32話 ギャルは空気を変える ☆
大広間へ向かう。
俺はまだ、少し落ち着かなかった。
理由は分かっている。
ゼフィーだ。
昨夜の事を思い出すだけで、変な感じになる。
しかも、その本人が後ろからついてきている。
「ふふ♪」
ずっと機嫌が良さそうだった。
なんなら、俺を見ている。
すごく見ている。
愛おしそうに。
完全に、昨夜から距離感が変わっていた。
『……やりづらい』
思わず小さく呟く。
すると、ゼフィーが微笑んだ。
「どうかされました?」
『なんでもない』
なんでもある。
めちゃくちゃある。
だが言えない。
俺は魔王である。
堂々としていなければならない。
……たぶん。
大広間へ入る。
相変わらず広い。
高い天井。
黒い石の柱。
巨大な扉。
奥には、魔王らしい玉座。
最初はこの広さに圧倒されていたが、少しずつ慣れてきた。
いや。
慣れてきたというより、使い方が分かってきたと言うべきか。
ここは、眷属達を集める場所だ。
指示を出す場所。
戦果を確認する場所。
つまり――魔王としての仕事場である。
『よし』
俺は玉座へ飛び乗った。
猫なので、ちょっと跳ねる必要がある。
威厳?
ない。
だが気持ちは魔王だ。
『集合』
念話を飛ばす。
同時に、眷属との繋がりへ意識を向ける。
言葉だけじゃない。
感覚でも呼びかける。
大広間へ集まれ。
そんな意思を流す。
すると、城のあちこちから反応が返ってきた。
まず最初に来たのは、コロだった。
「ワフッ!」
勢いよく駆け込んでくる。
速い。
尻尾がすごい。
完全に俺へ一直線だった。
『お前、呼んだ瞬間来るな』
「ワフッ!」
褒められると思っている顔だ。
いや、実際偉い。
俺が軽く頭を撫でると、コロは嬉しそうに目を細めた。
その後ろから、ガウが静かに入ってくる。
同じ犬系でも、コロとは全然違う。
ガウは低く落ち着いた足取りで、俺の近くに座った。
番犬というより、護衛。
寡黙な狼。
「ガウ」
短く鳴く。
『おう。今日も頼むぞ』
ガウは小さく頷いた。
次に、カタカタと乾いた音。
ホネだ。
骨犬が大広間へ入ってくる。
感情表現は薄い。
だが、俺の近くに来ると――。
カタ……♪
しっぽの骨だけが、控えめに揺れた。
『お前も分かりやすいな』
「カタ」
本人は真顔である。
いや、骨だから表情はない。
でも、なんとなく嬉しそうなのは分かる。
さらに。
ぷるん。
ぷるん。
グミが転がるようにやって来る。
途中で段差に引っかかって、ぷにっと潰れた。
その後ろから来たリリンが慌てて抱き上げる。
「グミ、大丈夫ですか?」
ぷるぷる。
たぶん大丈夫らしい。
リリンはそのままグミを抱えたまま、俺の方へ来た。
そして――。
ぴたりと止まった。
視線が、俺の後ろへ向く。
ゼフィー。
彼女は俺の少し後ろに立っている。
いつも通り優雅に。
だが、いつもより明らかに機嫌が良い。
微笑み方が違う。
リリンの目が、すっと細くなった。
「……」
『あ』
まずい。
これはまずい。
リリンが黙っている。
こういう時のリリンは、だいたい分かりやすい。
不機嫌だ。
俺は前世から女関係の経験などない。
当然、修羅場経験もない。
なので、こういう空気になった時、どうしたらいいのか分からない。
『えーっと……』
頭が回らない。
何を言えばいい?
いや、何も言わない方がいいのか?
でも黙っていると悪化しそうだ。
くそっ。
陽キャだった奴らは、こういう時どうしていた?
