汁3
いろんなことを考えると、話が進まない。もう、なんでこんなに面倒な話になるのだろう?
料理。そう、料理は会話を円滑に進める為のものでは無いだろうか?それなのに、気がついたら汁の話で時間が取られる。
「もう、なんでもいいから汁を決めようよ。というか、本当に何か考えられるの?」
と、私はナツメを見た。ナツメは少し嬉しそうな不敵な微笑みで私を見る。
「そうですわね。ところで、私が夜咄で赤味噌を選択した理由、どうお考えですか?」
「赤味噌はフロンティアの味だからでしょ?」
と、私は調べたことを話し始めた。
利休の生きていた戦国時代には江戸はまだ未開の土地だった。少なくとも、首都と言えるような状態では無かった。
日本の重要都市にしたのは徳川家康である。
で、家康は信長に気に入られて、なんか良い感じで育ったので愛知の赤味噌文化が染みているんだと思う。知らんけど。で、江戸に栄転になっても赤味噌の味噌汁が飲みたいと江戸での赤味噌プロジェクトを提案して、そこから出来上がったのが江戸甘味噌というものらしい。
剛だけではなく、家康すら夢中にさせる愛知の赤味噌。なんだか、剛のドヤり顔が目に浮かぶ。
それはともかく、家康も自分作った赤味噌を利休にも味わってもらいたかったかもしれない。
赤味噌とは、色の濃い味噌のことで、作り方とか材料は関係ないらしい。で、ここから、細かいカテコりーがあるみたいだ。ま、江戸味噌というと甘口のものらしい。米麹をたくさん使うから甘いらしいんだけど、米を贅沢に使えるって平和って事だから、家康は信長や利休に自分の作り出した国自慢を兼ねて、感謝と共に自慢したかったかもしれない。
江戸時代の味噌は自家製が一般的だったのだけれど、土地の少ない大都会江戸では味噌蔵なんて作る場所の確保が大変ということもあって、発行時間を短い味噌を独自に作った、それが江戸味噌で、発酵時間を短くして置き場所を取らないようにする為に豆を蒸して、米麹を熱いうちに加えて一気に発酵させて作るんだそうだ。ただ、この作り方だと日持ちがしない。だから、大量生産、大量消費が可能な都会的な味噌なのだそうだ。
「でも、江戸甘味噌は贅沢に米麹を使ったために後に悲劇的な展開をすることになるのよね。関東大震災では街が焼かれて味噌屋も焼失してしまうし、それでも、なんとか街と共に味噌は復活を果たすのだけれど、今度は太平洋戦争で、食糧難の時代に米を大量に使う江戸甘味噌は禁止。戦後も流れは続いて気がつくと東京=赤味噌という訳でもなくなるらしいわね。江戸甘味噌って、何度の都市壊滅を経て、それでも復活を果たすフロンティア精神の詰まった味噌で、そして、『悪霊』の発表された1933年は、江戸時代から続いた味噌の味わえた短い瞬間とも言えると思うのよね。この後、東京の大空襲で焼け野原になってしまうんだから。」
私はなかなか動かない本編と味噌を恨みつつ、それでも、こんなにドラマチックな味噌の話に少し感動していた。
「でも、江戸甘味噌は現在、復活していますのよ。ふふ。なかなか、お勉強されたのですね。でも、それでは具が決まりませんわ。私の考える汁の具は『アサリ』そして、向附には鯛を用意しようと思うのですわ。」
ナツメはすっかり上から目線でそういった。
「いいよ。もう、鯛の季節は終わったし。シーズンも終わったし。私は買わないもの。想像だけならなんでもいいわ。」
私は気楽に言った。まあ、鯛をどうしても買えないって訳ではないけれど、小説の為だけに生活費は使えないのである。
「まあ、それだけですの?アサリと鯛。これだけ聞いたら、カンの良い読者なら、きっと察していますわよ。もう。」
ナツメはもどかしそうにそう言うけれど、何の事だか分からない。
「知らないわよ。何なのよ。」
私が不機嫌になったのを見てナツメは慌てる。
「そんな顔をしないでください。いいますわ。ええ。アサリと鯛は、春の旬の食材ですけれど、実は旬は年に2回あるのです。春と秋。」
「だからどうしたのよ?」
「もう、気が付きませんか?貴女の『悪霊』の仮説。秋の彼岸で作った話を春の彼岸で受けられるように作られたのではないか、という奴です。」
ナツメは、『ミステリー大賞』の私のボヤきを細かく調べていたようだった。
「そうなんだ。でも、だから、どうなのよ。」
私は先の見えない話に混乱しながら聞いてみた。




