新入生
魔法学園アジュガの校舎には中庭がある。本館の左右の東館と西館に囲まれたその中庭では、よくイベントがある際はステージが用意され催し物の会場となっていた。
今日は部活紹介が中庭で行われていた。新一年生相手に先輩たちが自分たちの部活動の魅力を短い時間で紹介する。魔法学園である以上、魔法の部活が人気で、それが目当てで入って来る人たちがほとんどであると思われがちだが、もちろん、例外もあった。
中庭の中央に据えられたステージの奥は赤い舞台幕で隠されており、そこから、これから始まる部活紹介のイベントの司会役の男女二人が飛び出して来た。
大歓声が会場を包む。それもそのはず、ステージを囲む観客たちの歓声は、教室がある方の棟である東館や反対側の西館、そして正面の本館、それぞれの屋上に集った生徒たちからそのステージへ滝のように浴びせられていた。
「みなさん、こんにちは!!!」
司会役の男女が挨拶をしながら、周りの大勢の観客たちに手を振り、ステージの真ん中にたった。
「さて、今年もやってきました。部活紹介です!おそらく、ここにいるのは新一年生の方たちがほとんどだと思いますが、校舎にいる先輩たちもぜひ、今日の部活紹介を盛り上げていってくださいね!」
女性の司会の問いかけに対して、校舎にいる先輩たちは、高まった気持ちで返事を返していた。
司会の二人のちょっとした部活紹介の前の前振りを披露し、それが観客たちには大盛況で、その間に、ステージ裏では準備部活紹介の為の生徒たちの準備が完了すると、男性の視界が言った。
「それではさっそく部活紹介を始めたいと思います。最初は、その伝統と歴史は長く、古来から続くその道は、武の極致を目指す者たちの集い!剣闘部の皆さんです!!」
赤い舞台幕から剣を携え、亜麻色の古風な道着に身を包んだ先輩たちがステージに姿を現す。校舎の窓から顔を出す女子生徒の一部は黄色声援を送っていた。陣形を組むと先輩たちは鞘にあった剣を抜くと構え、剣の型を披露すると、ステージには緊張が走った。先輩たちの持っていたものは紛れもない真剣だった。一年生たちは固唾をのんで見守っていた。
型が終わると静寂の中、剣闘部の部長が部活動の紹介を始めていた。
【オイト・レーラン】の心臓は素早く鼓動を刻んでいた。ただの演武であるのにも関わらず、手汗がびっしょりと濡れていた。
『び、びっくりした…本物だよね……』
舞台にいる先輩たちの剣が春の日差しを浴びてきらりと光っていた。
「剣闘部って本当に斬り合うのかな…」
「バカね、そんなわけないじゃない」
オイトの隣にいた女の子が言った。
「でもさ、もしも間違いとかあったら、血とか出てたかもよ…」
「フフッ、そしたら、この舞台は悲鳴に包まれて大失敗してたでしょうね、ククッ」
嫌みっぽく暗い笑みを浮かべるのは、【ディラ・フターリス】だった。彼女は、オイトと同じ小学校の同級生で友達だった。
「ディラ、そういうのはダメだと思うよ。先輩たちだって僕らの為に準備して来てくれたのにさ…」
頼りない弱弱しい声と、ディラの顔を見ずに地面ばかり見て述べる意見にたとえ正しさを帯びていたとしても説得力がなかった。
「それもそうね。せっかく先輩たちが私たちのためにああやって野蛮なものを振り回してくれてるんだから、感謝しなくちゃよね?」
「えっと、だから、そういう言い方は…」
「冗談よ、それより、次の部活紹介が始まるみたいよ」
ディラが、オイトの顔を手で持ち上げて無理やり舞台の方に向けてやる。
剣闘部の先輩たちが去っていくと、司会の二人がステージに戻って来る。
「さあ、続いては、ええ、そうです。皆さん、待望のあの部活動です。そして、なんと言っても、今年はついにあの彼が部長を努めているというんですから、これはもう、女子の皆さんは楽しみでたまらないんじゃないでしょうか?実際私も楽しみです。それではいってみましょう、飛行部の皆さんです!!!」
