4話 猫魔王の力(常時バフ)☆
ガサッ――
茂みが揺れた瞬間、空気が変わった。
現れたのは灰色の体毛に赤い目をした獣型の魔物。
赤い目。鋭い牙。低く唸っている。
「ひっ……」
リリンの怯えが、そのまま伝わってくる。
(怖い。でも……逃げない)
『いいね、その気持ち』
俺は前に出ない。出られない。
『俺は戦えない』
猫の体。非戦闘員。
――だが。
(……来てる)
眷属たちに“何か”が流れているのがわかる。
つながっている。
そして、強くしている。
『これが……バフ』
意識すると、はっきりする。
(速く、強く、硬くなれ)
感覚で押す。
すると――
ゴブリンの動きが鋭くなる。
ウルフの足が軽くなる。
スライムの体表が引き締まる。
リリンが小さく目を見開く。
「……あれ?」
(なんか……動きやすい……)
『効いてるな』
俺の存在そのものが全体強化。
常時バフ。
しかも――
(レベル上がったら、これ強くなるやつだな)
直感で理解する。
『いいじゃん。完全に指揮官だ』
俺はスマホを構える。
(前に出ろ)
意志を飛ばす。
すると――
ゴブリンとゾンビとオークが一斉に前に出た。
「うぉ……おお?」
『お、いけるじゃん』
だが次の瞬間。
オークが勢いよく突っ込み――
ゴブリンを吹き飛ばした。
「ぎゃっ!?」
(あっ)
さらにゾンビがのろのろ歩いて、進路を完全に塞ぐ。
結果――
前衛、渋滞。
『おいおいおい……』
その隙を突いて、魔物が飛びかかる。
「きゃっ!」
リリンが反応できない。
間に合わない――
――そのとき。
ぷるんっ。
スライムが間に滑り込んだ。
ドンッ!!
衝撃を受け止める。
「……!」
リリンの驚きが伝わってくる。
『ナイス!!』
完全に偶然だ。だが結果オーライ。
その瞬間――
(今だ、やれ!)
なんとなく強く念じる。
すると――
リリンが前に出た。
「はぁっ!」
小さな手を前に突き出す。魔力の流れを感じる。
そして――
ボンッ!!
小さな爆発が起きた。魔物が吹き飛ぶ。
「……あれ?」
リリン自身も驚いている。
『おお、魔法出た』
完全に手探りだが、ちゃんと戦えてる。
その間にも――
ゴブリンアーチャーが矢を放つ。
ヒュッ!
魔物の足に命中。ウルフが横から飛びかかる。
ガブッ!!
スケルトンソルジャーが剣を振るう。
ザシュッ!
『おお……なんかそれっぽくなってきた』
さっきまでバラバラだった動きが少しずつ噛み合っていく。
だが――
魔物もまだ倒れない。
「っ……!」
リリンの焦りが伝わる。
(もう一押し)
『いける、落ち着け』
その想いを送る。リリンが小さく息を吸い――
「……っ!」
もう一度、手を突き出す。
ボンッ!!
さっきより大きな爆発。
魔物が吹き飛び――
そのまま動かなくなった。静寂。
風の音だけが森に流れる。
「……や、やりました……?」
リリンの不安と喜びが混ざった感情が流れ込む。
『勝ったな』
思わずそう思う。
その瞬間――
スマホが光った。
【戦闘終了】
【勝利】
【経験値を獲得しました】
【プレイヤーレベルが上がりました】
「……!」
リリンの中に、じんわりとした達成感が広がる。
同時に――
(疲れた……)
その感覚も伝わってきた。
『そりゃそうだよな』
だが次の瞬間。
リリンの体から光があふれ――
傷も疲れも、すっと消えていく。
「……あれ?」
『全回復、っと』
ゲーム仕様、マジでそのままだな。
「すごい……」
リリンの中に、尊敬に近い感情が生まれる。
(まおーさま、すごい)
その瞬間。
(……お?)
体の奥で何かが変わる。
つながりが――太くなる。
(これ……)
バフの流れが明らかに強くなった。
さっきより濃い。
『レベルアップで強化、確定だな』
リリンの体も光に包まれる。
傷も疲れも消える。
「……すごい……」
(まおーさまのおかげ……)
その感情が、まっすぐ伝わる。
……そして。
(……かわいい)
『ん?』
(ねこさん……かわいい……)
『おれ!?』
リリンが近づいてくる。
しゃがみ込んで、じーっと俺を見る。
「……なでても、いいですか……?」
『いやそれ聞かれても答えられ――』
「……えいっ」
すっ。
小さな手が、俺の頭に触れた。
なで……なで……
『……』
あったかい。
やわらかい。
優しい撫で方。
「えへへ……」
リリンが嬉しそうに笑う。
なで……なで……
喉の奥が勝手に震える。
「……あ」
ゴロゴロゴロ……
『ちょ、待て、勝手に出るなこれ』
止めようとしても止まらない。
完全に猫の本能だ。
「わぁ……!」
リリンの感情が一気に弾ける。
(かわいい……!)
なでる手が少し嬉しそうに強くなる。
ゴロゴロゴロ……
『……ダメだこれ』
完全にやられている。
だが――
悪くない。
むしろ。
『……まあ、いいか』
戦闘はまだ始まったばかり。
だが確信した。俺は戦えない。
その代わり――
眷属を強くする。
そして。
『この子、当たりだわ』
猫の魔王と、悪魔の少女。
その関係は――
もう、ちゃんと始まっていた。




