42話 戻ってきた日常 ☆
スーパーストアでの買い物を終えた俺達は、店の外へ出た。
大量の荷物。
そして。
新しい移動手段。
『……いや、買いすぎたな』
目の前には、自走式荷車が何台も並んでいた。
その上には、転移標識、高速滑走板、魔導キックボード、ソファー、照明、観葉植物、謎のクッション、魔導炭酸、黒蜜ドーナツ、キラキラ苺ケーキ。
生活用品と嗜好品と移動手段が、ごちゃ混ぜに積まれている。
完全に爆買い帰りだった。
しかも。
荷車の上には。
他の眷属達まで乗っていた。
「ぷる〜♪」
グミが荷物の上で揺れている。
その隣では、オバッキーがふよふよ漂っていた。
キラキラ綿飴を見つめている。
『お前それ気に入りすぎだろ』
「カタ……♪」
ホネは荷車の端へ綺麗な姿勢で座っていた。
なぜか骨を磨いている。
『移動中まで美意識高いな!?』
ちび助は荷物へ埋もれながら叫ぶ。
「うぉぉぉ!!」
「これ楽じゃねぇか!!」
『お前絶対サボる方向へ進化してるだろ』
「るっせぇ!」
コロは荷車の縁から顔を出していた。
「クゥン♪」
尻尾ぶんぶん。
フランは当然のように荷車を押していた。
無言。
だが。
妙に手慣れている。
『いや、お前めちゃくちゃ馴染んでるな……』
「……」
コクッ。
少し誇らしげだった。
その姿を見て。
なんだか急に申し訳なくなる。
『……いや待て』
『別に押さなくていいぞ?』
「……?」
フランが首を傾げる。
『今日はいっぱい頑張ったしな』
『乗れ乗れ』
荷車をぽんぽん叩く。
すると。
フランは少しだけ目を見開いた。
「……」
遠慮している。
珍しい。
『いいから』
『ほら、今日は休憩日だ』
「……」
少し迷ったあと。
フランは静かに荷車へ乗った。
ぎしっ。
荷物の隅へ、ちょこんと座る。
『おぉ、なんか新鮮』
普段ずっと働いているからか。
休んでいる姿に違和感が凄い。
すると。
グミがぷるぷる揺れながら近づく。
「ぷる♪」
フランの膝へ乗った。
フランは自然にグミを支える。
慣れていた。
さらに。
コロまで寄ってくる。
「クゥン♪」
フランの隣へぴたっと座る。
ホネもカタカタ鳴りながら近づいた。
完全に荷車組が出来上がっていた。
『なんだこれ』
『かわいいな……』
モエが笑う。
「遠足みた〜い♡」
ちび助は荷車の上で寝転がっていた。
「移動ってのは楽するためにあるんだよ……」
『お前は楽を覚えるの早すぎるんだよ』
「賢いって言え」
『駄目人間一直線だわ』
そんなやり取りをしながら。
自走式荷車は静かに動き出した。
「えへへ〜♡」
モエは満足そうに笑っている。
ガウには、さっそく騎乗用ハーネスが装着されていた。
黒い革に魔法陣の装飾。
意外と似合っている。
「ガウちゃん、準備おっけー?」
「ガウッ♪」
ガウが嬉しそうに尻尾を振る。
モエは軽やかにその背中へ飛び乗った。
騎乗用ハーネスが淡く光る。
身体が自然に安定する。
「おぉ〜♡」
「やっぱこれすごい♡」
『落ちるなよ』
「だいじょーぶ♡」
『その返事が一番信用ならねぇんだよなぁ』
一方、リリンは魔導キックボードの前で少し緊張していた。
「わ、わたしはこれですね……」
両手でハンドルを握る。
足を乗せる。
おそるおそる魔力を流す。
ウィン、と小さく魔法陣が光った。
「ひゃっ」
キックボードが少しだけ前へ進む。
リリンのツインテールが揺れた。
『お、いけそうじゃん』
「は、はい……!」
「がんばります……!」
顔は真剣。
だが、少し楽しそうでもある。
ゼフィーは当然のように高速滑走板へ乗っていた。
黒いホバーボードが、紫の魔力を帯びて宙へ浮く。
その上に立つゼフィーは、もう完全に乗りこなしていた。
「慣れれば、かなり便利ですわね」
『いや、お前は慣れるの早すぎなんだよ』
ゼフィーは微笑むだけだった。
そして俺も。
もう一枚の高速滑走板に乗っていた。
『よし』
『練習も兼ねて、これで行くか』
ホバーボードへ前足を乗せる。
魔力を流す。
足元の魔法陣が淡く光る。
ふわり。
身体が浮く。
『おぉ……』
やはり楽しい。
地面から少し浮いているだけなのに、世界の見え方が違う。
猫の短い脚では到底味わえない速度と視点。
これはいい。
かなりいい。
『出発だ』
「おー♡」
「はいっ」
「参りましょう」
「ガウッ!」
「クゥン♪」
「ぷるっ!」
「カタカタッ!」
こうして俺達は、各々の移動手段でスーパーストアを後にした。
◇
最初に飛び出したのはモエだった。
「ガウちゃん、いっけぇぇ♡」
「ガウッ!!」
ダッ!!
