弱き少年が為の戦い 始
「ここは?」
ついさっき見た黒いビル街あたりとは打って変わった、郊外みたいな場所に着いた。
周りに家はチラホラあるが、大体の建物が汚れていて、人とおりも少なく、どことなく街全体が生気を奪われているように見えた。
「指揮官殿の家から約11キロ離れた、ロノチア自治区です。」
ケインはこちらを見て、なんてこともなく志穏の質問に気だるそうに答える。
だが、そんな平然とした顔で言えることではないはずだ、12キロ離れた場所に一瞬で飛んだのか?一体どんな仕組みだよ。
「ケルンの"シェイル"は自分の目印となる物を置いた場所へ13キロ以内ならワープできるって言うものなの。」
"シェイル”…特殊能力か、そう言えばそんなことを聞いたがまさかこんなこと迄可能だとは…。
「セシルさんから連絡もらったんで事前にあの建物から脱出する用として準備しておきました。」
と地面に落ちてある古ぼけた帽子をヒョイっと持ち上げて言う。多分、会社でもデキる男だ、こいつは。
「すげえよ、てっことはついさっきのポーズみたいなのは必要な
ルーティンみたいなものなの?」
「いや、あれはその…格好いいかなって。」
ただの格好付けかよ…。彼の見た目とギャップのある照れ方に志穏は吹き出しそうになる。
それはさておき、先を急ぐ必要がある。 どこに行くのか分からないが着いていくだけではいけない、自分でも考えて動かなきゃ。
「セシル、どこを目指せばいいんだ?」
「まずはこの道を40キロくらい直進して、しばらく拠点とする場所へ向かうわ。
新たな協力者もそこにいるからね。」
「いつの間にそんな準備していたんだ?」
「アイリ達に私のツテのある人物に片っ端から連絡をとってもらったの。"セシル・ローネスの願いとあらば”なんて皆快く聞き受けてくれたよ。」
「意外と顔が広いんだ。」とセシルは自慢げに鼻を鳴らした。
…これだけの大事となると命懸けだろうし、出来れば関わらない方が得策だろうに。ここにいる人達はセシルの部下だとしても他の人達まで協力してくれるなんて彼女は本当に人当たりがいいらしい。
…天性の優しさなのだろうか、あれは。
ふとそんなことを志穏は思う。
その時、眼鏡を付けた青年が「ー!」と呻くような声を上げる。
「どっどうしたんですか?えっと―」
「はい、ニナとお呼びください、あと敬語でなくて大丈夫です。」
あっそう言えばそうだったな。志穏はおぼつかないタメ口でニナに尋ねる。
「どうしたんだ?いきなり。」
「セシル邸に今、中央の分隊が突入しました。」
全員の表情が一気に強ばる。ゲームが始まったってことか…始まった瞬間に突入なんて、向こうは最初から待ち構えていたのかよ。
もし、あそこに今も居たと思うと…。想像するだけで鳥肌が波打つ。
「ゆっくりしてる時間はないみたいね。早く先をいそ―」
瞬間――少し先にいるセシルが途端に横へ吹っ飛ばされた。そして遅れて、弾けるような爆音が耳に響いた。
あまりの突然の出来事に驚くことすら志穏はままならない。ただ、志穏には目を瞑り、しゃがみこむことしか出来なかった。
「志穏さんこちらへ!」
アイリが志穏に手を伸ばし、引っ張る。そして縫い止められたように恐怖で閉じられた眼を開けて、目の前の景色を走りながら瞠目する。
変動していた。何もかもが。
グレイブが張り裂けるような声を上げる。そしてそれを言い終えるより早く全員は戦闘態勢へと移行する。
皆が立ち尽くす合間を縫うようにそこからは溢れんばかりの人影がある。
そして2つのシルエットが衝突する。
雷鳴のような音が轟き、光が敵のシルエットへ一気にぶつかるのが見える。
なんでこんなことに…ちくしょう。
志穏はぐっと溢れようとする涙を堪えて走る。
「あ―、ミスりましたね。ケインに"移転"を使わせておけば良かったでした。」
アイリは誰にでもなくボヤき、志穏を落ち着かせるように無理やりな笑顔を浮かべる。
時々、「何事か」と家から出た一般市民とすれ違う。皆、輝きのない瞳で釘を刺すようにこちらを見詰めていた。
喘息みたいに息が軋み、横腹で断続的に痛みが続く。口の中は血の味がうっすらとした痰が過剰に分泌され煩わしいなと思いながらそれを飲み込む。
