30話 好感度イベント ☆
転移石で魔王城へ帰還したあと。
俺達は、そのまま大浴場へ直行していた。
『生き返る……』
湯気の立ち込める浴場で、俺は思わずぐったりした。
広い。
無駄に広い。
黒い石で作られた浴槽。
壁には淡く光る魔導ランプ。
湯気の向こうには小さな露天風呂まで見える。
どう考えても“初心者魔王の城”ではない。
「はぁ〜♡」
モエが湯船へだらしなく身体を沈める。
「もうここ住みたい〜♡」
『いや住んでるだろ』
「たしかに♡」
一方。
リリンは湯に浸かりながら、ほっとしたように息を吐いていた。
「なんだか……探索の疲れが全部抜けていきます……」
分かる。
めちゃくちゃ分かる。
今日かなり歩いた。
倍速再生で戦闘は早かったが、移動疲労は普通にある。
しかも森。
湿地。
草原。
地味に足場が悪い。
文明の風呂が身体に染みる。
『もう野宿できねぇなこれ……』
一度快適さを知ると駄目だ。
絶対戻れない。
その時。
「……♪」
ゼフィーが静かに湯へ肩まで浸かる。
絵面が強い。
妙に似合う。
高級温泉旅館のポスター感がある。
『なんでそんな優雅なんだよ……』
「慣れておりますので」
『何に?』
「長風呂ですわ」
意味が分からない。
……いや、待て。
そういえばゼフィー。
以前から風呂をかなり気に入っていた気がする。
魔界では、湯を大量に使える環境そのものが珍しいらしい。
『じゃあなんで長風呂慣れしてるんだ?』
「高位魔族は、魔力循環の瞑想を行いますので」
「温かい場所で長時間動かない事には慣れておりますわ」
『修行僧かよ……』
「もっとも」
ゼフィーは湯気の向こうで微笑む。
「これほど大量の湯を常に使える環境は、王都でもかなり贅沢ですけれど」
『やっぱそうなんだ』
「ふふ♪」
ゼフィーは楽しそうに目を細める。
そのまま静かに湯気の中へ溶け込んでいく。
完全に似合っていた。
一方。
「のぼせる〜♡」
モエはすでに端でぐったりしていた。
早い。
◇
風呂を出たあと。
俺達は食堂へ向かっていた。
今日の食堂も賑やかだった。
「オレそれ食う!」
ちび助が肉料理を抱えて走る。
「カタカタ」
カルシウムが即座に追いかける。
『食堂でも騒がしいな……』
ブモは山盛り肉を無言で食べている。
グミはリリンの隣でぷるぷる震えていた。
どうやら熱いスープが苦手らしい。
モエはデザートを見つけた瞬間、目を輝かせていた。
「なにこれ!?♡」
「めっちゃうまそ〜!!」
完全にテンションが女子高生だった。
一方。
ホネは少し離れた場所で静かに座っている。
だが。
俺が近づくと。
カタカタカタッ♪
しっぽの骨だけ高速で揺れた。
『お前ほんと分かりやすいな……』
モエが笑う。
その横では。
ちび助が、ブモの皿から肉を持って逃げようとしていた。
「ブモォ!?」
「オレのだ!!」
「ギャギャ!!」
ブモの怒声と、ちび助の笑い声が食堂へ響く。
『食堂でも騒がしいな……』
だが。
嫌じゃない。
最初の頃は、ただ魔物達が集まっているだけだった。
食事も。
会話も。
どこかぎこちなかった。
だが今は違う。
笑い声がある。
飯を奪い合う奴がいる。
騒ぐ奴がいる。
食堂らしい空気が出来始めていた。
なんだか、本当に“拠点”っぽくなってきていた。
そして。
今日の飯もうまかった。
肉料理。
スープ。
焼きたてのパン。
サラダ。
なぜかデザートまである。
『……魔王城、飯のレベル高くね?』
完全に当たり施設だった。
モエなんか幸せそうに頬を緩めている。
「これ毎日食べれるの神〜♡」
『分かる』
そして食べながら、俺はふと思う。
『……ん?』
試しに。
パンを一つ持ち上げる。
そのまま収納画面を開く。
【収納対象外です】
『あ、駄目か』
パンは消えない。
普通に手の中へ残っていた。
『そういや収納できるの、召喚した物とかドロップ品だけだったな……』
少し期待したが、甘くはないらしい。
もし食堂の料理を無限に持ち出せたら、完全に永久機関になってしまう。
『まあ、そりゃそうか』
だが。
探索用の食料問題は普通にある。
移動用魔物をテイムするなら、餌も必要だ。
『……保存食とか必要になるな』
肉は腐る。
パンも長くは持たない。
冷蔵庫なんて当然ない。
『氷でも確保するか……?』
壺へ氷を入れて保存。
今は、その辺が限界だ。
『餌問題も考えないとな』
移動用魔獣を手懐けるなら、食料は絶対必要になる。
鹿。
狼。
馬系の魔物。
もし仲間に出来れば、探索効率は一気に上がるはずだ。
『……移動用、かなり欲しくなってきたな』
◇
食事を終えたあと。
俺は再びスマホを開いていた。
【SP:28/75】
『もう結構回復してるな』
探索から戻ってしばらく経っていたせいか、SPは自然回復していた。
このまま放置するのはもったいない。
『……よし』
なので。
眷属達を二組へ分ける事にした。
探索組。
待機組。
交互に周回へ出す。
完全にソシャゲ派遣システムだった。
『ガウ達は探索』
「ガウ!」
『ブモは待機』
「ブモォ」
『カルシウムは拠点警備』
「カタ」
カルシウムが妙に姿勢よく敬礼する。
骨なのに律儀だった。
その時。
『……ん?』
俺は気づく。
ゼフィーが、しれっと探索組へ混ざろうとしていた。
『待て』
「……なんでしょう?」
完全に自然体だった。
危ない。
普通に出発するところだった。
『今日は休め』
「問題ありませんわ?」
「まだ戦えます」
『いやそういう問題じゃない』
この人。
絶対無理するタイプだ。
本人は平気そうな顔をする。
でも。
昼からずっと戦っていた。
しかも一番暴れていた。
『駄目だ』
「ですが――」
『休め』
少し強めに言う。
すると。
ゼフィーが、ほんの一瞬だけ言葉を止めた。
珍しい反応だった。
『今日はゼフィー休み』
『部屋で俺と過ごしてもらうぞ』
『勝手に探索行かれたら困るからな』
一緒にいれば、勝手に探索へ行けないだろう。
『昨日はリリンの部屋だった』
『次はゼフィーだ』
『順番に部屋を訪れて、一緒に過ごして就寝する』
『これはルールにする』
「……」
少しの沈黙。
そして。
「……分かりました」
意外にも、素直に頷いた。
『お?』
『納得した?』
「スキンシップするのでしょう……?」
ゼフィーが静かに微笑む。
「たっぷり堪能させていただきますわ♪」
『まあ、うん』
なんか。
ゲームの好感度イベントっぽいな。
順番に交流。
スキンシップ。
一緒に過ごす。
『……完全に個別イベントでは?』
そんな事を考えているうちに。
気づけば、好感度を上げるためのシステムが完成していた。
まあ。
効率的だからいいか。
◇
その後。
俺はゼフィーの部屋を訪れた。
そして――。
ネグリジェ姿へ着替えたゼフィーと共に、濃密な夜を過ごすのだった。