女性の司会がそういって赤い舞台幕の方に注目を寄せる。しかし、いつまで経っても、その赤い舞台幕が翻ることはなかった。
あたりに動揺が広がる。
「あれ、どうしたのかな、もしかして何かあったのかな…」
オイトはまるで自分ごとのように、苦しそうに唾を飲み込む。
「きっと誰かがへまをやらかして、遅延してるんでしょ、不測の事態にきっと舞台裏では大騒ぎしてるのよ」
不安でざわつく会場の人々とは真逆でディラは人の不幸の蜜の甘さに、半笑いをしていた。
そんな彼女の横にいたオイトは、この現状を良しとせず、何か自分にできることはないか、懸命にけれど実際彼にできることは何もないため、ただ、苦しい顔をしてこの時間が過ぎるのを待つしかなかった。
しかし、そんな彼の苦悩や会場の不安は、空からの来訪者によって、一瞬にしてかき消された。
一人の青年が空から物凄い勢いで下りて来た。背中には二つの光のリングが浮いており、そのリングの中央からは、綺麗な赤い光が排出され、彼を空中に浮かせていた。
そして、その青年が現れると同時に校舎の中庭が一瞬にして黄色い声援に包まれた。校舎の窓は彼のファンである各学年の女子たちに埋め尽くされ、女子たちは必死に窓から手を伸ばして彼に手を振っていた。
その青年が自由に空中を飛び回ると、校舎の各階層にいた女子たちとハイタッチしていくと、彼の通った校舎の各階からは、割れるような悲鳴に近い歓喜の声が響き渡り、会場は異様な盛り上がりを見せた。
青年が東館、本館、西館と中庭を取り囲む、建物の各階をぐるりと一周し終わると、ステージに舞い降りた。
「初めまして、新一年生の皆さん、飛行部部長のラウル・フラーセムです」
ふんわりとした茶髪が風になびき、その隙間から覗く茶色い瞳が優しさを帯びている。しかしそれでいて、鋭さも兼ね備えている彼の瞳に映る人々は、彼のその二重性の瞳に魅了される。それはまるで夏の熱気に浮かされ、冬の冷気で突き放されるような、常に彼を求めるようになり、抜け出せない快感にはまってしまう。それは息すら忘れてしまいそうになるほどの、中毒性があった。
彼がにっこりと微笑む。
彼の彫刻のような時間をかけて完璧な造形に仕上げられた顔面から繰り出された、破壊力抜群の笑みは、一年生の女子たちに次々と恋という名の魔法を掛けていく。そのあまりにも人の恋心を奪っていく様はまさに世紀の恋泥棒でしかなかった。
***
盛り上がる会場を【ヒルク・メイビスト】はただ、その経過を中庭の片隅から眺めていた。彼は転校生であり五年生という遅い時期にこうして転校してきたのにはある目的があった。
それは、尊敬できる人のもとで飛ぶことだった。
『部長は彼じゃないのか…』
ヒルクはてっきり、クリス・ウィングルムが出て来ると思っており、その落胆は大きかった。
『それにしても、なんだ、この人気は……』
観客たちから絶大な支持を受けているラウル・フラーセムという男、彼の名前は去年の黄金翼杯のゴールド帯にはいなかった男だ。それなのにも関わらず、この人気っぷりは、みたところ彼の面が男のヒルクからしても、あまりにも整い過ぎているからだというのはすぐに分かった。
『くだらない、顔が良いなど速さに何の関係もないのに』
ヒルクは、そこでラウルの部長としての言葉を聞くことになった。
「新一年生もそうじゃないみんなも、よく聞いて欲しい。飛行部の紹介をしたいところなんだが、悪いが飛行部側から入って欲しいという声を上げることはないんだ。それはなぜか?まず初めに言っておくことがある。空を飛ぶという行為には必ずといっていいほど、死が付きまとっている。それも長く飛べば飛ぶほど、その死神の鎌の鋭さは増していく。何が言いたいかっていうと、飛行部は他の部活なんかよりよっぽど大怪我をしやすくそして、最悪の場合すぐに死ぬ。脅しなんかじゃない。これは本当のことだ。実際にプロの飛行選手も何人も大会の事故で死んでいる。だから、飛行部はみんなにぜひとか良ければなんて優しい言葉は掛けてやれない。それどころか、あっちいけ、来るなと、罵声を浴びせて、部活動の入部を拒むことだってする。なぜか?みんなには空を飛ぶ代償に死んで欲しくないから、空を飛ぶという行為は素晴らしいけれど、俺たち飛行部は誰も空を舐めちゃいない。だから、もしも、それでも空を飛びたいってやつだけ、体験入部には来てくれ、その時は、全力で俺たちが拒んでやる、以上だ」
