26話 ゴブリンの長
ログインボーナス確認。
ステータス確認。
SPの消費確認。
念話の検証。
探索組の帰還。
朝からすでに情報量が多い。
『……三日目の朝から濃いな』
俺は大広間でスマホを見下ろしながら、軽く息を吐いた。
だが、まだ日課は終わっていない。
ソシャゲにおいて、ログイン後にやるべきこと。
それは――
『無料ガチャだ』
画面の端に、小さく光るアイコン。
【1日1回無料召喚】
うん。
これだよこれ。
無料という文字には、なぜこうも人を惹きつける力があるのか。
いや、今の俺は猫だけど。
『まあ、無料単発なんて大体しょっぱいけどな』
そう言いつつ、俺はしっかり期待していた。
人は無料ガチャに夢を見る。
無料でSSRが出た時の快感は異常だ。
出ないけど。
たいてい出ないけど。
俺はマジックハンド化した指で、召喚ボタンを押した。
【無料召喚を実行します】
【はい/いいえ】
『はい』
画面が光る。
大広間の空気が一瞬だけ震えた。
魔法陣が床に浮かび上がる。
何度見ても、この演出は少しテンションが上がる。
光が集まる。
ぐるぐると回る。
そして――
【☆1】
【R】
【ゴブリン】
【召喚完了】
『うん』
知ってた。俺は真顔になった。
『まあ、無料ガチャなんてこんなもんだよな』
大当たりではない。
むしろいつもの低レア。
ゴブリン。
いわゆる雑魚枠。
だが。
その瞬間――
「ギャッ!?」
大広間の端で、キャベツが変な声を上げた。
『ん?』
見ると、キャベツの身体が淡く光っていた。
足元から魔法陣のようなものが浮かび上がり
さっきの召喚演出と同じ光がキャベツへ吸い込まれていく。
「ギャ、ギャア!?」
キャベツが自分の身体をぺたぺた触る。
慌てている。
かなり慌てている。
『おい、どうしたキャベツ』
「ギャッ!?」
キャベツが呟いた。
「ひ、光ってる!」
光はしばらくキャベツの周囲を回り続けた。
そして、最後に胸元へすっと吸い込まれる。
次の瞬間。
ぽんっ。
妙に軽い音がして、光が弾けた。
【既存眷属“キャベツ”へ統合されました】
【キャベツ+2】
『……は?』
俺はスマホ画面を二度見した。
いや。
待て。
今、新しいゴブリンは出てこなかった。
代わりに、キャベツが強化された。
『統合……?』
前にダブりが出たら重ねて強化するのかもとは思っていた。
ソシャゲならよくある仕様だ。
同じキャラを引いたら、限界突破。
凸。
重ね。
だが今回は、俺が操作する前に勝手に処理された。
キャベツがぼんやりとした顔で立っている。
いや。
よく見ると、少し大きくなっていた。
最初に召喚された頃は
小学生くらいの大きさしかなかった。
今は違う。
背丈は小柄な成人男性くらいある。
痩せていた身体も、少しだけがっしりしていた。
目つきも、前より落ち着いている。
相変わらずキョロキョロはしているけど。
『……でかくなってないか?』
「ギャ?」
キャベツが首を傾げる。
それから自分の腕を見た。
「お、おれ……」
「大きい?」
『喋り方もかなり変わってるな』
「野菜、もっと守れる!」
『基準そこかよ』
キャベツは真剣だった。
本当に真剣だった。
食料庫の番人としての自覚が強すぎる。
近くで見ていたモエが、ぱちぱちと拍手する。
「キャベツ成長じゃーん♡」
「ちょっと頼れる感じ出てきたー!」
キャベツは照れたように胸を張った。
「おれ、頼れる!」
その後ろで、ピーマンが妙に悔しそうな顔をしていた。
「ギャギャ……」
『なんだピーマン』
「キャベツだけ、でかい……」
『ライバル意識そこにも出るのか』
本当に分かりやすいやつだ。
◇
俺はスマホ画面を改めて確認する。
【キャベツ】
【ゴブリン+2】
【レベル:20】
【状態:良好】
『レベルも20か』
俺と同じ。
つまり、今の上限まで育っている。
黒樹海周辺なら、かなり強い部類のはずだ。
少なくとも、最初に森で怯えていた頃とはまるで違う。
『しかし……』
俺は顎に手を当てる。
いや、猫の顎に人間の手を当てると絵面がだいぶ気持ち悪いな。
まあいい。
『ダブり召喚が勝手に統合されたな』
どういうことだ?
