会席料理
春の夜はとても静かで気持ちが落ち着いた。
音楽を再生する。こんな気持ちの夜には、ショパンの夜想曲を。
思えば、そんなものを聞き始めたのも、小説を書き始めたからだ。著作権の切れた曲をたくさん知る必要があったのだ。そして、子供の頃にはラジオでしか聞けなかったクラッシックは検索すれば大概視聴できる時代になったと言うこともある。
ノクターン。この曲は宴の終わりを知らせる曲なのだそうだ。でも、日本では夜想曲と訳され、夜のもの思いを想像させた。
はぁ。夜想曲を何度聴こうと、私の物語の終わりが見えない>_<
とにかく、なんとか、それでも書くしかない。
懐石料理で夜咄。ここまでは良かった。素人の私が、私の視点で懐石料理を作りながら物語を進める。ここまでは、いい案だと思った。うん。
でも、私は自分で思うよりも大衆的で貧しい家に生まれたのだった。
金銭面だけではなく、精神面でも。
鯛は高級魚だった。でも、春に旬の魚は他に沢山ある。私は調べた。そして、見つけた。いい感じに扱いやすくてうまい魚。それはっ
『鯵』である。
アジ。ああ、物価高でお高いと言っても、まだまだ、庶民的な存在である。小ぶりの安いアジを買って、それをカリカリに揚げる。春の旬の野菜といえば、新玉ねぎ! 1玉100円で買えるか、買えないかの、玉ねぎ的には高級で、何よりうまい。ついでに、デトックス効果もある。
カリカリにあげたアジをこの新玉ねぎのスライスと茹でた人参や新牛蒡をマリネしたものの中に入れる。ああ、なんか旨そう。。
ああー。酢の物でも春の贅沢って感じよね。と、そんな事を思いながら、本の精…面倒なので名前をつけた。ナツメにした。
ナツメとは、お茶を入れる漆器で、利休が考案したとか調べたことがある。
ナツメと名前がついて、彼女の着物は漆黒に変わり、朱赤の帯、着物の裾には利休が梅の柄を好んだところから、利休梅の柄が品よく配置されていた。
そして、そんな懐石料理の本の精…改め、ナツメに私は聞いてみた。
「ねえ、向附って酒と共に食するんでしょ?それって、洋酒でもいいの?」
と、ここまではナツメも優しく答えてくれた。
「そうですね。個人の楽しみですから、宜しいと思いますわ。」
ナツメの言葉に気をよくして、つい、
「じゃあ、カリカリに揚げた鯵の南蛮漬けにビールとかもいいんだよね。ふふ。いいなあ。」
と、言ってしまったのが悪かった。
ナツメは寂しそうに深いため息をつくと、静かにこう言った。
「懐石料理は、茶道を楽しむ前のお腹を整えるための食事ですわ。鯵の南蛮漬けとビールでは、お腹が膨らんで主役のお茶が楽しめなくなります。それでは会席料理です。」
「え?だから懐石料理でいいんでしょ?」
と、混乱しながら聞いてみた。多分、よくないと終われるんだろうな。
「漢字が違います。会う 席の料理で、会席料理です。こちらはお茶はついてきません。」
ナツメの深々とした失望が心に沁みる。そして、会席料理の始まりのビジョンが見えた気がした。
私の空想だから真実とは違うかもしれないけれど、こんなものは流れが決まってる。うまい料理と酒が出てくればビールじゃないくても、一杯、いっぱい、また一杯。ってなるよね。うん。で、おっさんたちが酔っ払って、茶道が面倒くさくなって、そこからの宴会。って、そんな流れがあったんだろうな、まあ、それが人情だよね。
利休には申し訳ないけれど。
あーあー。
そんな、堕落したおっさんの気持ちがすぐに想像できてしまう私は、この後、ナツメに『昆布締め』という料理法を聞いて、床に手をつくことになった。
昆布締め。それは、昆布で刺身を半日から1日、昆布で刺身を包んで味を凝縮させる料理法。
高級な刺身はそのままが1番だと豪語していた私は、昆布締めという言葉に負けたのだった。
そのままでも、ごちそうな鯛の刺身に、後一手間かける。そうね、これこそがスローライフって気がした。
少女の頃、我が家では、刺身が家に到着した時点で家族でお祭り騒ぎをし、我先に刺身が出来るのを待ち、美しい刺身を見ながら、大根のツマをスライサーで作り早く食べたいと思っていた。
そんな我が家に、鯛の刺身が最低半日もおあずけなんて、出来るわけがないのだ。
昆布締めなんて、考えもしなかった。
はぁぁあぁあああ。
利休の上品さが、胃に染みてくるわ。
「すいません。私、少し考え違いをしてしまいましたわ。」
失意の私にナツメが謝る。
「いいのよ。あなたは間違ってなんてないもの。AIみたいに私に合わせなくていいのよ。」
私は気持ちを持ち直す。
「いいえ。私、間違っていました。懐石料理はお客様を思って作られるものですわ。それなのに、その大切なお客様に気持ちが入ってませんでした。」
と、ナツメに言われて混乱する。はて、ここで客って誰だろう?
「え、っと、客って、克也とか???」
と、物語のキャラクターを思い出す。でも、私、克也に出禁にされてるし、あいつなんて、どうでもいいんだけど。
「いいえ。私たちの夜咄のお客様は、物語を楽しみに来ていただく 読者の方々ですわ。そして、物語を提供する私たちがもてなすご馳走は、言葉 ですもの。その辺りを失念していました。」
と、ナツメに謝られて、私はそら恐ろしくなる。
これは、私の頭から生成された、私の創作物である。昆布締めすらした事のない、庶民の私の頭で作られたキャラクターが、言葉のご馳走 なんて言い出している!!!
何で、ナツメはなんか上品なんだろう?
ふと、少女時代の怖い話を思い出しそうになって首を振る。これは、本当に茶道好きの誰かの魂を…って、いかん。それより、何より、言葉のご馳走の話を聞かないと。ここで寝てしまったら、もう、こんな話の流れにならないかもしれないのだから。