ラウルの演説で辺りは一瞬にして静まり返った。飛行部は新しい部員を歓迎しない。それはあまりにも新一年生たちの期待を裏切るものだった。
「ぼ、僕でも、空を飛べますか!?」
ステージの下から、金髪の新一年生がラウルに向かって声を震わせながら言った。
「飛べば死ぬかもよ?」
ラウルの瞳の鋭さが増し、さっきまでの春風のような温かさとは一辺、凍り付くような視線がその新一年生を差す。
「君は死ぬのが恐くないのかな?」
「こ、恐いです。でも、飛べばあなたのようになれますか?」
会場は静まり返り、ラウルとその少年との会話だけが響き渡っていた。
「俺のようになる必要はない…だが、空を飛ぶということ、これは…そうだな、ここでこんなこと言いたくなかったが…」
ラウルは一呼吸置いてから躊躇いを振り払うように言った。
「空を飛べばすべてが手に入る。自分の望むすべてが、空にはある」
ラウルは少年の期待に応える。応えてやるべきだった。なぜなら、その少年は夢を見ていたからだ。自分もそっち側の人間になれるのか?満たされない日々から努力する日々へと一歩足を踏み出すというなら、その手助けをラウルは惜しまなかった。それは形はどうであれ、その少年の日々が良い意味でも悪い意味でも輝きを放つことは間違いなかった。
それは、何もせず過ぎ去っていく日々よりはいいはずだから、ラウルは空への旅路へ促すのだった。
「目指せばいい、それを止める権利は誰にもないからね…」
二人の会話が終わると会場は再び熱気に包まれた。大歓声に包まれ、涙を流している女子たちもいれば、狂ったようにラウルの名前を呪詛のように唱えだす女子もいた。
「だが、飛行部はそんな希望をもった君にだって、容赦しない、それじゃあ、また体験入部で会おう!!!」
そういうとラウルは光のリングを二つ展開し、大空へと飛び上がっていった。歓声響く中庭には彼を称える余韻が残っていた。
ヒルクは茶番劇を目の当たりにして、くだらないと言って会場を後にした。
***
オイトの心臓はいつまでもドクドクと脈打っていた。なんで自分があんな目立つようなことをいったのか、分からなかったが、ラウル先輩の言う空にはオイトに今までなかった夢が詰まっているような気がしてならなかった。
「オイト、飛行部入るの?私と入るはずだった魔法部はどうなるの?」
ディラが尋ねる。彼女とは同じ部活に入ろうと約束していた。
「ごめん、ディラ、僕、空を飛んでみたくなったんだ…」
オイトが見上げた先には、目指すべき場所が二つの校舎の間から覗いていた。
「別にいいけどさ、オイト、飛行部って、飛行魔法が使えなくちゃ入れない部なんだけど、そこのところ理解してるわけ?」
ディラは常識とも言える知識と現実を披露するが、夢見る少年には届いていなかった。
「僕、頑張ってみるよ」
オイトがとても明るい笑顔と共に、ディラの暗い表情を照らす。照らされた彼女は、描いていた学園生活の修正を迫られる。彼が踏み出したことで、彼女もその歩みにここでついて行かなければおいていかれるとそう思って、自分らしくないことを口走ってしまった。
「じゃあ、私も、飛行部に入るから…」
「え!?ディラも空を飛ぶの!!」
「バカね、マネージャーよ、それなら私でも入れるでしょ」
「そ、そっか!ディラが傍にいてくれるのは嬉しいよ!!」
オイトの眩しさからディラは顔を背ける。
「はい、じゃあ、もう、ここにいる必要もないから、オイト、売店にいくわよ」
ディラはオイトを連れて、群衆かき分け中庭から抜け出した。