いや、そもそも陽キャはこんな状況にならない。
猫になって魔界でサキュバスとハイデーモンに挟まれる人生なんて普通ない。
終わった。
俺の処理能力を超えている。
そんな時だった。
「はーいっ♡」
明るい声が、大広間に響いた。
モエだ。
彼女は両手を上げながら、軽い足取りで入ってくる。
「なになに〜?」
「朝から空気重くない?」
そして、リリンとゼフィーを交互に見た。
それから、俺を見る。
にやぁっと笑う。
「スケベちゃん、昨日ゼフィー姉さんと何したの〜?♡」
『ぶっ』
いきなり核心を刺すな。
リリンの肩がぴくっと跳ねる。
ゼフィーは口元に手を当てて、楽しそうに笑っていた。
「ふふ♪」
「とても有意義な休息時間でしたわ」
『言い方!』
それは誤解を招く。
いや。
誤解ではないかもしれない。
だが、言い方があるだろ。
リリンがむっとした顔になる。
「……まおーさま」
『はい』
思わず返事してしまった。
「ゼフィーさんだけ……ずるいです」
小さい声だった。
だが、はっきり聞こえた。
『……』
どうする。
どうするよ、俺。
この空気。
完全に詰んでいる。
すると、モエがぱんっと手を叩いた。
「はいはい!」
「じゃあ順番でいいじゃん♡」
『お、おう』
「一昨日はリリンちゃん」
モエが指を一本立てる。
「昨日の夜はゼフィー姉さん」
二本目。
「で、次うち♡」
三本目。
「はい解決〜♡」
軽い。
めちゃくちゃ軽い。
だが――。
『え…!?お前もかよ!!』
思わずツッコんだ。
「なにぃ~?うちだけ除け者にするつもりぃ~?♡」
『いや、そんなことないけど……』
この場を切り抜けたい一心で俺は思わず頷いた。
すると――
「えっ」
リリンが驚いた顔をする。
リリンの反応が気になった。
だが。
今は止まれない。
どうにか空気を収めるため、俺はそのまま話を続けた。
『昨日から考えていた』
『これは体調管理だ』
『順番に部屋を回る』
『スキンシップもする』
『疲労も確認する』
『好感度も上がる』
「最後本音出てない?」
モエが笑う。
『出てない』
出ているかもしれない。
だが、効率的なのは事実だ。
探索。
戦闘。
拠点作業。
眷属達は毎日働いている。
なら、休息も必要。
個別に話す時間も必要。
全員を雑に扱っていたら、いずれ問題が出る。
これは大事な管理だ。
たぶん。
「……順番」
リリンが小さく呟く。
「……それなら」
(ずっとゼフィーさんじゃないなら…)
少し安堵した感情が伝わってくる。
少しだけ表情が柔らかくなった。
よかった。
本当によかった。
ゼフィーも微笑んでいる。
「公平ですわね」
「わたくしは異論ありません」
モエがにししと笑う。
「今夜は、うちだからね♡」
「楽しみにしてんね♪」
成り行きでモエの部屋にも行くことになった……
だが、助かった。
本当に助かった。
モエが空気をぶち壊してくれたおかげで、重くなりかけた場が一気に軽くなった。
さすがギャル。
こういう時、頼りになる。
俺は心の中で、モエに少し感謝した。
意外とギャルって頼りになるんだな。
◇
その後も、眷属達は次々と集まってきた。
オバッキーはふよふよと漂いながら現れた。
近くを通ったモエが「おやつ〜♡」と冗談を言うと、オバッキーは全力で逃げた。
胞子を撒きながら。
『逃げながら胞子撒くな』
危うく朝から眠気に包まれるところだった。
ちび助は少し遅れて来た。
「おい魔王サマ! 朝から呼び出しかよ!」
『お前、昨日またブモの肉盗もうとしただろ』
「し、知らねぇし!」
目を逸らした。
分かりやすい。
ブモはそんなちび助の首根っこを片手で掴んで入ってきた。
「ブモォ」
完全に捕獲である。
ちび助がじたばた暴れる。
「離せよ! オレは自分で歩ける!」
『じゃあ盗むな』
「盗んでねぇ!」
『肉は?』
「……落ちてた」
『皿の上にか?』
ちび助は黙った。
大広間に笑いが起きる。
フランは無言で荷物を抱えて来た。
頼んでいない。
だが、何かを運んでいる。
『フラン、それ何だ?』
フランは無言で布の包みを差し出した。
中には、昨日の探索で集めた素材が綺麗に整理されている。
『お前、また働いてたのか』
フランは、こくりと頷く。
『……』
あれ。
なんか髪、伸びてないか?
前より少しだけ長い気がする。
しかも。
名前が女性っぽいせいなのか、なんとなく雰囲気まで女の子っぽくなっている気がした。
フランは小さく胸を張る。
少しだけ。
本当に少しだけ嬉しそうだった。
『……』
なんか可愛いな。
ゾンビなのに……!
『偉い。でも休めよ』
フランはまた、こくりと頷いた。
ちゃんと伝わっているのかは怪しかった。
カルシウムは大広間の隅で、いつの間にか床を磨いていた。
『お前、集合って言ったよな?』
「カタ」
姿勢よく振り返る。
掃除の手は止めない。
『止めろとは言わないけどさ……』
働き者が多い。
いや、問題児も多い。
だが、それでいい。
にぎやかだ。
俺は玉座の上から、大広間に集まった眷属達を見渡した。
コロ。
ホネ。
オバッキー。
ちび助。
ガウ。
グミ。
フラン。
ブモ。
カルシウム。
リリン。
モエ。
ゼフィー。
キャベツとピーマンは不在。
あいつらは今、黒樹海でゴブリン達をまとめるために動いている。
しばらく帰ってこないだろう。
その分、こっちの面子で城を回す必要がある。
『よし』
俺は深く息を吸う。
今日も俺のできることをしよう。
魔王として。




