椀盛5
頭が痛くなってきた。
そうだった。『幽霊作家』という話、忘れていたけれど向井のせいで分岐がさらに増えるんだった。
「ねえ、頭が痛くなったから、懐石料理の椀盛の方を考えない?」
私の言葉にナツメは驚いたように私を見た。
「まあ、どうしたのですか?」
「いや、この話、読み返すと他にも分岐があって、それもあって混乱したんだよ。」
私の言葉にナツメは食いついてくる。
「まあ!他にも隠された物語が、しかも、複数あるのですねっ。」
と、詰め寄るナツメの勢いに私は警戒した。
「言っておくけど、ブロマンスじゃないよ。」
「よろしいですわ。私、本格ミステリからサスペンス、ホラー全般が好物ですからっ。」
キラキラとした笑顔のナツメに元の持ち主がそういう話が好きだったのかな、と思う。
「そうなんだ。ま、いいか。頭の整理もしたかったし。」
と、私は話し始めた。
そう、この『悪霊』という話は単体ではイミフな中途半端な物語なのだけれど、書いたのがあの江戸川乱歩で、その時、たまたま横溝先生が肺病だったり、と作者の次元での物語で面白い話を作れるという特徴がある。
そして、そうなると、推理する所が、作中の『密室殺人』から、さまざまな事柄に移るので、複数の魅力的なエンディングが可能になる。
普通、こんな事は起こらない。
『バスカヴィルの魔犬』で同じことは起こらない。だって、小説の登場人物は必要最低限で大概は、モブの人物像を作者でもないのに深掘りするのは難しいからだ。
でも、この話は乱歩先生が『抜け殻同然の文字の羅列』と言ってるように、なんだか突っ込みどころがある話なので逆に、色んなところと話が繋がって広がるんだと思う。
最近では、面白くないと思う作品を『ゴミ』と表現する人がいるけれど、例え自分に価値がないと思ったからって、そのものが価値がないかというとそうでもないのである。
私もインスタントコーヒーの空き瓶に貝やビーズ、レースを貼り付けてフリマで売ったことがある。
作った本人が言うのもなんだけれど、売れるとは思わなかった。でも、克也が
「卯月さん、これ、いいですよ。売らないんなら俺が売りますよ。」
と、私の作品を持ち帰り、そして、次のフリマで売ってくれた。『卯月さんの瓶』という看板をつけて、私の隣で(//ー//)
普通ならゴミと言われるその瓶は、50円とか100円で売れて行ったのだった。
爽やかに売上全額500円を私にくれたけれど、売れなくてもいいから『卯月さんの瓶』の看板はやめて欲しかったわ(;ω;)まあ、今思うと、あの空瓶の方が私の小説より高く売れたんだと、悲しくもありがたい気持ちもする。そして、そんな成功体験があるから、簡単に小説で金儲けでくるとか思っちゃったんだよな。
と、まあ、空瓶だって、売り方によっては高額になる場合があるのである。
私のコーヒーの瓶が50円として、昭和初期のアールヌーボの化粧水の空瓶のような乱歩の『抜け殻同然の文字の羅列』なら、それ以上の価値が、売り方次第で高く売れる作品が作れると考えてしまうのはフリマ好きだからかもしれない。と、話がそれた。
まあ、そんな風に考えて、これはもしかしたら金になるかもしれない、と、去年は夢を見たりもした。
向井は私と山臥の作ったブロマンスの結末のほかに、昭和初期の猟奇殺人を追いかける話、モデルになったであろう実在の人物を探す話、そして、祖父江進一を犯人にした物語の3つの分岐を作り出していた。
「確かに面白そうですわね。みんな書かれたらいいじゃないですか。」
ナツメは未責任にそういった。
「無理だよ。多分、私には時間がないもの。他にも書かないといけない話もあるし、でも、この話は江戸川乱歩の二次だから、持ってゆきようによっては金になると思ったのよね。」
