彼女に見せつけて虜にしたい。彼女の心を掴んで離さない私と言う存在を誕生させたい。そのためなら、どんな努力だってする。死だって覚悟する。
「だけど…」
私はそんなフルミーナと同じくらい大事な存在がいた。その存在は私のすぐ目の前にいた。ちょっぴり恥ずかしがり屋で、それでも自分の目標にはひたむきに努力できる私の親友。そのためなら。
「私はルコが嫌なら、どこにもいかない、ずっとここにいるよ」
私がそういうと、塞ぎ込んでいたルコがバッと顔を上げて、私にその可愛い顔をよく見せてくれた。
私はそんな彼女に対して、一点の曇りもない澄み切った笑顔で迎えた。
この選択にだって少しも悔いはない。なぜなら、私は二人のことを秤に載せられないからでどっちを選んだとしても、私の不幸は決まっていた。それでも、決意することはできた。等しい不幸の選択の先にはしっかりと自分の幸福があった。
「リリャちゃん」
「なに?」
「それなら、私からも約束させて欲しい」
私は静かに彼女の言葉を待った。
「ゴールデンウィング杯で優勝して、その約束を果たしてあげて…」
「ルコ…」
私はルコの頭の後ろに手を回し自分の方に引き寄せると、彼女のおでこを自分のおでこにくっ付けた。
「ありがとう」
私は、その後、身支度を済ませると魔法学園アジュガを後にした。




