20話 検証と、増えていく居場所
『……疲れた』
帰り道。
行きは自分で歩いた。
だが、帰りは違う。
現在、俺は――
「うふふ♪」
ゼフィーに抱えられていた。
完全に抱っこである。
猫抱っこ。
いや、魔王抱っこ。
……どっちにしろ締まらない。
『……下ろせ』
「嫌ですわ♡」
即答だった。
『なんでだよ』
「だって魔王さま、こんなに可愛らしいんですもの♪」
『可愛いとか言うな。俺は魔王だぞ』
「ええ。可愛らしい魔王さまですわ」
『悪化しただけじゃねえか』
ゼフィーが、くすくすと笑う。
そして、俺の頭を指先で撫でた。
なでなで。
なでなで。
『……』
やめろ。
そう言いたい。
言いたいのだが――
(……いや待て)
(近い)
ゼフィーの腕の中。
柔らかい。
あたたかい。
それに、妙に甘い匂いがする。
香水か?
いや、魔族だから体臭なのか?
どっちでもいい。
めちゃくちゃいい匂いだ。
『……下ろせ』
口ではそう言う。
だが内心では――
(これはこれで……悪くない)
と思っていた。
いや違う。
別に嬉しいわけじゃない。
これは魔王として、眷属の状態を確認しているだけだ。
距離が近いのも仕方ない。
ゼフィーが勝手に抱えているだけだ。
俺は悪くない。
「魔王さま、先ほどから随分お静かですわね?」
『うるせぇ』
「ふふっ。照れていらっしゃる?」
『照れてない』
たぶん猫の顔じゃなかったら、かなり危なかった。
猫でよかった。
いや、よくはないが。
その横で、リリンがむーっと頬を膨らませていた。
「……ゼフィーばっかり、ずるいです……」
「まあ♪」
ゼフィーが楽しそうに微笑む。
「リリン様も、魔王さまを抱っこなさいます?」
「だ、抱っこは……」
リリンがちらりと俺を見る。
目が合う。
すぐ逸らす。
「……なでるだけで、いいです……」
小さい声で言った。
『……帰ったらな』
「……!」
リリンの顔が、ぱあっと明るくなる。
わかりやすい。
その後ろで、モエがニヤニヤしていた。
「スケベちゃん、完全にモテ猫じゃーん♡」
『魔王だ』
「モテ魔王?」
『響きが軽い』
「でも嬉しそうじゃん」
『嬉しくねぇ』
嘘である。
ちょっと嬉しい。
いや、かなり嬉しい。
だがそれを認めたら負けな気がする。
そんなくだらないやり取りをしているうちに――
魔王城が見えてきた。
黒い石壁。
巨大な城門。
薄暗い森の中にそびえるその姿は、何度見ても異様だ。
さっきまで森だった場所に、いきなり現れた城。
普通に考えればおかしい。
だが、もう驚くのにも疲れてきた。
『……戻ってきたな』
ギィィィ……。
俺たちが近づくと、城門がひとりでに開いた。
相変わらず自動だ。
「……何度見ても、不思議ですわね」
ゼフィーが目を細める。
「まるで城そのものが、魔王さまを迎えているようですわ」
『俺の城だからな』
言ってから、少しだけ変な気分になる。
俺の城。
まだ実感は薄い。
だが、ここは間違いなく俺の拠点だ。
中へ入る。
すると――
「ガウ!」
最初に駆け寄ってきたのは、ガウだった。
その後ろから、キャベツ、ピーマン、グミ、フラン、ブモ、カルシウム、コロ、ホネ、オバッキー、ちび助たちも集まってくる。
どうやら、別行動していた探索グループも無事に戻ってきていたらしい。
『全員いるな』
少し安心する。
キャベツは落ち着きなく周囲を見回しながらも、何かを抱えている。
ピーマンは妙にキメ顔で、黒い牙のようなものを差し出してきた。
コロは尻尾をぶんぶん振りながら、俺に褒められるのを待っている。
ホネはカタカタと骨を鳴らしていた。
グミはぷるぷる震えながら、小さな魔石のようなものを体内に取り込んでいる。
フランは無表情で、何かの布切れを持っていた。
ブモは大きな腕で、まとめて戦利品らしきものを抱えている。
カルシウムは姿勢よく立っていた。
なぜか戦利品をきっちり種類ごとに並べている。
『……お前、几帳面だな』
「カルちゃん、めっちゃ仕事できるじゃん」
モエが感心したように言う。
カルシウムはカタ、と顎を鳴らした。
返事なのかそれ。
『……ん?』
そこで、俺は違和感に気づく。
スマホを開く。
【SP:0/55】
『……ゼロ?』
森を出る時、少しだけ残っていたはずだ。
