21話 新衣装 ☆
『……さて』
大広間へ戻り、俺は椅子の上へ飛び乗る。
城の中は静かだった。
だが、静かなだけじゃない。
どこか落ち着く。
食堂からは、ほんのり料理の匂い。
廊下の向こうからは、眷属たちの足音。
少し前まで森をさまよっていたとは思えない。
『……完全に生活空間だな』
そう呟いた時。
ふと、リリンが自分の服の裾を見下ろしていることに気づく。
探索。
戦闘。
風呂。
そしてまた探索。
当然だが――
服は同じままだ。
『……あ』
そういえば。
身体は綺麗になった。
だが服は違う。
『これ普通に困るな』
しかも。
探索へ出たせいで、また少し汚れている。
『後でみんな風呂行かせるか……』
大浴場なら全員入れるだろう。
だが。
『先に服だな』
スマホを開く。
【魔晶石:30】
『減ってきたなぁ……』
施設を増やすたびに石が飛ぶ。
地味に重い。
だが、必要経費だ。
【施設】
スクロール。
【衣装室】
『やっぱあるのか』
必要魔晶石:10
『……行くか』
タップ。
次の瞬間。
城の奥で光が走った。
◇
『……でかっ』
衣装室へ入った瞬間、思わず声が漏れる。
広い。
とにかく広い。
普通の家どころじゃない。
店。
いや、デパートレベルだ。
左右に並ぶ大量の棚。
ハンガー。
服。
靴。
アクセサリー。
帽子。
化粧品。
香水。
見たことのない装飾品まで並んでいる。
『なんだここ……』
「わぁ〜♡」
最初に飛び込んでいったのはモエだった。
「すごーい!」
「服いっぱいあるー♡」
次々に服を持ち上げてはしゃいでいる。
「これかわいー!」
「こっちはえっち〜♡」
『危なそうなの戻せ』
この城、絶対趣味入ってる。
リリンは逆に、おろおろしていた。
「……すごいです……」
(いっぱいあります……)
量が多すぎて困っているらしい。
ゼフィーは静かに棚を眺めていた。
「面白いですわね……」
黒いドレスを指先で撫でる。
「王都にも様々な衣装文化はありますけれど、ここまで種類豊富なのは初めて見ましたわ」
『なんか現代っぽい服もあるな』
「現代ですか?」
ゼフィーが首を傾げる。
『俺がいた世界のことだ』
「……?」
一瞬、空気が止まる。
モエが服を抱えたまま固まり。
リリンも、きょとんとした顔でこちらを見る。
そして。
「……何を言ってますの?」
ゼフィーが、少し困ったように微笑む。
「まるで、魔王さまがこの世界の出身ではないような言い方ですわ」
『その通りだぞ?』
「……」
今度こそ、本当に静かになった。
『別に隠してたわけじゃないけどな』
俺は肩をすくめる。
『気づいたら、この森にいたんだ』
『その前は、別の世界で普通に暮らしてた』
「……別世界……」
リリンが呟く
「ねこさんの世界……?」
『いや、人間だったからな!?』
思わずツッコむ。
「……えっ」
リリンだけじゃない。
モエも。
ゼフィーも。
ぴたりと動きを止めた。
「……人間?」
モエが、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
「え、スケベちゃん元人間なの!?」
『言ってなかったか?』
「聞いてない聞いてない♡」
「急に情報量多いんだけど!?」
モエがつっこむ。
リリンも混乱していた。
「ま、まおーさま……」
「ねこさんじゃなかったんですか……?」
『魔王だからな!?』
そこは重要だ。
非常に重要。
ゼフィーが、じっとこちらを見る。
金色の瞳が細められる。
「……なるほど」
「だから“現代”などという言葉を使っていたのですわね」
ゼフィーが意味深に呟く。
つまり。
本当に別世界らしい。
『まあ、俺も最初は混乱したけどな』
『ゲームやってたら、気づいたら森で猫になってたし』
「意味わかんなすぎる〜♡」
モエが笑う。
だがその顔は、少しだけ真剣だった。
「でも、なんか納得かも」
『何が?』
「だってスケベちゃん、変だし」
『悪口か?』
「褒めてる♡」
絶対違う。
リリンが、おずおずと近づいてくる。
「……じゃあ」
『ん?』
「……まおーさま、本当は……」
「もっと大きかったんですか……?」
『人間だったからな』
「……!」
リリンが、ちょっとショックを受けた顔をした。
『なんだその反応』
「……いえ」
「なんとなく、ずっと猫さんだと思ってました……」
『お前ら全員そう思ってたのかよ』
猫が、こんな感情豊かな訳ないだろ。
いや、それは偏見か…?