…どれくらいぶっ通しで走ったのだろうか、10分くらいだろうか。
目の前にあるのは廃村みたいに干からびた様相だ。
荒廃は進み、黒い建物のほとんどは半壊していて、訳の分からない色合いで舗装されていた地面は凸凹した土へと変化していた。
ここは絶対逃げ道として相応しくなかった。と志穏は思う。
なぜなら、道の先は土砂が丸出しの崖になっていて、完全に逃げ道が塞がれているのだ。その崖は20メートルくらいの高さがあり、到底よじ登り、逃げ切れるはずもない傾斜だ。
しかもこの道は一本道で、その崖に行先が完全に塞がれていて、
引き返す以外往く道はなかった。
志穏の肩から一気に力が抜けた。 ただ、生き延びるために全速力で、息が詰まるくらい走った。なのにまんまと敵の思惑にハマったような気がした。
どうして、こんな所に壁が都合よく置かれてるんだよ…今の俺達のためだけに設置したような嫌がらせじゃねえか。
絶望が色濃くなって、志穏頭の中を陰鬱へと染め上げていく。
「案内ご苦労。そして、初めましてだな?」
背後を振り返る。
愕然とした。そこには50人以上の人間の群れが広がっていたのだ。
―その群れの真ん中の人物は明らかにほかとは違う雰囲気が醸し出されていた。飛び抜きで危険な、凶悪な何かを感じる。
やばい、殺される。
遺伝子レベルの予感が働いた。だが、恐怖で体がガタついて、逃げるにもできない。
その男は現代の不良みたいな顔つきだった。わざとらしいボサボサの金髪、小麦色の肌、紅く鋭い目とそこから放つ眼光。
服装は服とズボンがオールインワンみたいな上下1着といった服装でほとんど黒塗りなのだが、肩や、胸や脚などには引き伸ばされた爪痕のような形で赤が配色されている。手首、足首の周りの生地はガウチョパンツみたいにダボッとなっていてる。
あまりにも異質な格好だ。それゆえか男を彩る全てが志穏に謎の威圧感を与えていた。
彼の鋭い目は淀んだ紅色で志穏1人をじっくりと見つめている。だが、それは対等な立場から見ていない、まるで奴隷や貧民を見下すような目だ。お前も憐れだな。そう目で訴えかけられた気がした。
「第8能力、ゼロア。ですか」
アイリはわかりやすく、顔を歪めてみせた。表情から見て、私1人では絶対敵わないと言いたいのだろう。
あれが第8能力者…やはりと言うべきか、こんな平凡以下の男子高校生とは威厳、雰囲気、何もかも格が違う。…きっと、こいつにとってこれは狩りですらないのだろう。
ゼロアは虫取りでもするのかと言うくらい、緊張感のない軽い表情を浮かべているからだ。
群勢がこちらへおもむろに近づいてくる。絶望を感じる志穏をじわじわと痛ぶり、弄ぶようにゆっくりと急かすこともなく進んでくる。
アイリは小さな歩幅で一歩一歩、後退していく。雛鳥を守る親鳥のように志穏を背後に置いて警護している。
辞めてくれ、もう無理だ。
「もう降参かよ?らしくねえじゃねえか。こっちは楽しみでうずうずしてたんだしさぁ。ちっとは抵抗してくれないと色々辛いんだけど―さぁ!!」
ゼロアが地面を蹴飛ばし、超速で宙を舞う。
あ、あっという間に距離が縮まっていく…。
右手には稲妻のような光の集合体が纏わりついていて、今こちらにそれを振り落とそうとしていた。それはバキバキと轟音を響かせ、志穏の鼓膜を絶叫させた。
ほとんどの視界の景色をその眩い光が埋め尽くす。
あぁ、死んだ。けどこんなカッコイイ光に穿たれて死ねるなら、むしろ本望かもな。
それが落ちる刹那―
突如、ゼロアが空中で何かに跳ね返される。
「が…はっ!」
苦しげに息を漏らす。
そして数メートル先にある廃屋の壁に刺突するように真っ直ぐ吹っ飛ばされた。
大将が吹っ飛んだせいか、向こうの敵の軍勢は少しどよめき、銃をもっている敵影が一気にこちらへ銃口を向けた。
志穏は何が起こったのか理解出来ず、ただただ狼狽する。
「ハラハラさせますね、ケイン!もう少し遅かったら死ぬかもしれなかったんですよ!?」
「あー、すまねえ。あっちはあっちで大変だったんだよ。」
そこにはバツの悪そうな顔を浮かべたケインが立っていた。
アイリの手には古ぼけた帽子がある。
そういうことか、移転してきたのか!…でもケインは第8能力者を吹き飛ばす程のシェイルを持た合わせているのか?