前は普通に新しい個体が出ていた。
なのに今回は、既存のキャベツに吸収される形になった。
俺が何か設定した覚えはない。
『……もしかして』
昨日、俺は考えた。
ガチャで召喚される者達は、この世界の住人なのではないか。
だとしたら、これは誘拐ではないのか。
ゲームなら笑える。
だが現実で考えると、普通にヤバい。
その違和感を俺が持った。
それでシステム側が変わった?
『……いや、まさかな』
考えすぎかもしれない。
でも。
現実に、今キャベツは強化された。
新しいゴブリンは出てこなかった。
少なくとも、無駄に知らない個体を増やさずに済んだ。
『まあ……誘拐だのなんだの考えずに済むなら楽でいいか』
便利。
かなり便利。
倫理的にも胃に優しい。
俺は深く考えないことにした。
こういうのは考えすぎるとハゲる。
いや、今は猫だからハゲないかもしれないけど。
◇
キャベツはまだ自分の身体を確認していた。
腕を曲げたり。
足踏みしたり。
妙に真面目な顔で頷いたり。
「ギャ……」
「動ける」
『そりゃ動けるだろ』
「前より、力ある」
そう言ってキャベツは近くにあった木箱を持ち上げた。
以前なら引きずるだけで精一杯だった箱だ。
それを、今は普通に抱えている。
『おお』
普通に成長している。
低レアでも重なると強くなる。
これは育成ゲームとしてかなり気持ちいい。
ピーマンがむっとした顔で弓を握る。
「おれも……強い」
『お前も強いよ。遠くからなら』
「ギャッ!」
褒めたつもりだったが、微妙な顔をされた。
リリンが小さく笑う。
「……キャベツさん、頼もしくなりました……」
その言葉に、キャベツが分かりやすく照れた。
「おれ、守る」
何をとは言わない。
たぶん食料庫だ。
◇
そこで俺は、ふと思いついた。
『なあ、キャベツ』
「ギャ?」
キャベツがこちらを見る。
『お前、ゴブリンだよな』
「ゴブリン」
『近くにゴブリンの集落とか、仲間とか、いると思うか?』
キャベツは少し考える。
キョロキョロと視線を泳がせた後、鼻をひくひくさせた。
「たぶん、いる」
『喋れるのか?』
「少し」
『交渉できると思うか?』
キャベツは少し不安そうにした。
だが、すぐに胸を張る。
「やる」
『おお』
思ったより前向きだ。
+2になって、少し自信がついたのかもしれない。
俺はスマホを見ながら考える。
ガチャで仲間を増やす。
それは強い。
確実にシステム対象の眷属が増える。
だが、魔晶石は貴重だ。
施設拡張にも使う。
SP回復にも使う。
今後は城の維持や強化にも必要になるかもしれない。
なら。
現地の魔族や魔物を仲間にする方法があるなら、それも試す価値がある。
もちろん、ガチャで召喚された眷属と同じ扱いになるかは分からない。
レベルやバフの対象になるのか。
念話が届くのか。
スマホのシステムに認識されるのか。
何も分からない。
だが。
それでも、配下や協力者として加わってくれるなら大きい。
『魔晶石を使わずに人手が増えるかもしれないわけだ』
かなり重要だ。
しかも、周辺のゴブリンが味方になれば、黒樹海の情報も入る。
道。
水場。
危険な魔物。
他の集落。
そういう現地情報は、スマホのマップだけでは分からない可能性がある。
『悪くないな』
むしろ、魔王軍っぽい。
現地勢力を取り込む。
支配というか、保護というか。
◇
『よし』
俺はキャベツを見る。
『キャベツ、お前に任務だ』
「ギャッ!」
