先付け
鯛、日本では鯛の旬は春と秋。春の鯛は特に『桜鯛』と呼ばれて喜ばれている。
淡白で、味わいのある引き締まった白身。上品な味わい。そして、1パック4桁の高級感。名実ともに鯛は春の旬の魚の女王様である。
そんな鯛の刺身に、例え、戦国時代のセレブの千利休が許しても、私の家族は酢締めなんて許さない。
はぁ。高級魚。
私はため息をついて鯛の白身を見つめた。
「もう、そんな呪いでもかけるような顔で見なくても、お宅の夕飯はわかめとカニカマじゃないの。」
本の妖精は辛辣なのだ。私は買い物籠の特売のカニカマを見つめた。
「そうね。これは私の頭の食事用ね(;ω;)」
私はため息とともにその場を去る。ああ、小説でお金を儲けていつの日か、思うまま鯛の刺身を食べたいものだわ。そんな身分になったら、ためらう事なく酢の物に鯛の刺身を使えるようになるのかしら?
少し切なくなりながら私はレジへと向かう。その道すがら炭酸みかんジュースが安売りしているのを見逃す事なくゲットしながら。
「何か、勘違いしているようですけれど、向附は決してフレンチ料理の前菜のような位置ではありませんのよ?」
本の精はレジで並ぶ私に話しかけて来る。
「そうらしいね。」
と、私は曖昧に答えた。
どちらにしても令和の現在、新鮮な刺身を加工する意義を私は感じなかった。
高級魚の刺身は、うまい醤油とわさびとご飯で十分なのである。
「はぁ。なんだか納得されていませんね?あと、誤解の無いように話しますけれど、酢で締めるからと言って作り置きをしているわけではありませんわ。」
本の精、なんだかしつこい。
「でも、向附って、お客の部屋の向こうに付けるからそう言うんでしょ?」
と、私が言うと本は驚いた顔をする。で、私はレジを済ませると買い物を素早くしまってスマホを調べる。
「ほら、折敷の向こうに置くって書いてあるじゃない?」
私の自信満々な顔を悲しそうにみつめてから本の精はか細くアドバイスをくれた。
「どうぞ、折敷を調べて下さいませ。」
ああ、そうね、私、日本人ウン10年やってるけど、折敷なんて言葉使ってなかったわ。
座敷の仲間と間違っても、そんなに怒らないでほしいわ。
母は時代劇が好きだったし、うちにもこれ、あった。
でも、これは我が家では『足つき盆』って言われていたし、使ってなかったもん。
折敷 それは、時代劇とかで武士が食事する時とかに食器を乗せる足つきの盆の事らしかった。
向附はその盆の前につく料理で、飯と汁と向附の3品が一緒に出される。
で、特に飯は、なんか、茹で炊きのような作り方で、蒸れる前のご飯をちょっぴり出してくるものなんだそうだ。
つまり、お客に出されるその時を計算して米を炊かないといけない。という、結構、面倒くさく、高度な料理だと教わった。
炊飯は、炊飯器を使うとスイッチを入れれば美味しいものが食べられるけれど、それを使うにしても、本当に炊き立ての、おかゆのような状態の飯は炊き上がりから30分くらいの間しか見られないと思う。
量や季節でも違うのかもしれないけれど、なんにしても、これ、多分、パンを焼くより面倒な気がする。
「わかったわ。とにかく、向附は手間がかかっていると言うことは忘れないわ。」
私は買い物袋を手に家路についた。




