決断の時 終
「"ゲーム"をしようか、志穏くん。」
薄気味悪い笑顔を一層、深く刻み込んだ表情でレフェルは言った。
生ぬるい風みたいな微妙な温度を纏った声が肩を撫でるようにして広がる。
ゾクッとした。"ゲーム"という響きに嫌な感じがしたのだ。
志穏はセシルの表情を伺って、返答を決めようと思っていた。
「"ゲーム"ってなに?何をする気。」
だが、その前にセシルが志穏の言いたいことを代弁してくれた。
「そう怪訝そうな顔をしないでくれよ。」
レフェルはただ、ほくそ笑む。あまりにも余裕が多いその態度に志穏は腹を立てる。
何がおかしくてこうも笑うのだろうか、1発殴りたいくらいだ。
そして、ひとしきり時間が経ったところでやっと"ゲーム"の説明をする気になったらしい、軽く咳払いして、話し始めた。
「分かってる、説明するさ。」
そう言うと、レフェルは左手の人差し指をクイッと曲げ、何かを仕向ける動作をした。
ゴゴゴゴゴゴォと地鳴りのような音が轟き、軽く揺れが起きる。
志穏はよろめき、グレイブに一瞬、もたれ掛かる。
「大丈夫かよ?志穏。」
「…ああ、大丈夫だ。ちょっとびっくりしただけだよ―」
なんだ?あの機械は…。機械と言うには正しくないのかもしれない。だが、それは機械のような物体だった。
Hのアルファベットを横に倒したような形をしていて、それなりの身長のあるレフェルさえも優に超す程大きい。
その塊は全体的に黒色になっていて、中心だけは赤色に染まっている不気味な物体だ。禍々しい瘴気のようなものを放ちながらそこにある。
「そんな…あれは禁忌の武器じゃ…連中志穏を相当…」
グレイブは動揺を隠せないようで少しあやふやな独り言を発していた。途中からは風にせき止められるのではないかと思うほど、小さい声で話していたので聞き取れなかった。
「良いかい、志穏君。これは"ゲーム"さ。」
志穏は憂慮の念を抱く。…悪人の言う"ゲーム"は人を翻弄し、嘲笑して殺す。そういった残虐なものでしかない。
だが、拒否は許されないという感じだ。なにより、セシルが口を閉じていることがそれを裏付けている。
志穏ら3人の反応を見て、思惑通りと言わんばかりの表情を浮かべながらレフェルは言う。
「簡単な話だよ、4ヶ月君達が生き残り続ければ良い、ただそれだけだ。
生き残れば君達の要望を聞こう。死ねば、僕達の命令を聞くことになる。
この装置に取り決められた”ゲーム”のルールはこの3つだ。
・”ゲーム”は4ヶ月間とする
・場所の範囲制限はない、ただ生き残るだけで良い、尚ゲーム内で死亡した人間はこの場所に強制的に転移される、行動の自由はない
・勝者側の要望は必ず受け入れなければならない、受託しなければその場で即死する
の3つだ。
安心してよ、今言った通り、死ぬと言ってもこの4ヶ月間、志穏君、及び第8能力者の人間は物理的には死ぬことはない、心臓が止まった瞬間にこの場所に転移される。だから死ねない。まあ、しばらくしたら殺されちゃうと思うけどね。
意味が分からないだろ?簡単に言うと、この装置に誓いとして定められたことは絶対となるのさ。
だから、君達が生き残った場合の要望も必ず叶えなければ僕達は”不慮の事故”により死ぬ。だが、逆も然りだ。
あっ、そうだ。言い忘れていたけどこの”ゲーム”に中央の半分は動くことになってる。だから、半分世界が敵になるよ。」
……………………………………………………………………………。
噛み砕けずにいる言葉がしばらく喉に詰まり、窒息しそうになる。慌てて、脳内細胞をフル活動させて、レフェルの話に追いつこうとする。
数秒後――話の理解は出来たが、ただ驚愕する他なかった。この”ゲーム”の設定やこの装置の異次元さ、なにより自分の存在を卓越したものが動いていることに。
志穏はただ、圧巻されてその装置を眺めるだけだった。
徐々に脳内の情報渋滞が緩和されていく。すると胃が跳ね上がるようにびくりと体が揺れた。
…今、驚いている場合ではない。どう生き残ればいいのかが最優先事項だろう!
