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37話 運営

36話レストランのシーン描写増やして挿絵追加しました。

理解した瞬間。


全身に怖気が走った。


格が違う。


存在そのものが違う。


本能が叫んでいた。


見てはいけない。


関わってはいけない。


そんな感覚に襲われた。


『……っ』


声が出ない。


喉が詰まる。


いや、俺は猫だから喉がどうこう以前に、まともに鳴くことすら出来なかった。


視界の先。


空に開いた裂け目。


その向こうにいる“何か”。


見えているのか。


見えていないのか。


分からない。


ただ、確かにこちらを見ている。


それだけは理解できた。


「っ……」


リリンが小さく息を呑む。


いつもなら俺の前に出ようとするリリンが、動けずにいた。


モエも、さっきまでの軽い笑顔が消えている。


「な、なに……これ……」


声が震えていた。


ゼフィーですら、表情を強張らせている。


「……魔王さま」


その声に、いつもの余裕はない。


ガウは低く唸り、コロは尻尾を丸めて伏せていた。


ホネの骨が、カタカタと小さく震えている。


ブモですら、拳を握ったまま動けない。


『俺は……』


俺はいったい。


何を召喚してしまったんだ。


ただの10連ガチャだったはずだ。


人手が欲しかった。


領内の敵対反応に対処するため。


この広すぎるスケベ大魔王領を賑やかにするため。


軽い気持ちだった。


いつものように。


ガチャを回しただけだった。


なのに。


『やばい』


これは違う。


絶対に違う。


今までの召喚とは、根本から違う。


もし、あれがこちらに来たら。


俺達はどうなる?


この城は?


リリン達は?


『……』


後悔が胸を締め付けた。


俺のせいだ。


俺が押した。


俺がガチャを回した。


その結果、こんなものを呼び寄せてしまった。


『くそ……』


逃げろ。


そう言いたかった。


だが、声が出ない。


念話すらまともに飛ばせない。


世界が止まっているようだった。


ただ、裂け目の向こうの“何か”だけが、こちらを見ていた。


長い。


ほんの数秒だったのかもしれない。


だが、俺には永遠のように感じられた。


そして。


『……あれ?』


何も起こらない。


裂け目の向こうから、何かが出てくる気配はない。


巨大な手も。


怪物も。


神も。


悪魔も。


何も。


ただ、こちらを見ているだけ。


やがて。


空に走った裂け目が、ゆっくりと閉じ始めた。


『……閉じる?』


紫と黒と金の光が、少しずつ薄れていく。


空間の切れ目が縫い合わされるように塞がっていく。


風が戻る。


音が戻る。


世界が、少しずつ動き出す。


『た、助かった……?』


その瞬間だった。


――ザザッ。


頭の中に、音が響いた。


『っ!?』


思わず体が跳ねる。


耳からではない。


頭の奥。


直接、意識に流れ込んでくる。


念話。


俺は普段から使っているから分かる。


これは念話だ。


だが、いつもの念話とは全然違った。


ザザ。


ザザザザザ。


ノイズのような音。


意味の分からない響き。


言葉になっていない。


なのに、何かを伝えようとしている。


『な、なんだ……?』


頭が割れそうだった。


いや、痛いわけではない。


ただ、情報量が多すぎる。


周波数が合っていないラジオを無理やり聞かされているような感覚。


ザザザ――。


ザザ――。


ザ――。


少しずつ。


音が整っていく。


意味のない雑音が、言葉の形へ変わっていく。


それと同時に。


さっきまで全身を押し潰していた圧が、嘘のように薄れていった。


『……圧が、消えた?』


呼吸ができる。


いや、猫だけど。


とにかく、まともに考えられる。


そして。


頭の中に、声が響いた。


『……あ。あー』


軽い声だった。


あまりにも軽かった。


さっきまで世界を止めていた存在とは思えないほど、気の抜けた声。


『これで意味は通じているかな?』


『……』


俺は固まった。


意味は分かる。


言葉として理解できる。


だからこそ、余計に怖い。


『うん。大丈夫そうだね』


声は楽しそうだった。


『まさかガチャでぼくを引くとはね』


「……にゃあ?」


思わず声が漏れた。


ガチャで。


ぼくを。


引く?


『いやいやいやいや』


『待て待て待て』


頭の中が混乱する。


俺は10連ガチャを押した。


確かに押した。


だが、こんな訳の分からないものを引いた覚えはない。


『でも、ぼくは鑑賞する側だ』


声は、どこか困ったように笑った。


『召喚される側ではない』


『……』


『これはシステムの修正が必要だね』


『システムの修正!?』


こいつ。


システム側の存在なのか?


運営か?


運営なのか?


いや、運営ってなんだ。


この世界の運営って何だ。


俺が混乱していると、声はそのまま続けた。


『少し説明すると』


『この魔界グルンボーンに君を呼んだのは、ぼくだ』


『……』


思考が止まった。


俺を。


呼んだ?