ガウが地面を蹴る。
速い。
めちゃくちゃ速い。
モエの金髪が風に揺れた。
「きゃはははっ♡」
「たのしぃぃぃ♡」
完全にアトラクションである。
『おい、飛ばしすぎんなよ!?』
「だいじょーぶだってぇ♡」
いや絶対大丈夫じゃない。
だが、ハーネスの効果は凄かった。
モエはガウの背中でまったくブレない。
むしろ片手を上げて楽しんでいる。
「ガウちゃん最高〜♡」
「もふもふタクシー、出発ぅ♡」
「ガウ♪」
ガウも満更ではなさそうだった。
むしろ褒められて嬉しそうである。
『お前ら仲良いな……』
次にリリン。
「え、えっと……」
「ゆっくり……ゆっくり……」
魔導キックボードがスーッと進む。
リリンは慎重だった。
かなり慎重だった。
ちょっとした段差で、
「きゃっ!?」
と声を上げる。
だが転ばない。
少しずつ慣れていく。
「ま、魔王さま!」
「リリン、乗れてます!」
『おぉ、乗れてる乗れてる』
「えへへ……♪」
嬉しそうに笑うリリン。
その表情が、なんだか妙に可愛かった。
小さな子供が初めて自転車に乗れた時みたいだった。
『なんか平和だな……』
さっきまで魔王と殺し合いしていたとは思えない。
ゼフィーは、もう別格だった。
スゥゥゥゥ――。
地面すれすれを滑るように進む。
そこから軽く浮上。
曲がる。
減速する。
また加速する。
全てが滑らかだった。
長い髪が風で揺れる。
ジャケットの裾がひらりと舞う。
姿勢は一切崩れない。
まるで舞っているみたいだった。
「ふふっ」
「これは本当に便利ですわね」
『優雅すぎるだろ……』
同じ高速滑走板に乗っているはずなのに、俺とは完成度が違いすぎる。
俺はというと。
『うぉっ!?』
少し加速しすぎて、慌てて減速。
グラッ。
バランスを崩しかける。
『危なっ!?』
まだまだ練習が必要だった。
だが。
楽しい。
めちゃくちゃ楽しい。
『これ、慣れたら空中移動できるんじゃないか?』
そう考えただけでワクワクする。
戦闘能力はない。
だが。
魔力はある。
そして。
移動手段も手に入った。
『俺、だんだん魔王っぽくなってきたんじゃないか?』
そう思った瞬間。
少し調子に乗った。
加速。
旋回。
さらに加速。
『うおおおお!!』
次の瞬間。
ぐらり。
『あ』
バランスが崩れる。
前足が滑る。
視界が回る。
『にゃあああああ!?』
盛大に転げた。
地面へごろごろ転がる。
「スケベちゃん!?」
モエが叫ぶ。
リリンも慌てる。
「ま、まおーさま!?」
ゼフィーは静かに近づいてきた。
「……調子に乗りましたわね」
『はい……』
完璧にバレていた。
◇
その後。
少し練習しながら、俺達はレストランへ向かった。
戦闘。
買い物。
移動実験。
色々ありすぎて、腹が減っていた。
いや。
レストランは、相変わらず豪華だった。
巨大なテラス席。
魔導照明。
長テーブル。
香ばしい匂い。
湯気の立つ料理。
『文明レベルおかしいんだよな……』
俺達は席につく。
いや。
俺は椅子に座れないので、専用クッションの上である。
モエは肉料理を次々と皿へ盛っていた。
「これ絶対おいしいやつ♡」
「これも♡」
「これも食べよ♡」
『お前、胃袋どうなってんだ』
リリンは当然のようにスイーツコーナーへ向かっていた。
「わぁぁ……♡」
ケーキ。
プリン。
パフェ。
果物。
全部に目を輝かせている。