本当に逃げれるのか?どうするんだ、え?もう開始まで時間はないぞ。何か考えないと…世界の半分が敵なんてどうすればいいんだよ!
手汗が窓の結露みたいに点々と滲み出ていくのを感じる。
恐怖と緊張が全身を蝕む。
「なるほど、またあんた達は私から何かを奪おうとするのね。」
乾いた声が響く。さほど大きな声ではない…なのに覇気のようなものが一体を完全に掴んだ。掴んだというより、噛み付いたに近いのかもしれない。
それは紛れもないセシルの声だ。
「君が僕達側にすんなり着いてくれればいいだけの話じゃないか?
今ならまだ戻れるよ。正しすぎる人間はこの世界に必要とされていない。」
「生憎、私は正しい人間ではない。けど、こんな間違いが蔓延る世界に必要とされるより、自分なりの理念を持ち、間違えないように苦しみ続けている私でありたい。」
「もういいよ、君に話が通じないことが分かった。」
興ざめしたみたいな顔をしてレフェルは頷く。
違うんだ…セシル俺はそんなできた人間じゃない。
志穏は心の内で独りごちる。だが、それを吐き出す勇気はない。
「さて、志穏君。あとは君がこの装置に「”ゲーム"に参加する」と誓ってくれれば、この”ゲーム"は1時間後に開始できる。頭で強く念じてくれればいい。」
生き残る算段など全くついていない、けどセシルたちに後ろから押されたような気がした。
ちくしょう…もうどうにでもなれなれや。志穏は半分やけくそで脳内に何度か暗唱する。
ずっと、神に縋る信者みたいな気分で無我夢中で唱え続ける。
9回目くらいの暗唱を終えた時、急に体が軽く感じた。
足元を見ると体が少しずつ消えていたのだ。
足首当たりがバラバラになり、オーブみたいな球状に変化して、空気中に溶けていく。
気が動転し、志穏は激を飛ばす。
「おい!レフェル。これは一体なんだ?!」
「そんな焦ることじゃないよ。君が誓ってくれたから、装置がそれに応えて君たちの家に送り返してあげてるのさ。むしろサービスだと思って欲しいよ。」
見てみると、セシルとグレイブにも同じ現象が起きていることが分かる、だが2人に焦る様子はない。
それを見て志穏も沈着を取り戻す。
とうとう、始まる…俺の幸せな異世界設計プランは完全に終わりだな。花でも育てて優雅に生活したかった所だが、今や叶うことはない。
志穏は苦笑してため息を吐く。
そんな志穏の姿を気にも留めずにセシルはぐっとレフェルを睨み続けている。
「レフェル、次こそはあなた達に屈しないから!」
そんな勇猛果敢な声が館内を駆け抜ける。血気迫るその声は驚くぐらい真っ直ぐに感じた。
だが、そう宣誓したすぐにセシルは光の粒子となり完全に消滅した。
「君のその真っ直ぐな表情が歪むのが楽しみだよ、セシル。」
もう、対峙する相手が居なくなったはずの場所で口説き文句みたいな柔らかい声でレフェルがぼやく。こんな風に口説くやつがもし居たのなら、世も末だろう。
徐々に体の感覚は消えていく。今あるのは胸の上辺りまでだ。
周りを見渡すが、セシルとグレイブはとっくにいなくなっていた。
意識が朧気になり、じょじょに視野が狭まってゆく。もう消えるという直前にレフェルが無表情で言ったのだ。
「気に食わない女だ。」
その時、志穏の意識は完全に途絶えた。
志穏はそこに立っていた。
いつの間にか、知らぬ間に元のセシルの家に戻っていたのだ。
最初から自分は立っていて、虚無だった場所に今、景色が発現してきたのではないかと思う。
しばらく呆然と立ち尽くしていたが、弾けるように体を動かした。
こうしている暇などない。早く動かないと!
