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43話 優しい魔王

風呂の後。


俺は当然のように乾かされた。


「スケベちゃん、じっとしててね〜♡」


モエが大きなタオルで俺を包む。


ふわっ。


視界が白くなる。


『見えない』


「いいからいいから♡」


ごしごし。


『ぐぇ』


顔。


頭。


背中。


尻尾。


容赦なく拭かれる。


「かわい〜♡」


『やめろ、魔王の威厳が死ぬ』


「もう死んでるよ♡」


『ひどくない?』


「だって今のスケベちゃん、完全に濡れた猫ちゃんだもん♡」


そうだった。


俺は猫だった。


言い返せないのが腹立つ。


『……』


少し考える。


そして。


ふと思った。


『もういいか』


「ん?」


モエが首を傾げる。


『魔王らしく振る舞うの』


「おぉ?」


『どうせ誰も怖がってないし』


「確かに♡」


即答だった。


ひどい。


『リリン』


「は、はいっ」


『俺のこと怖いか?』


「全然です!」


即答。


早かった。


傷つく。


『ゼフィー』


「なんでしょう?」


『威厳あるか?』


「可愛らしいですわね」


『そうかぁ……』


終わった。


魔王終了である。


リリンがおずおずと近づいてくる。


「わ、わたしも乾かします……!」


『優しく頼むぞ』


「はいっ」


リリンはタオルを両手で持ち、そっと俺の背中を拭き始めた。


ふわふわ。


もふもふ。


さっきのモエと違って、かなり丁寧だった。


「まおーさま、痛くないですか……?」


『ああ、大丈夫だ』


「よかったです……」


リリンは安心したように微笑む。


その手つきが優しい。


少し照れくさい。


だが。


悪くない。


というか。


かなり良い。


ゼフィーは少し離れたところで、髪を拭きながらこちらを見ていた。


「すっかり愛玩動物扱いですわね」


『もうそれでいいや』


「ええ?」


モエが目をぱちくりさせる。


『どうせ今さら威厳とか無理だろ』


『猫だし』


「たしかに♡」


即答だった。


ひどい。


リリンも困ったように笑う。


「で、でも……」


「わたし、まおーさまのこと尊敬してますよ……?」


『お』


少し嬉しい。


すると。


モエが即座に口を開く。


「でも可愛い♡」


『台無しだよ』


ゼフィーも口元へ手を当てた。


「わたくしも尊敬しておりますわ」


『おぉ』


「ですが」


嫌な予感がした。


「可愛らしいですわね」


『ですよねー』


満場一致だった。


俺は抵抗をやめた。


もう無理だ。


このメンバー相手に威厳を出そうとしても無理である。


リリンが優しく背中を拭く。


ふわふわ。


もふもふ。


心地いい。


『……』


なんだろう。


悪くない。


むしろ。


かなり良い。


恐れられる魔王。


畏怖される支配者。


そういうのも格好いいとは思う。


だが。


こうして笑いながら過ごすのも。


案外悪くないのかもしれない。


「まおーさま?」


『ん?』


「気持ちよさそうです」


『……否定はしない』


「ふふっ♪」


リリンが嬉しそうに笑った。


その様子を見て。


モエも笑う。


ゼフィーも微笑む。


『……』


まあ。


こういう優しい魔王が一人くらいいてもいいだろう。


たぶん。


結局。


俺は完全にぬいぐるみ扱いされた。


モエに揉まれ。


リリンに丁寧に拭かれ。


ゼフィーに微笑まれる。


魔王としては屈辱。


だが。


湯上がりの身体に、柔らかいタオル。


優しい手。


温かい空気。


正直。


かなり気持ちよかった。


『……いいな』


「ん?」


「今、悪くないって顔してた♡」


『してない』


「してたよ〜♡」


モエがにやにやしている。


この女、妙なところで鋭い。


……普通に気配りできるいい女なんだよな



スーパー銭湯を出て、いよいよ城へ戻る。


移動手段のおかげで、帰りはかなり楽だった。


モエはガウ。


リリンは魔導キックボード。


ゼフィーは高速滑走板。


俺も練習がてら高速滑走板。


荷物と小さい眷属達は自走式荷車。


かなり文明的な集団になっていた。


『なんか一気に近代化したな……』


石畳の街道を進む。


夜の空気は少し冷たい。


風呂上がりの身体には、その冷たさすら心地よかった。


ガウの背中で、モエが楽しそうに手を振る。


「スケベちゃ〜ん♡」


「ちゃんとついて来てる〜?」


『お前こそ飛ばしすぎるなよ』


「だいじょーぶ♡」


ガウが軽く跳ねる。


「きゃははっ♡」


モエの笑い声が夜道に響く。


リリンはキックボードで慎重に進んでいる。


「ゆっくり……ゆっくり……」


段差を越えるたびに、ツインテールがぴょこっと揺れる。


『慣れてきたな』


「はい……!」