『お前が……?』


声にならない問いが、念話へ乗ったらしい。


相手はすぐに答えた。


『そう。ぼくが呼んだ』


『グルンボーンで不具合が生じてね』


『対処する必要があるんだ』


『不具合……?』


魔界に。


不具合。


ゲームみたいに言うな。


いや、実際ゲームみたいなんだけど。


でもここは現実だ。


飯もうまい。


風呂も気持ちいい。


モエはうるさいし、リリンは可愛いし、ゼフィーは強い。


全部、現実だ。


『ん?』


『ゲームとの関係?』


こちらの疑問を読んだように、声が続く。


『ああ、あれはクリエイターの思考を少し誘導して作らせただけだよ』


『ここが、あのゲームというわけではない』


『……』


情報量が多すぎる。


つまり。


魔王ストリートは、この世界そのものではない。


だが、この世界を元にしている。


いや、元にしたというより。


この存在が、誰かの頭に干渉して作らせた?


『怖っ』


普通に怖い。


クリエイターの思考を誘導って何だ。


さらっと言う内容じゃないだろ。


『君は見ていて飽きないね』


声は楽しそうだった。


『少しだけ、ぼくの力を分け与えたんだ』


『雫を一滴垂らすようにね』


『……雫?』


『そう』


『でも、それが君の中で変質したようだ』


『君の知識や感情の影響を受けてね』


『そしてレベルをあげることで成長している』


……


俺の知識。


俺の感情。


ソシャゲ脳。


ガチャ欲。


快適生活への執念。


スケベ心。


『まさか……』


俺はスマホを見る。


魔王ストリートのUI。


ログインボーナス。


無料単発。


ガチャ。


施設。


好感度。


ご褒美シーン。


スーパー銭湯。


レストラン。


スーパーストア。


『これ……俺のせい?』


『半分くらいはね』


『半分!?』


最悪だ。


いや最高かもしれない。


分からない。


便利ではある。


だが、俺の欲望が世界法則に混ざっていると思うと、かなり嫌だった。


『君には、ぼくの使徒として』


声の雰囲気が、少しだけ変わった。


軽いままなのに。


その奥に、深い何かがある。


『魔王ストリートのように、魔界をまとめて欲しいんだ』


『……魔界を?』


『そう』


『このグルンボーンを』


『そして、いずれは他の世界も』


『いや重い重い重い』


急に話がデカすぎる。


俺は猫だぞ。


しかも今のところ、スーパー銭湯とファッション店でテンション上げてるだけの猫だぞ。


魔界をまとめろ?


使徒?


無理だろ。


『そんな顔をしなくてもいいよ』


顔見えてるのか。


見えてるんだろうな。


『すぐに全部やれとは言わない』


『君は君のやり方でいい』


『ガチャを回し、眷属を増やし、領地を広げ、施設を作る』


『君にとって分かりやすい形に、力は変質している』


『……』


つまり。


俺は今まで通りやればいい。


ガチャを回す。


拠点を育てる。


仲間を増やす。


領地を整える。


その結果として、魔界をまとめろ。


『いや、やっぱ重いだろ……』


声は楽しそうに笑った気がした。


『それから』


『ご意見BOXのアイコンを作っておいた』


『ご意見BOX!?』


スマホ画面の端に、新しいアイコンが表示される。


小さな封筒のようなマーク。


そこに、


【ご意見BOX】


と書かれていた。


『気が向いたら、アップデートしたりメールボックスにメッセージを送ってあげるよ』


『いや運営じゃねぇか!!』


運営だった。


神とか上位の存在とかそういうものかと思った。


だが、完全に運営だった。


『よろしく頼むよ』


声が遠ざかり始める。


『あ、そうだ』


『ガチャでぼくを引けなかった分、魔晶石を1000個増加してあげよう』


『……え?』


スマホが光る。


【魔晶石×1000を獲得しました】


『詫び石というやつだね』


『詫び石!?』


この上位存在。


詫び石を理解している。


いや、俺の知識から拾ったのかもしれない。


どっちにしろ嫌だった。


いや嬉しい。


めちゃくちゃ嬉しい。


1000個はデカい。


さっき2060個使ったばかりだ。


普通にありがたい。


『くっ……』


『ありがたいけど納得したくねぇ……!』


『それじゃあね』


声がさらに薄れていく。


『ぼくは君を見ているよ』


その言葉を最後に。


頭の中の気配が消えた。


完全に。


世界が戻る。


風が吹く。


モエが息を吐く。


リリンが近づいてきて俺を抱きしめる。


「ま、まおーさま……?」


ゼフィーが周囲を警戒している。


「今のは……」


『……』


俺はスマホを見る。


新しく増えたご意見BOX。


そして。


増えた魔晶石。


『……』


情報量が多すぎる。


整理できない。


ただ一つだけ、確かな事がある。


俺は。


どうやら。


とんでもない存在に見られているらしい。


そして。


この魔界グルンボーンで、やるべき事が決まってしまった。


『……魔界をまとめろってか』


言われなくても俺は、そのつもりだ。


俺は小さく息を吐く。


それから。


画面の魔晶石数を見て、思わず呟いた。


『詫び石1000個は、普通に助かるな……』


我ながら現金だった。


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