罵声の中で
魔法学園アジュガでは主に、新入生に向けた体験入部が始まっていた。この時点で新入生たちもエーテル孔を開き、魔法にも慣れてきたところでの開催であった。
新入生たちは自分たちに開かれた数多くの部活を見て回りながら自分が入りたい会場へと足を踏み入れる。先輩たちもこの日の為に準備は欠かさない、自分たちの部活動を存続させるべく、新人たちを積極的に受け入れる体制を整えていた。
ただ、そんな数ある部活が自分たちの部活を売り込む中で、飛行部だけは例外であった。厳粛に適性ある者だけを選別するべく、飛行部体験入部だけは異質を極めていた。
罵声が飛び交っている。
これは毎年飛行部の体験入部で行われる、適性テストだった。
飛行部に入部したい新人たちは、適性検査を受けたのち、最後に先輩たちの前で実際に飛行魔法を実践する最後の入部テストがあった。
そこで飛行魔法を使うことができれば、合格となり入部することができた。しかし、そう簡単な話ではなかった。
大抵の人はまず、飛行魔法は使えない。そして、そこでは先輩たちに罵声を浴びせられながら、魔法を行使するというとても負荷のかかることを強いられるため、たいていの人がその場で委縮してしまい、魔法は愚か泣き出して退出して挫折をしてしまう。
そこまでする必要性があるかという問題なのだが、これにはしっかりとした理由があった。
飛行部は他の部活動よりも遥かに死ぬ可能性があった。新入生などは空に憧れを抱きやすくその圧倒的な事実を見落としていることが多い。その意識を根底から変えるためにも、軽い考えで入部してくる者たちを罵声を浴びせ脅し切ることでふるいにかけていた。
空を飛ぶということがどれほど過酷なことか、罵声を浴びせられ、飛べずに立ち去る程度では、待っているのは死のみだった。
「おら、何でてめえは飛べないんだ?飛べない奴が飛行部に来ていいわけがないだろ!!!」
最後の適性テストの実践の場では、飛行部の強面と、後は外部の人に依頼したりなどして、参加者たちを震え上がらせてもらっていた。
ラウルはこの最後のテスト場で監督官として、皆が罵倒されている様子を会場の隅の椅子に座って見守っていた。となりには一個上のクリス・ウィングルムの姿もあった。
「今年は無いといいな、去年みたいなこと」
体験入部のこの場で去年あったこと、それは二人がこうしてここにいる理由でもあった。
「ありませんよ、あんなこと、あってたまりますか、まったく…」
このラウルの呆れは、口を開いたクリスに対するものではなく、去年の大事故を引き起こした、ここにはいない後輩に対するものであった。
「最初の飛行で宇宙を目指そうなんて大馬鹿者は、世界中どこ探してもあいつぐらいしかいませんから」
「アッハッハッハッ!!!そうだな、だが、彼女はとても素晴らしい成績を出していたじゃないか、ああいう新人がもっと増えて欲しいものだ、そうすれば飛行部も安泰だ!」
クリス先輩は、前よりもずっと気さくで明るい人になっていた。それは戦いから下りた軍人のような、一種の緊張の解けた人の顔をしていた。それもそのはず、彼はいま、サバルという恋人と残された学園生活を謳歌することにしか興味がなかった。
他人から見ればクリスは腑抜けてしまったように見えるかもしれない。ただ、ずっと張りつめた彼の険しい表情を隣で見て来たラウルからすれば、彼が幸せというものを手にして緩み切った顔が見れることは、何よりも嬉しいことだった。
そして、彼の立場を引き受けることができたのが自分であるということにラウルは誇りに思っていた。
「ところで、その彼女は、最近飛行部でも一切見かけないがどういうことなんだ?」
「彼女のことは俺もわかりません。それと、最近は学園にも顔を出していないということも聞きました」
リリャ・アルカンジュ。ラウルの後輩にして、言ってしまえば彼女は大天才だ。才能の塊であると同時にどんな努力も惜しまないこれにはラウルは彼女のことを早い時点で認めるしかなかった。彼女は紛れもなく飛行者として大天才であると。
天才ではない、大天才だ。
同世代で彼女のスピードについていけるものはまずいない。それどころか上の世代の天才たちを食らいつくしていく勢いが彼女にはあった。
そして、その牙は自分にも食い込もうとしていることをラウル自身はちゃんと理解していた。
ラウルは、リリャをすでに対等どころか、格上かもしれないという認識を捨てずにいた。それは、去年すぐ傍で一緒に飛んでいたから確信できることでもあった。
「ただ、彼女は、今年の黄金翼杯で優勝を目指していることは確かです」
「そうか、もし、そうだとしたら、ラウル、君はどうするんだ?君は、譲ったりはしないのだろ?」
クリスの顔が飛行者だったときの顔つきにその時だけ戻っていた。
「当然です。俺は勝たなくちゃいけないんです。なにが何でも…」
虚空を見つめるラウルのその瞳の鋭さは、すべてを突き破るほど一点を見つめていた。
そんな張りつめたラウルに対して、クリスは言った。
「だが、ラウル、勝つなら正面から正々堂々といけよ。勝ちってやつにもいろいろあるからな。勝ち方によっては勝負する前よりも失っていることが多いなんてこともある。だから、やり方だけは間違えるなよ!」
そういってクリスがラウルの背中を思いっきり叩いた。
そこでラウルの視線は強制的に上へと跳ね上がり、そこには澄み切った青空が広がっていた。何も変わらない青空とクリスの言葉が何度も自分の中で反響していた。
「ええ、そうですね…」
春の罵声の中、ラウルは静かに目を閉じ考えるのだった。
あの人のことを。