たしか中途半端に三くらい残っていた。
だが今はゼロ。
『……なるほどな』
探索組を見る。
全員、大きな怪我はない。
疲労もそこまで見えない。
つまり――
『離れていても、必要SPがあれば消費されて回復するのか』
戦闘後回復。
あれは俺が近くにいなくても発動するらしい。
ただし、SPは俺のものを使う。
『便利だけど……怖いな』
こいつらが離れた場所で勝手に戦い続ければ、その分SPが削れる。
SPが尽きたら回復しない。
さっき森で試した通りだ。
『……管理しないと危ないな』
コロが俺の足元に寄ってくる。
褒めろと言わんばかりに尻尾を振っている。
『よしよし。無事で偉い』
「くぅん!」
コロが嬉しそうに鳴く。
ホネも近づいてきた。
撫でる場所に迷ったが、とりあえず頭蓋骨を軽く撫でる。
カタカタカタカタッ。
しっぽの骨だけ高速で揺れた。
『お前も嬉しいのか……』
骨なのに感情がわかりやすい。
ゼフィーがその様子を見て、少し目を細めた。
「魔王さまは、眷属にお優しいのですわね」
『普通だろ』
「普通ではありませんわ」
『そうか?』
よくわからない。
俺としては、無事に戻ってきたなら褒めるくらい普通だと思うのだが。
魔界基準だと違うのかもしれない。
『まあいい。戦利品を見せてみろ』
キャベツ達が持ってきたものを床に並べる。
黒い牙。
小さな魔石。
錆びたナイフ。
何かの皮。
よくわからない赤い木の実。
『ドロップ品っぽいな』
スマホを操作する。
アイテム欄を開く。
まず、黒い牙に触れる。
淡い光が走る。
黒い牙が、すっと消えた。
【黒牙狼の牙×2】
アイテム欄に追加されている。
『おお』
モエが目を丸くした。
「収納系じゃん。便利〜」
『ドロップ品は収納できるみたいだな』
続いて、小さな魔石。
【魔素石(小)×1】
錆びたナイフ。
【鉄のナイフ(劣化)×1】
皮。
【粗悪な獣皮×1】
問題なく入る。
『なるほど』
ならば。
俺は近くに落ちていた草を拾った。
『これはどうだ?』
スマホを操作する。
反応なし。
『駄目か』
次に葉っぱ。
駄目。
小石。
駄目。
枝。
駄目。
ちび助がニヤニヤ笑う。
「ケケッ! 魔王サマでも草は入れられねーのかよ!」
『お前も収納してやろうか』
「ひぃっ!?」
ちび助が即座にキャベツの後ろへ隠れた。
格上には弱い。
わかりやすいやつだ。
『……命名してから、だいぶ自我が出てきたな』
最初はただの魔物だった。
だが今は違う。
笑って。
怯えて。
ふざけて。
それぞれが、ちゃんと“個”になり始めている。
『つまり収納できるのは、システムが認識した物だけか』
ドロップ品。
召喚品。
装備品。
たぶん、そのあたり。
そこら辺の自然物は駄目。
『制限あるな』
「でも、その方がいいかもねー」
モエが言う。
「なんでも収納できたら、その辺の岩とか木とか全部しまえちゃうじゃん。普通にやばくない?」
『確かに』
妙なところでゲームバランスが働いている。
便利だが、万能ではない。
その線引きは大事だ。
◇
しばらくして。
城の大広間。
俺は眷属たちを集めた。
広い空間に、ずらりと並ぶ魔物たち。
キャベツ。
コロ。
ホネ。
ピーマン。
オバッキー。
ちび助。
ガウ。
グミ。
フラン。
ブモ。
カルシウム。
そして。
リリン。
モエ。
ゼフィー。
『……増えたなぁ』
改めて見ると、かなりの人数だ。
最初はリリンだけだった。
それが今では、こんなに賑やかになっている。
人じゃない奴の方が多いが。
まあ、魔王軍らしいと言えば魔王軍らしい。
『よし。今回わかったことを整理する』
スマホを開く。
画面を確認しながら、ひとつずつ考える。
『まず、離れていても俺に経験値は入る』
これは大きい。
探索組が戦った分も、俺の経験値に入っていた。
つまり――
眷属が活動しているだけで、俺も成長する。
俺自身が戦わなくても、だ。
『……これ、完全にプレイヤー仕様だな』
俺はユニットではない。
どちらかと言えば、アカウント側。
眷属が戦えば、プレイヤーレベルが上がる。
そう考えると、かなりしっくり来る。
しかも。
『俺、城でスマホぽちぽちしてるだけでレベル上がるのか……?』
やばくない?
