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2話 魔王ストリート

俺こと、猫の姿をした魔王――スケベ大魔王は。


ほんの数日前までは、地球の日本で暮らす普通の会社員だった。


いや“普通”と言っても、休みの日はほぼソシャゲに溶けるタイプの会社員だ。


そんな俺が、なぜ見知らぬ森の中で猫になっているのか。


その原因には、たぶん心当たりがある。


――《魔王ストリート》。


目覚める直前までプレイしていたゲームだ。


「魔王ストリート」は、プレイヤーが“魔王側”として魔物や悪魔を率い、魔界統一を目指すゲーム。


ジャンルとしては育成型ストラテジーRPG。


ガチャで眷属を召喚し、育て、領地を広げ、敵対勢力を潰していく。


ちなみにPC版はR18で、好感度を上げるとエロシーンが解放されるタイプだった。


……いや、今そこは重要じゃない。


重要なのは――。


最近、その魔王ストリートに“スマホ連動機能”が実装されたことだ。


PC版のデータをスマホと共有できる。


外出先でも周回できる。


ソシャゲ廃人にとって、かなりありがたい機能だった。


『便利じゃん』


そう思った俺は、さっそくスマホ版をダウンロードした。


だが――問題が起きた。


データ引き継ぎの方法が、わからない。


『え、どこだこれ』


ホーム画面を見る。


設定を見る。


ヘルプを見る。


だが、よくわからない。


仕方なく、文明の利器――グーグル先生に頼った。


検索。


【魔王ストリート スマホ連動 やり方】


すると、すぐ答えが出た。


どうやら最初の画面にある「データ連動」を押せばいいらしい。


『なんだ、簡単じゃん』


俺は安心した。


さっそくパソコン版を起動する。


いつものログイン画面。


いつものBGM。


見慣れたホーム画面。


長年育ててきた俺のアカウント。


SSR、UR、SUR。


苦労して育てた最強軍団。


課金額については考えないことにする。


精神衛生上よくない。


俺は画面の隅にある、


【スマホ連動】


の文字をクリックした。


すると、パスワードが表示される。


『これをスマホに入力すればいいのか』


簡単だ。


……そう思っていた。


スマホを開き、パスワードを入力する。


決定。


――だが。


【エラー】


『……は?』


一瞬、意味がわからなかった。


打ち間違いかと思い、もう一度入力する。


【エラー】


『いやいや』


さらにやる。


【エラー】


『おい』


ちょっとイラつく。


今度は慎重に入力する。


一文字ずつ確認。


大文字。


小文字。


数字。


記号。


全部チェック。


完璧。


――決定。


【エラー】


『はああ!?』


思わず叫んだ。


なんだこれ。


バグか?


俺が悪いのか?


通信か?


アプリか?


意味がわからない。


だが、人間というのは不思議なもので。


数回失敗すると、逆に意地になる。


『いや、絶対できるだろこれ』


もう一度。


【エラー】


さらに。


【エラー】


もう一回。


【エラー】


気づけば半分ヤケになっていた。


意地。


執念。


ムキになった大人の末路である。


そして――十回目。


画面に表示されたのは。


【連続して失敗したため24時間後に再度お試しください】


「…………」


沈黙。


数秒後。


「は?」


声が漏れた。


いや、おかしいだろ。


そんなロックある?


不正アクセス対策?


いや、わかる。


わかるけど。


やる気満々だったタイミングでこれはキツい。


しかも翌日は就職前の貴重な休み。


イベント周回する気だった。


スタミナもかなり残っていた。


『……最悪だ』


どっと疲れが来た。


一気にやる気が消える。


もう今日はいい。


どうでもいい。


俺は半ばふてくされるように布団へ潜り込んだ。


そして――寝た。


次に目を覚ました時。


俺は、見知らぬ森の中にいた。


最初は混乱した。


当然だ。


草木が生い茂る薄暗い森。


湿った土の匂い。


耳元を飛び回る虫。


見たこともない植物。


日本じゃない。


というか地球感がない。


『……どこだここ』


しかも。


立ち上がろうとして気づく。


身体がおかしい。


短い手足。


低い視点。


肉球。


ヒゲ。


獣の耳。


『……』


理解した。


いや、理解したくなかった。


だが現実は残酷だった。


どうやら俺は――猫になってしまったらしい。


『なんでだよ……』


混乱した。


だが、少しずつ頭が冷えてくる。


目覚めたら異世界っぽい森。


猫の姿。


直前までゲーム。


……うん。


『異世界転生だこれ』


最近よくあるやつだ。


なら。


やることは決まっている。


お約束だ。


「にゃにゃーにゃ!『ステータスオープン!』」


言おうとした。


だが。


口から出たのは――


「にゃー」


完全な猫の鳴き声だった。


『……』


はい。


終了です。


猫、不便すぎる。


人語が喋れない。


これだけで難易度が爆上がりである。


軽く絶望していた、そのときだった。


――ピコン。


突然、目の前に光が浮かぶ。


『……ん?』


そこに現れたのは、一台のスマートフォンだった。


見慣れた形。


見慣れたケース。


日本で使っていた、俺のスマホそのもの。


しかも画面は起動している。


表示されていたのは――


《魔王ストリート》


のホーム画面だった。


『おおっ!?』


一気にテンションが上がる。


使える!


ちゃんと起動してる!


しかも操作できそうだ!


猫になったショックも忘れ、俺は夢中で画面を触った。


肉球でタップ。


使いづらい。だがちゃんと反応する。


『おお〜!すげぇ!』


地味に感動した。


スマホって肉球対応してるんだな……


画面を開く。


すると――ログインボーナス。


【魔晶石+5】


『おっ』


一日一回の配布。


見慣れた演出。


安心感すらある。


『良かった……』


肉球だと操作しづらい。


だが、使えるだけで十分だ。


この世界で唯一の文明レベルかもしれない。


……と。


安心した、その瞬間だった。


『ん?』


違和感。


『……あれ?』


ホーム画面。


所持キャラ。


施設。


プレイヤーレベル。


俺は、ゆっくり気づく。


『ちょっ……』


嫌な汗が出た。


『はあああああぁぁ!?』


思わず叫ぶ。


『マジかよおおおおお!!!』


PC版のデータが――


引き継ぎできてねえ!!!


そこにあったのは、長年育てた最強アカウントではない。


最初期状態。


チュートリアル直後レベルの、ほぼ何もないデータ。


『嘘だろ!?』


頭を抱えた。


いや、猫だから前足を抱えただけだが。


SSR軍団消失。


課金資産消失。


積み上げた時間消失。


『Oh……』


思わず空を見上げる。


なんということでしょう――。

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