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リリャの魔法学園  作者: 夜て
黄金の翼
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足りない

 好きな人を見るとどうしてこんなにも胸が高鳴るんだろう。目の前にいるのに声が掛けられなくて、彼女の一切のしぐさの流れを私ごときが止めてしまうことには、ある種の後ろめたさがあって、私は傍観者でいられたらどれほど良かったかと思う反面、眺めるだけの関係じゃないことへの喜びは、計り知れないものだった。


 本を並べていたフルミーナが自身の職務への集中が切れたのか、本棚から私の方に視線がそれると彼女は私の存在をようやく認めた。


「あら、リリャちゃん、久しぶりね!」


 フルミーナが子供のような笑顔で迎える。


「フルミーナさん、お久しぶりです」


 私は平然を装っていたが、内心今にも図書館中の人に聞こえるほど叫び声を上げたいほど、この再会は嬉しいものだった。


 私はフルミーナと図書館の端っこのテーブルに座った。

 彼女は業務中だったが、そんなこと気にする素振りは一切無く、むしろ私とのお喋りを楽しむ気満々でいた。


「フルミーナさんって、ずっと、ストレリチアにいたんですよね?」


 連合都市国家ストレリチアは、三つの都市からなる複合国家だった。機械都市マキナ、文化都市フラワード、交易都市トレーディアの三つの都市はそれぞれの分野に秀でた特徴をもっていた。


「そうよ、交易都市トレーディアって場所でね、そこでは多くの作家たちが集まって新しい本を出品するんだけど、その本を競り落とすオークション会場があって、私もそれに参加して来たのよ」


 私はあまり競売というものがどういうものなのか分からなかった。

 話しを聞いていくと、一番多くお金を出した人に、その作家の本が手に渡るという仕組みらしかった。


「もちろん、有名な作家の原本となると落札するのは、どこぞの王族や、貴族、印刷関係の大商会の人たちがほとんどなの。だから、当然そんなお金持ちだらけだと私のお給料じゃ、競り勝てるわけがなくて、私が競って来たのは、そういう大きな会場じゃなくて、小さな庶民の私でも参加できる会場で、面白そうだなって本を落札してきたってわけ」


 そのオークションには新作の原本を競り落とすオークションのほかに、印刷物を競り落とすオークションもあったとフルミーナは加えて語った。

 そして、この図書館トロンに寄贈するためにも数冊入手してきたという。


「今度リリャちゃんにも私が落札した本貸してあげる、結構掘り出し物があったから」


「ぜひ、読ませてください」


 彼女の見た景色を私も余すことなく共有しておきたかった。


「あのところでひとつ聞きたいんですけど…」


「なにかしら?」


「一人で、そのオークションに行ったんですか?」


 フルミーナはその質問にすんなりと答えた。


「そうね、このパースから行きはひとりだけど、あっちには私のお友達もいるから、その人と一緒に回ったわ」


「お友達ってそれは、男の人ですか?女の人ですか?」


 フルミーナはその質問に少し疑問を感じているようだったが、これまた迷いなく答えた。


「いろいろよ、そういう読書仲間のグループがあって、定期的に集まったりするの、まあ、私が顔を出す頻度はそんなに多くないんだけどね」


 私はそのグループの名前も顔も知らない者たちに勝手に対抗心を燃やしていたが、危機感は抱いていなかった。彼女がそこに頻繁に顔を出していないと聞いてどこか安心していた。


「その人たちと読書の意見交換とか、競り落とした本の貸し借りとかするのよ。だけど、私の場合、ここパースに家があってたまにしか顔出さないから、他の人から借りたいい本はその場で読んでから返さなくちゃいけなくてね。それに私、本は好きなんだけど読むのは遅くて、それにフラワードって芸術の街の雰囲気がとっても好きで、ついついそこに長居しちゃうのよね。まあ、今回は、ちょっと掘り出し物がたくさんあって、予想よりも長くなったけどね…」