まあ今は完全に黒猫だ。
モエが吹き出す。
「くくっ……」
「元人間なのに、今みんなに撫でられてるのウケる♡」
『やめろ。自覚するとダメージ入る』
特にゼフィー。
あの撫で方、妙に慣れてるんだよな。
ゼフィーが、くすりと笑った。
「ですが、不思議ですわね」
「異界の人間が、猫の魔王になるなんて」
『俺が一番そう思ってる』
「ふふ」
ゼフィーは、静かに微笑む。
「ですが……」
「魔王さまの力が規格外なのも納得ですわ」
『俺だって、まだ意味わかってねぇし』
スマホを見る。
魔王ストリート。
ガチャ。
SP。
経験値。
城。
どう考えても、この世界の常識じゃない。
『むしろ、俺の方が聞きたいくらいだ』
『なんで猫になって魔王やってんのか』
「……ぷっ」
最初に吹き出したのはモエだった。
「た、確かに〜♡」
「急に猫魔王とか意味わかんないし♡」
『笑うな』
「だって面白いんだもん♡」
モエがけらけら笑う。
その空気で、少しだけ場が緩んだ。
だが。
ゼフィーは、まだこちらを見ていた。
小さく呟く。
「それにしても、魔王さまの力は妙なのですわね」
『妙ってなんだ』
「戦闘後に傷が癒えるのも異常ですし……」
ゼフィーが、ゆっくりと微笑む。
「魔王様の能力は凄いですけど、ご自身が弱いなんて有り得ない。」
「でも異界からの魔王、と考えれば常識が通じないのも納得できますわ」
『納得されても困る』
「ふふ」
ゼフィーは楽しそうだった。
「魔王さまの知識が反映されているのかもしれませんわね」
『やめろ、ちょっと怖い』
その時。
「……あの」
リリンが、おずおずと前に出てくる。
小さな両手で何かを抱えていた。
『ん?』
「これ……」
差し出されたのは――
首輪だった。
黒い革。
金色の金具。
中央には紫色の宝石。
妙に高級感がある。
『……首輪か』
「……ねこ、なので……」
少し照れたように目をそらす。
すると、横からモエが吹き出した。
「だって猫じゃん♡」
『魔王だ』
「でも猫じゃん♡」
ぐぬぬ。
リリンが、ちらちらこちらを見ている。
どうやら付けてほしいらしい。
『……』
少し悩む。
だが、普通にかっこいい。
『……まあ、いいか』
装着。
カチリ。
「……!」
リリンの顔がぱっと明るくなる。
「……かっこいいです……!」
『そうか?』
「はい……!」
ゼフィーも、くすりと笑った。
「ふふ。よくお似合いですわ♪」
鏡を見る。
黒猫。
紫宝石付き首輪。
……うん。
完全に高級飼い猫である。
魔王の威厳とは……
◇
しばらくして。
それぞれ衣装を眺め始めた頃。
リリンが、おずおずとこちらへ近づいてきた。
「……まおーさま」
『ん?』
「……まおーさまって、どんな服が好きなんですか……?」
『……は?』
予想外だった。
リリンが少し不安そうに視線を揺らす。
「その……せっかくなので……」
『……』
考える。
魔王。
眷属。
服。
『……やっぱ、あれだな』
「……?」
『メイド服』
一瞬、空気が止まる。
「……めいどふく?」
モエが首を傾げる。
ゼフィーも知らないらしい。
『高貴な奴に仕えて、給仕するための服だ』
「へぇ〜♡」
「なるほど……」
「興味深いですわね」
意外と反応が良かった。
『……あるのか?』
試しに探す。
そして。
『あるじゃねえか……』
しかも種類が多い。
クラシック。
フリル多め。
ドレス風。
ロング。
ミニ。
完全にコスプレ寄りのものまである。
『幅広すぎるだろ……』
悩んだ末。
俺は、黒を基調にした落ち着いたデザインを選ぶ。
フリルはある。
だが派手すぎない。
上品寄り。
リリンに似合いそうだった。
◇
数分後。
「……ど、どうですか……?」
リリンが、そっと出てくる。
『……』
言葉を失う。
黒いメイド服。
白いフリル。
小さなエプロン。
ピンク髪との相性が妙にいい。
サイズもぴったりだった。
『……似合ってる』
「……!」
リリンの顔が、一気に明るくなる。
その瞬間。
ピコン。
スマホが鳴った。
『……ん?』
画面を見る。
そして固まる。
【新衣装が解放されました】
【SSR】☆4
【リリン(メイド服)】
『……は?』
さらに。
リリンの身体が、淡く光る。
空気が変わる。
魔力。
気配。
明らかに強くなっていた。
「ま、まおーさま……?」
リリン本人も困惑している。
だが、スマホ表示は変わらない。
【SSR】☆4
【リリン(メイド服)】
『いや待て待て待て』
服着替えただけだぞ!?
脳裏に、前世の記憶がよぎる。
ソシャゲ。
限定衣装。
新キャラ。
推し。
天井。
限界突破。
『……そういやソシャゲって、新衣装出ると強いよな』
でも普通。
ゲームの話だろ。
現実でやるな。
『着替えるだけで強化って……チートすぎるだろ……』
モエが目を輝かせる。
「え、やば!」
「めっちゃ面白いじゃんそれ!」
ゼフィーも興味深そうにしている。
「衣装による強化……」
「魔王さまの力、本当に規格外ですわね」
『俺も把握してない力だけどな…』
だからこそ
『とりあえず検証だな』
こうなったら試すしかない。
◇
結果。
どんな服でも強化されるわけではなかった。
メイド服。
チャイナドレス。
ハロウィン衣装。
サンタ服。
水着。
そういう“イベント系衣装”ほど、強化されやすい。
逆に普通の服では変化なし。
『……完全にソシャゲ仕様だな』
頭が痛い。
いや。
便利すぎるんだが。
『【施設】衣装室……』
スマホを見る。
『これ、神システムでは?』
服の数は膨大。
つまり。
今後も色々試せる。
『……時間ある時、みんなで着せ替えするか』
「ファッションショーだ〜♡」
モエがテンションを上げる。
リリンは鏡の前で、少し照れながらくるりと回っていた。
ゼフィーは静かに微笑む。
「ふふ。女性はおしゃれが好きですもの」
どうやら。
それは魔界でも同じらしい。




