ブロマンス
『悪霊』は本当におかしな物語なのだ。この時点でメタの世界…作家の世界線での美しいブロマンスが完成するのだ。
『悪霊』という物語は1933年に発表される。
江戸川乱歩の10年目の新作として。
そして、同年、所属していた雑誌の廃刊で横溝先生がフリー、つまり、職を失って自由契約枠で頑張っていたところを肺病に侵される。
友人として何ができるのか、この辺りで話を盛ると乱歩先生は横溝先生の仕事を安定させるべく連載の仕事を受けたのではないかと私は考えた。パンデミックで仕事を失った剛を思い出す。
そして、病気で本調子で仕事ができない横溝先生のために、少し前にフリーになってから横溝先生が翻訳を依頼されたコナンドイルの『霧の国』を売って著作権でなんとか稼げるように、自分の話で乱歩先生は宣伝、興味を持ってもらおうとそんなに好きでもないオカルト部門の話を書こうとしたのではないか、と思った。
乱歩先生は本当は何を考えて『悪霊』を作ったのだろう?
そう考えて読む『悪霊』は、『マラカイト緑とメチル菫の二枚のガラスを重ねた魔法グラス』で見る世界のようにブロマンスの雰囲気で染まってゆくのだ。
祖父江の手紙の冒頭の岩井担に対する恋情にも似た言葉が、あたかも乱歩先生の横溝先生への訴えのように感じるのだ。
そして、想像する。もしかしたら、この祖父江の手紙は、乱歩先生の横溝先生への想いなのではないか、と。肺病にかかった友人への思いとともに今まで交わした手紙を取り出して、そこから『悪霊』を考えたのではないだろうか、と。
そう考えると、知人が亡くなったのに『探偵的興味がムクムク』と湧いてしまう祖父江のサイコパスなコメントも炎上案件から、20世紀のミステリーの巨匠の悲恋もののように思えてくるから不思議なものなのだ。
ここで殺人の始めの部分を思い出す。
打ち合わせに姉崎邸にやってきた祖父江進一が何故、土蔵に向かったのか、それは世紀の未解決事件を読者と、ひいては横溝先生と乱歩先生は楽しみたいからだったのはないだろうか?
『リンドバーグ愛児誘拐事件』
1933年3月にチャールズ・リンドバーグの長男(1歳)が2階の部屋で寝ているところを梯子を使って窓から誘拐されるという事件である。そして、同年5月少し離れた森の中で白骨死体として発見されるのである。
ただ、そうだとしてもこの連載が始まった1933年9月現在で犯人はまだ見つかっておらず、不謹慎といえば不謹慎は行為ではあると思うのだけれど、なんとか犯人を推理して捕まえたいという気持ちもあったのかもしれない。時代の違いもあるし、この時代、実際の猟奇殺人について推理小説家が意見を求められることも珍しくはなかったようだから。
まあ、本当にこの事件を模倣して物語が書かれたかは藪の中である。
そうだとしても、何度も『悪霊』を読み直し、ありありとその情景を3D化して思い浮かべられるようになって見た、土蔵にハシゴをかけて2階の窓を覗く祖父江進一を空想すると思ってしまう。
これ、やはり海外の事件を日本を舞台に考えたんじゃないだろうか?
でも、日本家屋は平屋が多いし、屋根が突き出ているから2階にハシゴで登ろうとしたら、すぐに辺りの人にバレてしまう。だから、しっかりとした平な壁の土蔵で話を作るしかなかったのではないだろうか?と。
私の話にナツメは冷たいお茶を私に勧めながらため息まじりにこう言った。
「でも、その過程が仮にあっていても、そこから先の物語は続きませんでしょ?窓とハシゴの話があっても誘拐と殺人の違いがありますもの。」
ナツメの言葉を冷たいお茶を飲みながら懐かしく聞いた。確かにそんな事をかつて私も山臥に言った。
「そうね、確かに殺人と誘拐は違うわ。でも、横溝先生と乱歩先生が創作している、という話だと、ここから物語が出来てくるの。」
そう、この話は私の仮説では、フリーになりたてで肺病になった友人を助ける為に作る、私の乱歩先生の物語なのだ。
だから、『悪霊』にはドイルの匂いがしないといけない。
この物語では、横溝先生の翻訳した『霧の国』という本に読者の興味を持ってもらって読者に買ってもらおうという乱歩先生の野望が隠れている筋になっているからだ。
この話で密室殺人のような話にした気持ちはわかる。裸の女性が土蔵で殺されていたらショッキングだし話題になる。ここから、物語に関心を持ってもらい、故コナン・ドイルの晩年の作品にも目をむけてもらいたいと、頑張ったんだと思う。
でも、決定的に乱歩先生は間違っていたんだと思う。
同じくミステリーと日本では表記されるけれど、オカルト派と推理派では欲しい場面が違うのだ。
本来、オカルトで進めるつもりなら、土蔵での被害者は密室でも、物理的なものより心霊的な封印でなければいけなかったんだと思う。土蔵で鍵の話より五芒星が描かれていて、その謎を警察は考える。そこに晴明やら陰陽師の話をする人達の中でこれは西洋の魔術の紋章だと言い出す人物が現れる。そんな筋。そして、明らかに何がしかの西洋の儀式で悪霊を召喚した、そんな雰囲気を作るべきだったんだと思う。
祖父江がわからなくても、熊浦が饒舌に西洋の交霊術を紹介しながらとか。
でも、乱歩先生は被害者の曽根子の死体の下に鍵を忍ばせて、死体が何かで釣られたのではないか、と、密室殺人を思わせる事件にしてしまった。
多分、この辺りは随分と叩かれたんじゃないかと思う。
時代劇が流行っていたし、土蔵破りの話や、合鍵がない設定の違和感。
機密性の少ない日本家屋で密室殺人をする難しさ。
「でもね、私にはとんでもなくロナンチックな友人がいてね、この物語を美しい友情物語で締めてくれたわ。後に横溝先生は回復されて1つの作品を生み出すのよ。『本陣殺人事件』今でも人気の名探偵 金田一耕助の始めの物語よ。そして、これは、日本家屋を使った初めての密室殺人ものだって言われているのよ。
山臥はとてもロマンチックにこう言ったの。どちらもドイルの『ソア橋』から着想を得たんじゃなかって。そして、『悪霊』のリベンジを横溝先生が『本陣殺人事件』で果たしなのじゃないかって。」
ああ、なんていい感じに物語が出来上がるんだろう?
2人の天才推理作家が、お互いを思いながら心を通わす。
金田一耕助は、初期バージョンの明智小五郎のオマージュとかいう説だってあるんだし。
連載中止になった時に、日本家屋での密室は難しいとか乱歩先生は批判されたりもしたかもしれない。
それを甘んじて受ける乱歩先生。そのリベンジを肺病で先の見えない養生の日々考える横溝先生。
って、こんな風に状況証拠はいい感じなのに、こんな話は全くないの!私の妄想なんだよね。
嘘みたいな偶然。
お二人が聞いたら呆れてしまう。でも、ファンからしたらなんだか素敵な、奇跡のブロマンス。
これが『悪霊』という物語の始めのシーンで掘り出せるのである。
そして、物語はこれでは終わらないのよ。そう、これはもの物語の隠しダンジョンの1つに過ぎないのよ。
そして、私はここから向井編の結末を考えないといけないのである。