 私は、彼女の好きなフラワードという街の話しを掘り下げて会話をした。どうやら、そのフラワードという街は、街全体が各専門の芸術家たちによって彩られているようで、カラフルな住居のベランダには、大切に育てられた色とりどりの花が咲き乱れ、道端では待ちゆく人々に、絵描きが似顔絵を描いていたり、演奏家が美しい演奏を披露したり、ゆったりとした街並みが読書にはもってこいの場所だという。


 彼女が楽しそうに話す間、込み上げてくるのは寂しさだった。

 しかし、寂しかったんですからという甘えた言葉は飲み込んだ。それを言って何になる?そんなことより私は、話題を変えると、彼女がいなかった間、黄金探索で見つけた黄金のことを話し、金のピアスをプレゼントした。


「これ、もしよかったらつけてください」


 ピアスでも片側だけの一つを彼女に渡した。


「え!すごい、ありがとう。でも、これ高いんじゃないの…」


 学生からの高価な品を受け取ることに彼女は戸惑っていた。


「みんなにも渡しているんで、フルミーナさんも受け取ってください。それとそのピアスは私のものと対になっている特別なものなんです」


 私が自分の耳につけていた片側だけの彼女と同じ半月を形どった金のピアスを見せた。

 このピアスのデザインは鍛冶屋のベッジさんに自分とフルミーナさんだけのために作ってもらった特注品の一つだった。欠けた月同士を合わせれば満月となることからずっと一緒にいるという意味も込められていたが、本人にそれを言う勇気はここではなかった。


 ちなみに、みんなに渡したピアスは、星の形をしたピアスだった。

 そして、ルコに渡したピアスだけはまた別の意味で特別なものだった。


「じゃあ、ぜひつけさせてもらうわね」


 彼女はそういうとすぐにその場で金のピアスをつけた。

 ようやく渡せたお揃いの対のピアスは、彼女によく似合っていた。


「どう?これで私たちお揃いね」


 フルミーナは笑っていた。その笑顔を見るためだけに今まで会えなかった時間があった。自分の人生がまだ彼女に完全に支配されているわけではないが、その傾向が表れ始めているそんな予感があった。

 私はとにかく今は彼女のことをもっと良く知って同じ時間を共有したかった。相手をしれば知るほど、彼女がどんなことで喜ぶかが分かって来る。好きな食べ物、好きな本、好きなタイプ、好きな季節、好きなこと、好きな場所、とにかく何でも知り尽くして、それに沿ったものを提供し続ける。私の恋愛論的に、恋に溺れるということは自分の生き方が許さなかった。愛されるより愛したい。愛の天秤の振れ幅はいつでも私のコントロール下に置いておきたかった。

 支配したいわけじゃない、ただ、恋で溺れて苦しくなるのが嫌だった。だから、なんとか相手を溺れさせることができれば一番良かったが、相手は相当手ごわい年上だ。私はいまだ子供扱いで、彼女の恋人としての最低条件すら満たしていない。


「フルミーナさん」


 私は急に立ち上がると、座っていた彼女の視線に近づいた。


「私、もっと、いい女になりますね」


 突然のことに、最初は驚いていた彼女だったが、すぐに笑顔で言った。


「どうしたの?リリャちゃんは、今のままでもすっごくいい女の子よ?」


「ありがとうございます…」


 足りない。何もかも足りない。身長も思考も精神も見た目も、何もかも足りない。好きな人に相手にすらされない。どんなに想いをぶつけても、すべて彼女の表面上ですべって奥深くに入り込んで行けない。私は、彼女と対等ですらなかった。


「今日のところはこれで失礼しますね、また来ます」


 甘い時間に浸った私の肉体と精神は緩み切っていた。そんな緩みによって自分の堕落を自覚している間は、きっと、ダメなのだと、私は心を入れ替えるため、その夜ひとり疲れ切るまで空を飛んだ。


 自分の足りなさを補うために。


 飛ばずにはられなかった。

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