「志穏、遅くなってごめんね。もう大丈夫だから。」
ふと聞き慣れた声が耳を通る。頬を撫でるように柔和な、繊細で優しい声。志穏は反射的に顔を上げた。
そうか、奴を吹き飛ばしたのは…。
「セシル、無事で良かった!」
セシルだ。紛うことなくそこに彼女は立っていた。
だが、傷跡が無いのはおかしい、先程、光の波動みたいなものに思いっきり殴打されて、強烈に吹っ飛んでいたのにセシルは傷一つついていない。
どういう事なのか、聞こうとした時。
「ひはぁはははは!!やっぱり生きてたか、そんな簡単にやられるほどセシル·ローネスは甘くないってか?!」
とても下品な笑い声が志穏の耳に響く。とても不快な笑い声だ…。
ゼロアを見てるみが、やはりと言うべきか、向こうも大した外傷はない。
「さてとそろそろは本気でやり合うかい?子猫ちゃんよォ。」
「ゼロア、最後に質問するね。この戦いから足を洗おうって思わない?」
その時、志穏の左右にある廃屋が爆発する。
ななっな!なんだぁ?
答えはすぐそこにあった。ゼロアが爆発させたのだ。虚空から紅い榴弾が漏れ出ていて、一部は右手に巻き付きとぐろを巻く蛇のようにしていた。
そして、その紅い榴弾の大半がゼロハに四方八方弾け飛ばされ、志穏の周辺に爆発のオンパレードを起こしていた。
木が焼ける匂いに鼻が咽び、建物が倒壊する音がトラウマになりそうな程そこらこちらから断続的に聞こえる。
爆煙が煙草の火みたいに揺らめき、志穏の目の前の景色をボヤかせる。
だが、そこにはセシルが立っているのが確認出来た。
「セシ―!」
襟元を掴まれる。ちろりと志穏は後ろを睨むと誰かと思えば、ケインが仏頂面で志穏の襟元を掴んでいてたのだ。
「志穏さん!こっからは我主の時間なんで、邪魔しないであげてください。」
「アイツを倒せるのはセシルさんだけなんだよ。」
確かに…俺が駆け寄ったところで邪魔になるだけだな。
「アイリ、来たぞわんさか敵さんが!」
前を見ると、沢山の敵影が刻一刻とこちらへ駆け寄ってきている。
「志穏さん!私達の背後へ。」
志穏は慌てて、2人の後ろへ隠れた。
そして、アイリが燃える廃屋から角材のような矮小な棒を引っ張り出す。
―――!!!
引っ張り出したそれが如意棒のように一気に伸びた。
それこそ、小さな三階建てのアパートくらいの長さへと変異したのだ。
アイリはそれを大きく振り被る。
「さぁて!迎撃しますかね。」
「ああ、出来るだけ体力は使わない程度ねな。」
敵影が目の前まで迫る。「撃て!」と逞しげな声が向こうから発せられたと同時に銃器部隊が一斉にこちらへ発砲した。