『完全にスイーツ担当になったな』
ゼフィーは落ち着いていた。
サラダ。
スープ。
肉料理。
香草焼き。
それから、冷却ミルクアイス。
『アイス気に入ったのか?』
「ええ」
「冷却魔力の調整が繊細ですわ」
『味じゃなくて魔力なのかよ』
だが、少し嬉しそうだった。
食事は、平和そのものだった。
モエが肉を頬張る。
リリンがプリンでとろける。
ゼフィーが優雅に紅茶を飲む。
ガウは足元で肉をもらっていた。
「ガウ♪」
『お前も食うのか』
当たり前のように食べている。
そしてスマホ画面には、料理バフが表示されていた。
【食事効果】
【疲労回復速度上昇】
【魔力回復速度上昇】
【精神安定効果】
『精神安定効果……』
ありがたい。
かなりありがたい。
今日は本当に色々ありすぎた。
正直、まだ頭が追いついていない。
だが。
温かい飯。
楽しそうな仲間。
賑やかな空気。
それだけで、少しずつ気持ちが戻ってくる。
『……いいもんだな』
俺は小さく呟いた。
◇
『あ、そうだ』
危ない。
忘れるところだった。
俺は足を止める。
『レストランにも置いとこう』
腹が減ったら即転移。
疲れたら即転移。
飯は大事だ。
非常に大事だ。
俺は食堂入口付近へ転移標識を設置する。
ドン。
黒い石柱が地面へ固定された。
魔法陣が展開する。
淡い光が周囲へ広がった。
【登録完了】
【転移地点:レストラン】
『よし』
スマホを確認する。
【登録地点】
・スーパーストア
・レストラン
『順調順調』
モエが笑う。
「スケベちゃん絶対ご飯基準で考えてるでしょ♡」
『いや』
『全部の施設にあった方がいいだろ』
「おぉ?」
『全部だ』
『どうせ毎日使うんだから』
ゼフィーが感心したように頷く。
「確かに合理的ですわね」
『だろ?』
『この領地広すぎるんだよ』
歩くの面倒くさい。
非常に面倒くさい。
モエが吹き出した。
「結局そこなんだ♡」
『そこだ』
『移動時間は敵だ』
「名言みたいに言ってる♡」
その後も施設を訪れる度に移動標識を設置した。
◇
食事の後は、スーパー銭湯へ向かった。
これも目的の一つである。
疲労回復。
リラックス。
そして。
単純に風呂。
『こんなの毎日、絶対入る』
巨大な湯気が立ち上る建物。
魔導ランプに照らされた入口。
木造と石造りが混ざった、妙に豪華なスーパー銭湯。
中へ入ると、温かい空気が肌を包んだ。
いや。
毛を包んだ。
『おぉ……』
めちゃくちゃ気持ちいい。
露天風呂。
岩風呂。
寝湯。
岩盤浴。
サウナっぽい部屋。
何度見ても魔王城の施設とは思えない。
「やっぱりここ最高〜♡」
モエがテンション高く叫ぶ。
タオル一枚姿。
湯気越しでも分かるスタイルの良さ。
『……』
目のやり場に困る。
いや。
困ってない。
見てる。
普通に見てる。
リリンも目を輝かせている。
「ぽかぽかです……♡」
肩まで湯へ浸かり、とろけそうな顔をしていた。
湯気で頬が赤い。
濡れた髪が肌へ張り付いている。
妙に色っぽい。
『お前、可愛い系だったのに最近どんどん危険になってない?』
「へっ!?」
リリンが慌てて胸元を隠した。
「み、見ないでくださいぃぃ!!」
『いや今さら!?』
すると。
隣でゼフィーが静かに湯へ入る。
白い肌。
大人っぽい体つき。
濡れた黒髪。
落ち着いた雰囲気。
そして。
普通にデカい。
『……』