キャベツが背筋を伸ばす。
『周辺探索ついでに、近くのゴブリンを探してこい』
「ゴブリン、探す」
『できれば話をして、こっちに敵意がないことを伝える』
「話す」
『無理そうなら逃げろ』
「逃げる」
『そこは即答なのかよ』
まあ大事だ。
死なれるよりずっといい。
キャベツは真剣な顔で頷いていた。
たぶん内容の半分くらいしか分かってない。
でもやる気はある。
その時、ピーマンが一歩前に出た。
「ギャギャ!」
「おれも行く!」
『お前も?』
「ゴブリン!」
「弓!」
「強い!」
自分を指差しながら、妙にキメ顔をしている。
言いたいことは分かる。
同じゴブリン系だし、戦闘面でも支援できる。
それに、キャベツ一人だと不安だ。
『そうだな』
『ピーマンも一緒に行け』
「ギャ!」
ピーマンが嬉しそうに弓を掲げる。
だが俺は釘を刺した。
『ただし、接近されたら無理するな』
ピーマンは一瞬固まった。
「……ギャ」
目を逸らした。
おい。
『キャベツを置いて逃げるなよ』
「ギャッ!?」
今度は全力で首を振った。
信用していいのか不安だ。
でもまあ、ピーマンはイキるだけで、仲間を見捨てるタイプではない……と思いたい。
キャベツがピーマンを見た。
「ピーマン、逃げるな」
「ギャッ!?」
おお。
キャベツが注意している。
しかも普通に会話している。
+2すごいな。
『やっぱり喋れるようになると便利だな』
◇
俺は二人の前に立つ。
いや、正確には猫なので見上げる形になる。
威厳はない。
だが気持ちは魔王である。
『お前達は充分強くなった』
キャベツが真剣な顔になる。
ピーマンも弓を握り直した。
『この辺りの弱い魔物相手なら、そう簡単にはやられないはずだ』
『でも無茶はするな』
『危険なら戻れ』
『敵を倒すより、生きて帰る方が大事だ』
二人は頷いた。
「ギャ!」
「わかった!」
「ギャギャ!」
「まかせろ!」
少し不安だ。
かなり不安だ。
だが、任せるしかない。
いつまでも全員を城の中に置いておくわけにはいかない。
探索。
交渉。
情報収集。
これからは、戦闘以外の仕事も必要になる。
キャベツには、その最初の一歩を任せたい。
『行ってこい』
俺がそう言うと、キャベツは胸を張った。
「ギャ!」
「ゴブリン、まとめる!」
『そこまで言ってない』
いきなり長になる気か。
いや。
でも、悪くないかもしれない。
キャベツはゴブリン+2。
レベル20。
今の黒樹海入口周辺なら、かなりの強者だ。
近隣のゴブリンから見れば、普通に頼れる存在かもしれない。
『……まあ、できそうならやってみろ』
「ギャ!」
キャベツの目が輝く。
ピーマンも横でキメ顔をした。
「おれも、緑の代表!」
『それは関係ない』
二人は意気揚々と大広間を出ていく。
その背中を見送りながら、俺は小さく呟いた。
『……大丈夫かな』
少し不安だった。
だが同時に、少し楽しみでもある。
もしこれで近隣のゴブリンと接触できれば。
俺の魔王城は、ただの拠点ではなくなる。
周囲の勢力を巻き込む、本当の意味での“魔王領”に近づくかもしれない。
魔晶石で引く眷属。
現地で出会う配下。
その二つをどう使い分けるか。
これからの課題だ。
『……なんか、魔王っぽくなってきたな』
猫だけど。
俺は二人が出ていった扉を見つめながら、そんなことを思った。
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