向附
スーパーの鮮魚センターを回る。そして、私はワカメを見つけて嬉しくなる。
ワカメ その旬は春(*^^*)
乾燥わかめは年中売っているけれど、外国製が多い。国産の生のワカメが食べられるのは『春』だけの特別だったりする。
しかも、お手頃な値段で!
私は速攻でワカメのパックをカゴに入れ、そして、野菜売り場に向かう。
最近、暖かくなったのか、きゅうりが安くなっている。きゅうりとワカメの酢の物。向附はこれで行こうと思った。
向附とは、懐石料理の初めに出される一品で、お酒と共に楽しむものらしい。
で、酢の物で魚を楽しむのだそうだ。
ちくわ、にしようかな。
私は練り物コーナーに向かう。ちくわとワカメときゅうりの酢の物。私が大好きな一品である。
春だわ。と、ちくわを手にしたところで 懐石料理の本の精がそれを止める。
「ちくわ!ちくわより、かまぼこにしませんか?」
と、動揺しながら言ってる感じに、なんだかちくわがディスられた、そんな気がして少しムッとした。かまぼことちくわ、どっちも変わらないと思う。むしろ、焼き色があるだけ、ちくわの方が味わい深い気がする。と、言いたかったが、ここに来て、夕飯を作るけれど、一応、懐石料理を考えている事を思い出した。そして、近くのカニカマが特売でいつもより20円安い事に気がついて、ちくわからカニカマにトレードする。
「さあ、これでいいわ。」
と、私が歩き出したところで、少し悲しそうに本の精は呟いた。
「そうですね。素敵な夕食の一品になりますね。」
そいう言われてハッとした。そうだった、私は小説を書かなければいけないという事に、夕飯のカニカマを小説の向附を本当のカニの身として作品にしても、それで物語が豪華になるのだろうか?
リアルでは買わないまでも、何か、読者をグッと引っ張る、そんな素敵な旬の魚を知っておく必要があるのではないだろうか?
「ごめん、つい、貧乏性が出てしまったわ。もう一度魚売り場に行きましょう。」
私は本の精を連れて歩く。カゴにはしっかりとカニカマと入れて。
「向附は汁、飯と懐石料理の1番初めに登場する膳ですわ。ですが、西洋料理の前菜のようなものではありません。この膳は料理の最後まで残りますから、特に向附の食器は趣向を凝らしたものを用意するくらいなのです。歌番組で例えるなら、名司会者ようなものです。」
本の精に言われて、皿の事まで考えてなかった事に気がついた。
「皿、皿のことなんて、考えてもいなかったわ。なんか、それっぽい皿ってあったかな?ああ、お母さんが大好きだった景品の茄子の絵柄の小鉢とかでもいいかな?」
私は、うちにある、なんか和食器という感じの小鉢を思い出した。食器なんてそれほど気にしてなかったけれど、日本食って、洋食より、いろんな食器を使うんだってそこで思った。
本の精は、少し考えてから、
「そうですね。お母様を偲ぶ茶会などでは、素敵な演出でしょうね。」
と、言った。
お母さんを偲ぶ会 そう言われて、ここで集まる人の事も考えて色んなものを用意できないといけないことに気がついた。
懐石料理の懐石とは、石を温めた昔のカイロのようなもので、修行中の僧侶が空腹の体をいたわるために懐に入れたというエピソードから、お茶を楽しむ前に体を労り、体調を整えるための料理、という意味を込めて懐石料理となった、らしい。まあ、諸説はあるようだけれど、これが1番しっくりきた。
だから懐石料理は、茶会の出席者の体をいたわる、思いやりの料理とも言える。
その話を作る私は、物語を読んでくれる読者を楽しませる、そんな演出を考えなければいけないのではないか、と、そこで考えた。
物語を読みにくる人に、ウチの懐事情なんて関係ないのである。夢を見にくるのだから、夢のある器、そして、旬の素敵な食べ物を意識しないと。
そう考え直して、私は鮮魚を見る。
ここで、自分が、無意識に自分が買えそうもない食材を見ない様にしていた事に気がついた。