圧が凄かった。
おっぱいの。
ゼフィーは静かに微笑む。
「魔力循環が整いますわね」
『だから風呂の感想が専門的なんだよ』
だが。
説得力がある。
色んな意味で。
モエが笑った。
「スケベちゃん、めっちゃ見てる〜♡」
『見てる』
「認めた♡」
『だって無理だろこれ』
俺は湯船を見回す。
モエ。
リリン。
ゼフィー。
湯気。
濡れた肌。
柔らかそうな感触。
視界が強すぎる。
『オープンスケベ大魔王を舐めるなよ』
『むしろ見ない方が失礼まである』
「開き直ったぁ♡」
モエがケラケラ笑う。
リリンは顔を真っ赤にした。
「そ、そんな堂々と言わないでくださいぃぃ!!」
『いやでも実際すごいし』
「わ、わぁぁぁ!?!?」
リリンが湯の中へ沈みかける。
完全に限界だった。
すると。
隣でゼフィーが静かに髪をかき上げた。
濡れた黒髪。
白い肌。
大人っぽい雰囲気。
そして。
圧倒的存在感。
『……』
強い。
色んな意味で強い。
ゼフィーはそんな俺を見て、少しだけ口元を緩める。
「視線が正直ですわね」
『オープンスケベ大魔王だからな』
『隠さない主義だ』
「最低です♡」
そう言いながら。
ゼフィーはわざとなのか。
胸元を隠そうとしなかった。
むしろ。
湯船の縁へ腕を乗せる動きで、さらに強調されている気すらする。
『おい』
『絶対わざとだろ』
「さて、なんのことでしょう?」
微笑む。
余裕の笑み。
完全に遊ばれていた。
しかも。
近い。
距離が近い。
湯気越しでも分かる柔らかそうな感触。
大人の色気。
落ち着いた仕草。
破壊力が高すぎる。
『……強い』
「ふふっ♡」
ゼフィーが少し楽しそうに笑った。
モエがそれを見て頬を膨らませる。
「ゼフィー姉さんズル〜い♡」
すると。
モエまで身体を寄せてきた。
『うぉっ!?』
左右から圧。
柔らかい。
非常に柔らかい。
逃げ場がない。
リリンは顔を真っ赤にしながら湯の中でぷるぷるしていた。
「ま、まおーさま……えっちです……」
『今さら!?』
『オープンスケベ大魔王だぞ!?』
「開き直ってますぅぅ!!」
リリンがさらに真っ赤になる。
モエはケラケラ笑っていた。
「でもスケベちゃん、なんか嬉しそう♡」
『そりゃ嬉しいだろ』
『男だからな』
「堂々としてるぅ♡」
ゼフィーが肩を揺らし、小さく笑う。
「本当に隠しませんのね」
『隠しても無駄だろこれ』
俺は天井を見上げる。
湯気。
美少女。
温泉。
柔らかい感触。
『……おっぱいには勝てなかったよ』
心の中で、そっと敗北を認めた。
だが最高だ。
『あぁ……』
身体の力が抜ける。
今日の疲れが溶けていく。
魔王戦。
死と復活。
買い物。
移動訓練。
全部まとめて湯へ流れていくようだった。
モエは湯船で伸びていた。
「はぁぁ〜……」
「生き返るぅ……♡」
『お前それシャレになってないからな?』
「そうだった♡」
リリンは湯気で頬を赤くしていた。
「ふにゃ……」
完全にとろけている。
ゼフィーは目を閉じて、静かに湯に浸かっている。
絵になる。
とても絵になる。
『……』
俺は湯に浸かりながら天井を見る。
今日は、本当に濃い一日だった。
だが。
こうしてみんなで風呂に入っていると。
少しだけ、現実味が戻ってきた。
ここで生きている。
この魔界で。
この仲間達と。
『……守らないとな』
小さくそう思った。