「ちょっと楽しいです……!」


その顔は嬉しそうだった。


ゼフィーは相変わらず優雅だった。


高速滑走板で空中を滑るように進む。


速度を落とす時も、曲がる時も、まったく乱れない。


『同じ乗り物なのに差がひどいな……』


俺はまだ少しふらついている。


だが、それでも最初よりはマシになった。


浮いて進む感覚にも、少しずつ慣れてきている。


『これ本当に便利だな』


猫の脚で歩くより、圧倒的に楽。


移動範囲が一気に広がる。


領地巡回。


施設確認。


探索。


全部変わる。


そんなことを考えながら進んでいると。


遠くに巨大な城が見えてきた。


『……』


改めて見ると。


デカい。


とんでもなくデカい。


元から大きかった。


だが。


施設解放と拡張を経て、さらに存在感が増していた。


高い塔。


広い城壁。


巨大な門。


空へ伸びる尖塔。


魔導灯の光が、黒い石壁を照らしている。


夜の中に浮かび上がる姿は、あまりにも荘厳だった。


『ラスボスの城じゃん……』


思わず呟いた。


いや。


俺の城である。


俺の城なのだ。


だが、どう見てもラスボスの城だった。


「すごいねぇ……」


モエも感心していた。


「スケベちゃんのお城、めっちゃ立派じゃん♡」


リリンも見上げている。


「ま、まおーさまのお城……すごいです……」


ゼフィーは静かに微笑んだ。


「これほどの城を一日で築くとは」


「本当に規格外ですわね」


『俺が築いたっていうか、石でポチっただけなんだけどな……』


だが。


それでも。


石を1000個も使ったのだ。


あの石は勝手に集まった訳じゃない。


周回して。


戦って。


眷属達と一緒に集めた物だ。


『……まあ』


『少しくらい誇ってもいいか』


胸の奥が少しだけ熱くなった。


俺の拠点。


俺の領地。


俺の仲間が帰る場所。


そう思うと。


この異常な城も、少しだけ誇らしく見えた。



城内へ戻る。


広い。


やはり広い。


廊下だけで迷宮みたいだった。


天井は高く、壁には魔導灯が並んでいる。


床は磨かれた黒い石。


足音が静かに響く。


『本当に住む場所かこれ……?』


豪華すぎる。


広すぎる。


そして。


不便すぎる。


歩くだけで普通に疲れる。


魔王城なのに移動でスタミナを消費してどうする。


転移標識を全施設と要所で使えるようになれば、この問題も解決していくはずだ。


『引き続き設置だな』


■ファッション店


■闘技訓練館


■魔導遊戯館


■図書館


■豊穣農園


■魔工房


設置したい場所はいくらでもある。


気付けば、頭の中で転移網の構築計画まで始まっていた。


『移動時間は敵だからな』


領地が広くなればなるほど重要になる。


むしろ今後の必須インフラと言ってもいい。


だが。


今はもう無理。


今日は本当に疲れた。


魔王戦。


死と復活。


運営。


買い物。


移動訓練。


レストラン。


スーパー銭湯。


情報量もイベント量も多すぎる。


『もう寝たい……』


俺は自分の部屋へ戻ろうとした。


その時。


ふわり。


身体が浮いた。


『ん?』


モエが、そっと俺を抱き上げていた。


「スケベちゃん」


『ん?』


「今日は、もえの部屋来よ?」


甘い声だった。


いつもの軽さとは少し違う。


少しだけ、柔らかい。


少しだけ、甘い。


「いっぱい怖いことあったし」


「いっぱい頑張ったし」


「今日は、もえが甘やかしてあげる♡」


『……』


断る理由はなかった。


いや。


むしろ。


ありがたい。


『じゃあ……少しだけな』


「ふふっ♡」


「少しだけで済むかなぁ?」


モエは笑いながら、俺を抱えたまま歩き出した。


ゼフィーがそれを見て、少しだけ微笑む。


「ごゆっくり」


リリンは顔を赤くする。


「ま、まおーさま……おやすみなさい……」


『ああ』


『おやすみ』


そう返したつもりだったが。


口から出たのは。


「にゃ」


だった。


リリンが一瞬きょとんとする。


そして。


ぱぁっと顔を明るくした。


「か、かわいい……♡」


『だろ?』


「認めるんですね……!」


『事実だからな』


「ふふっ……♡」


嬉しそうだった。


その顔を見て。


『……』


なんだろうな。


リリンを見ていると。


少し肩の力が抜ける。


守ってやりたくなるし。


喜んでいると、こっちまで嬉しくなる。


戦う時は頑張るし。


普段は素直だし。


たまに天然だし。


『癒しだな……』


思わずそう思った。


リリンはそんな事など知らず。


嬉しそうに手を振っている。


「おやすみなさい、まおーさま!」


『ああ』


今度はちゃんと返事ができた。


たぶん。


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