と、私は笑った、が、ナツメは笑わなかった。
「金、金って下品ですわ。」
「あら、金は必要よ。金があれば鯛の刺身だって気兼ねなく買えたんだもん。」
私の言葉にナツメは深く同情するようにため息で同意する。
「そうですね、現実はカニカマですもの。」
「いいわよ。そんなのは。まあ、何にしても軍資金は必要なのよ。で、金に夢を見て作る話だって面白いものもあるんだと思うの。まあ、そんな野望は実現はしなくても、現在、私が投稿してる、小説書いてる女子高生の話もあるから色々と考えないといけないのよ。
まあ、ね。書籍化する作家なんてヒエラルキーの上層の少しだけでしょ?私のところにはそんなラッキーはやってこないもん。でも、だからって、私たちの物語が価値がないってことにはならないと思うの。
WEB小説は二次小説から始まったらしいし、AIの台頭で色んなことを個人で出来るようになったのだから、二次界隈を広げたらもう少し楽しめると思うのよ。
乱歩先生の作品はフリーになったんだし、江戸川乱歩の二次界隈を広げたら、どうかって思うんだよね。
なんて考えたら、余計に面倒くさくなったんだわ。
まあ、いいのよ。私がWEB小説の未来なんて考えなくても。まずは、『幽霊作家』の向井編を完結して、少しでもPVを稼ぎたいわ。」
私は長くなった小説活動を思ってため息をついた。
「ふふ。そうですわね。で、椀盛のアイディアを思いついたのですか?」
ナツメは静かに笑う。
「うん。味噌おでんにしようと思うんだ。」
私は少し切ない気持ちで剛を思い出していた。が、次の瞬間にはナツメのすごい非難の視線にたじろいだ。
「味噌おでんって!」
と、叫ぶナツメを私は宥めた。
「まあ、怒らないでよ。お茶の前の腹八部でしょ?わかってるって。椀盛は懐石料理の中でもご馳走なんだよね。季節のものを使って作る…
だから、最上の出汁つゆと、鱈の白身から作る練り物に桜エビとしらすを別々に練り込んで一口大にして、細い大根と人参を梅の型で抜いて紅白にするんだ。そして、銀杏を松の葉に刺して飾るの。」
私の説明に、なんだか疑わしそうにナツメは私を見る。
「それでは、おでんという感じではありませんわね。」
「まあ、ね。基本、味噌と銀杏がテーマなんだ。」
「味噌と、銀杏?ですか。」
「うん。『悪霊』って、作中作者が登場するでしょ?」
「そうですわね。」
「で、その作者は、自分の話 『発表者の附記』でこの手紙を持ってきた人物をN某と表現しているでしょ?」
「ええ。」
「で、ここで手紙の人物や地名は作者は随意に書き改めた とあるわよね?」
「ええ、それがどうかしました?」
「祖父江なんて珍しい名前にこの『作者』が何故、主人公を命名したのかを考えてね、調べたの。『祖父江』そしたら、愛知県の地名にあって、あちらでは割といる名前のようなの。で、祖父江町の名物がギンナンで、祖父江町の布智神社には織田信長もお参りしたんだって。そんな話を聞いていたら、八丁味噌の何かを作りたくなったのよ。」
私は素直に話した。ナツメはそれを鈴鹿に聞いていた。
「確かに、何か、違和感を感じますよね。東京の地名に愛知でよくある祖父江の苗字の主人公。大阪の親友。適当に考えたというには、意図的にも感じますわね。」
ナツメは少し思案するように俯いた。
「いや、それは深掘りしなくていいと思うよ。ただ、汁は江戸の赤味噌にしたから、家康のエピソードも含めて味噌を味わうのもいいかなって、そう思ったんだ。」
私は宥めるようにそういった。
「ええ。そうですわね。いいですわ。味噌おでん。作りましょう!炉の懐石では煮物と焼き物を兼ねて鍋物を提供することも可能ですから。頑張りますわ。」
ナツメはそう言った。