セシルとグレイブは目の前にいた。咄嗟に2人に質問する。
「これから、どうすりゃいい!?」
するとセシルが宥めるように肩を持ち、真正面から言う。
「大丈夫、手は打ってある。私達の"協力者"も沢山いるから。」
協力者?そんな都合よくいるの――
「いや~大変なことになりましたね、我主。」
聞いたことの無い女性の声が不意に聞こえてきた。それは居室の入口からだ。
慌てて、そちらに向く。見てみると、複数の人のシルエットが佇んでいた。
誰だ!?この人たちは。
声の持ち主であろう群れの中心の人物を注視する。
ポニーテールのふわりと伸びたオレンジ色の髪、真ん丸な瞳、プクりと膨れた頬、やんちゃな笑顔、志穏やセシルとおなじくらいの年齢の美少女だ。
セシルとはまた別系統の美少女で、可愛い系に属す感じだ。
突如、その少女がこちらに駆け出す。
「あなたが志穏さんですね!話は伺いましたよ~大変ですが、一緒に頑張っていきましょう!
そんな緊張しないでくださいよ。私味方なんですよ!?」
いきなりブンブンと握手され、物凄い早口でなにか話してきた。
謎の生命体との遭遇バリの驚きを志穏は感じて、一瞬放心状態になりかけた。
えっなんなのこの人……やばい人?
「アイリ、挨拶して。」
セシルはその少女にボソリと囁く。
すると彼女は頭に電球マークがつく勢いで"あっそうでした!"と声を上げた。
「挨拶が遅れました。私はアイリ、セシルさんの組織する部隊の隊長をさせて頂いている者です。
今回は志穏さんのことについて我主から連絡を頂戴したので急遽、風をも超えるスピードで駆けつけました!
これからは私めが手取り足取りあなたをお支えしますのでよろしくお願いします(〃・д・) -д-))ペコリン。」
……何故だろうか、敬語なのにすごいタメ口聞かれてる気がするのは。
「よろしくお願いします!」
そう志穏が言うとアイリは首をブンブンと横に思いっきり振り、拒むような仕草をする。
「いえいえ!これも仕事の範疇ですし、志穏さんは敬語など使わなくていいのですよ?どうぞお気軽にタメ口でお話ください。」
「おっおう、ありがとう。」
なんか、この人と話すと会話の主導権持ってかれるな…。
アイリの後ろには5人の人間がいた。
少し痩せた男。
メガネを掛けて、じっとこちらを見据える男。
長髪で鋭い目をした男。
高身長でいかにも屈強で強そうな大男。
全員男だ。分厚い装備服を着こなした彼らの放っている雰囲気は軍人さながらだ。
「説明するわ、彼らは「自由の狼煙」。各紛争地域に赴き、解決に導いてきた、私が組織した非中央の民間特殊部隊よ。
人命救助から戦闘まで全てを兼ね揃えているエキスパート―」
「いやいや!そんなに褒めないでくださいよ。照れちゃう―」
「少し落ち着けアホ女。」
「アホ女ですと!?ーーーーてんめえ、そんな下品な言葉をよく我主の前でしゃあしゃあと言えるもんですね?!」
横の男、少し痩せた青年がアイリを諭すように言う。そして敏感に反応したアイリはわかりやすく、憤慨する。言い争いは加速している様子だ。
こほんと咳ばらいしてセシルは仕切り直して話す。
「え~エキスパート―」
「我主、こいつうるさいんでつまみ出しましょうよ!」
「お前こそつまみ出されろ、まずお前の声がでかいのが悪いんだろうが。」
「とりあえず、彼らは私達の協力者であり、心強い仲間だよ。」
完全に投げ出したぞセシル。大丈夫なのか…この部隊?
その最中も延々と喧嘩を続けている2人に対し、流石にセシルも耐えれなかってらしい、本気で2人を仲裁しに入る。
「2人とも、今は時間が無いの。ね?」
セシルはイライラをそのまま吹き込んだみたいな黒い笑みを2人に向ける。普通にキレられるよりも怖そうだ。
2人は顔面蒼白となり固まった。そしてすぐに手をあたふたさせて喧嘩を中断した。そしてアイリが焦りを打ち消すように話を誰かに移す。
「すっすいません我主!↓ほっほら!ケインさっさとアレやって!」
「うぃーす。」
ケインと言われて答えたのは、細くてひょろりとした男だった。
するとその男が左手を真上に上げて眼を閉じた。それを見ると、皆は一様に黙る。何が始まるのか聞こうとした志穏もそれに合わせ、おずおずと口を噤んだ。
「移転。」
ケインが静かにそう唱えた、直後。見えていた景色が押しつぶされたバネみたいに横へ思いっきり歪んだ。




