44話 モエの部屋 ☆
俺はモエと一緒に部屋に入った。
モエの部屋は、相変わらず派手だった。
ピンクと黒。
キラキラした小物。
柔らかいクッション。
甘い香り。
そして、今日買ったばかりの観葉植物が、なぜかもう置かれていた。
『早いな!?』
「置きたかったんだもん♡」
『行動力の化身かよ』
ベッドも豪華だった。
ふかふか。
大きい。
クッションが多い。
布団も柔らかそう。
完全に人を駄目にする空間だった。
いや。
猫も駄目にしそうである。
「ふふっ♡」
モエが楽しそうに笑う。
そして。
俺の目の前で、上着を脱いだ。
『おい』
「ん〜?」
『なんでこっち見ながら着替えてるんだ』
「だって面白いんだもん♡」
『性格悪いな!?』
「褒め言葉ありがと♡」
違う。
褒めてない。
モエはくるりと一回転した。
今日買ったばかりの寝間着。
黒レース付きのキャミソール。
ピンクのショートパンツ。
肩が少し見える。
髪も、おろしている。
普段の派手な格好より露出は同じくらいなずなのに。
なぜか妙に大人っぽかった。
モエは俺をベッドの上へ下ろした。
ぽふっ。
湯上がりの甘い香りが近い。
髪もまだ少し湿っていて、いつもより柔らかい雰囲気だった。
さっきまでの明るいギャル感とは少し違う。
夜の部屋。
柔らかい照明。
近い距離。
妙に心臓に悪い。
「スケベちゃん」
『なんだ?』
「こっち来て♡」
そう言って、モエは両手を広げた。
『……』
行かない理由はない。
俺はゆっくり近づく。
すると、モエが俺を抱き寄せた。
柔らかい感触。
温かい体温。
甘い香り。
『近い』
「近くしてるんだよ♡」
『そうか』
「そうだよ♡」
モエは楽しそうに笑う。
俺の身体を胸元へ抱え込み、指先で頭を撫でた。
ゆっくり。
優しく。
耳の後ろ。
首元。
背中。
毛並みに沿って、何度も。
『……』
気持ちいい。
悔しいが。
かなり気持ちいい。
「今日は怖かったね」
『……まあな』
「みんな、死んじゃったと思ったもんね」
その言葉で。
胸の奥が少しだけ重くなる。
コロが動かなかった。
ホネがバラバラだった。
フランの身体が砕けていた。
あの光景が、一瞬だけ脳裏をよぎる。
『……ああ』
「でも、生きてる」
モエは俺を少し強く抱きしめた。
「みんなも」
「スケベちゃんも」
「モエも」
声が近い。
いつもよりずっと優しい。
『……そうだな』
本当に。
みんな生きている。
それだけで十分だった。
モエは俺の頭へ頬を寄せた。
「えらいえらい♡」
「いっぱい頑張ったねぇ♡」
『子供扱いするな』
「猫ちゃん扱いだよ♡」
『それもどうなんだ』
「かわいいから仕方ないじゃん♡」
そう言いながら、モエは俺の耳の後ろを撫でる。
『……っ』
そこは弱い。
かなり弱い。
身体から力が抜ける。
「お?」
「今、気持ちよかったでしょ♡」
『気のせいだ』
「嘘だぁ♡」
『……』
バレている。
完全にバレている。
モエの指先が、また耳の後ろを撫でる。
ゆっくり。
くすぐったい。
だが、気持ちいい。
『やめろ』
とっさに否定してしまう。
「やめてほしいの?」
『……』
「ねぇ?」
『……少しだけなら許す』
「素直じゃないなぁ♡」
モエはくすくす笑った。
そして、俺を膝の上へ乗せる。
湯上がりの肌。
柔らかい部屋着。
温かい膝。
完全に逃げ道がなかった。
いや。
逃げる気もなかった。
「スケベちゃんさ」
『ん?』
「ずっと、頑張ってるよね」
『そうか?』
「そうだよ」
モエの声が少しだけ真面目になる。
「ガチャ引いて」
「眷属増やして」
「戦って」
「拠点作って」
「領地広げて」
「みんなのこと守ろうとして」
「ずっと走ってる」
『……』
言われてみると。
そうかもしれない。
目が覚めた時は、森だった。
猫だった。
スマホがあった。
そこから。
ずっと何かしている。
戦い。
ガチャ。
周回。
拠点作り。
城。
領地。
運営。
魔王。
本当に、休む暇がなかった。
「だから今日は」
モエは俺を抱え直す。
近い。
顔が近い。
金色の瞳が、柔らかく笑っている。
「何でもモエに話して♡」
「何処から来たのか」
「スケベちゃんが人間だった時はどんなことしてたか」
「スケベちゃんのこと、もっと知りたいな♡」
「頑張って疲れてない…?愚痴でも何でも聞くよ♡」
『……』
その言葉に。
肩の力が抜けた。
いや。
猫だから肩というか。
全身の力が抜けた。
『……そうだな』
今日はもういい。
なんだか今のモエに対して素直になれた。
敵対反応。
転移標識の設置。
施設確認。
やる事は山積みだ。
だが。
今考えても仕方ない。
「もえが一緒にいるから」
モエがそう言った。
軽く。
でも。
優しく。
『……』
それだけで、少し安心した。
ベッドは柔らかく。
部屋は温かく。
モエの手は優しい。
外では、巨大な魔王城が静かに夜を抱いている。
スケベ大魔王領。
広すぎる領地。
とんでもない施設。
謎の運営。
異世界の魔王。
問題は山ほどある。
だが。
今だけは。
全部忘れてもいい気がした。
モエがそっと俺を抱きしめる。
「スケベちゃん」
『ん?』
「今夜は、もえのことだけ見てればいいよ♡」
『……』
またそういう事を言う。
心臓に悪い。
「ね?」
甘い声。
近い距離。
柔らかい感触。
『……オープンスケベ大魔王にそんなこと言っていいのか?』
「いいよ♡」
「今日は特別!何でも許しちゃう♡」
モエは悪戯っぽく笑った。
『……』
駄目だ。
勝てない。
風呂でも負けた。
部屋でも負けた。
完全敗北だった。
だが。
悪い敗北ではない。
むしろ。
かなり心地いい敗北だった。
「ふふっ」
「スケベちゃん、顔とろけてる♡」
『とろけてない』
「とろけてるよ♡」
『……風呂上がりだからだ』
「またそれ〜?」
モエは楽しそうに笑う。
それから俺達は、夜遅くまで話をした。
他愛もない話。
今日の出来事。
これからの事。
そして少しだけ、俺自身の事。
モエは時々笑って。
時々真面目な顔で聞いてくれた。
気付けば、随分と長い時間が過ぎていた。
俺を優しく包み込む。
暗すぎない部屋。
柔らかい光。
甘い香り。
温かい体温。
頭を撫でる手。
全部が心地よかった。
段々と眠気が襲ってくる。
「おやすみ、スケベちゃん♡」
『……おやすみ』
そう返したつもりだった。
だが。
実際には。
「にゃ……」
としか鳴けなかった。
モエが小さく笑う。
「かわい♡」
その声を最後に。
俺の意識は、ゆっくりと沈んでいった。