『放置でレベル上がるとか神じゃん』
思わず笑う。
いや、待て。
めちゃくちゃ楽だぞこれ。
戦闘は眷属。
俺は指示。
経験値は共有。
『魔王ストリート、放置ゲーじゃなかったよな?』
なんで異世界来たら放置育成ゲームになってんだ。
意味がわからない。
だが――
嫌いじゃない。
むしろ最高だ。
『寝てる間にレベル上げとか、効率良すぎだろ……』
完全にゲーマー思考である。
その横で、モエが若干引いた顔をしていた。
「スケベちゃん、顔ニヤけてるよ?」
『ニヤけてない』
「いやニヤけてるって」
『……まあ、ちょっとテンション上がっただけだ』
かなり上がってる。
だって、城でダラダラしてるだけで強くなる可能性があるのだ。
最高では?
『ただし、眷属の経験値は個別っぽい』
気を取り直して続ける。
今回戦闘した探索組には変化がある。
だが、城で待機していた奴らには大きな変化はない。
つまり。
眷属は個別レベル制。
戦った奴が育つ。
『……でも、役割によっては経験値が入る可能性もあるな』
索敵。
見張り。
盾。
支援。
そういう貢献が経験値判定されるかは、まだわからない。
今後検証が必要だ。
もし入るなら。
『生産職とか拠点組も育成できる』
かなり大きい。
戦闘だけが全てじゃなくなる。
『次にSP』
ここが一番重要だ。
『離れていても、必要SPがあれば自動で消費されて戦闘後回復が発生する』
だから探索組は無事に戻ってきた。
俺の近くにいなくても、システムの恩恵は受けられる。
ただし――
『俺のSPが足りないと、回復しない』
ここは危険だ。
システム戦闘後の回復がない状態で連戦すれば、普通に傷も疲労も残る。
『SPは命綱だな』
便利だ。
だが万能じゃない。
そこを勘違いすると死ぬ。
リリンが小さく手を挙げた。
「まおーさま」
『ん?』
「つまり……SPがない時は、むりしちゃだめってことです……?」
『そういうことだ』
「……わかりました」
リリンは素直に頷いた。
偉い。
だが同時に――
『逆に言えば』
スマホを見る。
【SP:0/55】
『俺のプレイヤーレベルが上がれば、SP上限も増える可能性が高い』
つまり。
SPが多いほど。
戦闘回数も増える。
回復回数も増える。
探索効率も上がる。
『……重要なの、俺のレベルだなこれ』
眷属達に頑張ってもらう。
俺はその経験値を共有して成長する。
プレイヤーレベルを上げる。
SP上限を増やす。
さらに長時間活動できるようになる。
『完全に効率ゲーじゃねえか』
めちゃくちゃ楽しくなってきた。
「……なんか悪い顔してます」
リリンが少し引いた顔をする。
『してない』
「してますわね♪」
ゼフィーが楽しそうに笑う。
『いや、でも実際かなり重要だぞこれ』
SPが増えれば、全員の生存率が上がる。
戦闘回数も増える。
経験値効率も上がる。
つまり――
『皆に頑張ってもらって、俺が成長するのが一番効率いい』
完全にプレイヤー思考だった。
「スケベちゃん、急にゲーム脳全開じゃん♡」
『元からだ』
むしろ、異世界来てから加速している気がする。
ゼフィーを見る。
ゼフィーは、少しだけ不思議そうに首を傾げた。
『お前もだぞ』
「……?」
『無茶して突っ込むなって話だ』
すると。
ゼフィーは、くすりと笑った。
「魔王さま」
「戦闘後に回復しないなど、本来は当たり前ですわ?」
『……あ』
「傷は残るものですし、疲労も蓄積します」
「むしろ、戦うたびに回復する魔王さまの力が異常なのですわ」
そう言って、ゼフィーは楽しそうに微笑む。
「魔王さまは、少々過保護すぎますわね♪」
『いや、死なれたら困るだろ』
「うふふ」
ゼフィーが目を細める。
「ですが、わたくしはまだまだ戦えますのよ?」
そう言って胸を張る。
実際、さっき暴走していたとは思えないほど余裕そうだ。
上位悪魔。
やはり基礎スペックが高い。
だが――
『それでもだ』
俺はスマホを軽く振る。
『SP切れたら回復しない。つまり長期戦になるほど危険ってことだ』
「……まあ」
ゼフィーが少しだけ感心したような顔をする。
『レベル上がってテンション上がるのは分かるけどな』
「っ……」
一瞬。
ゼフィーが気まずそうに視線を逸らした。
図星らしい。
リリンが小さく頷く。
「……ゼフィー、すごかったです……」
「お、お恥ずかしいですわ……」
ゼフィーが小さく咳払いをする。
そのまま、すっと視線を逸らした。
だが――
耳だけ、ほんの少し赤い。
『……反省してるのか怪しいな』
「し、していますわ」
少し間があった。
『今考えたろ』
またレベルアップしたら暴走しそうな気もする…
注意しておこう。
『あと、SPがないと敵を呼び寄せられない』
戦闘開始ボタンは灰色になる。
つまり、あのボタンは単なる便利機能じゃない。
安全に敵を発生させる機能。
そして戦闘後回復まで含めた、初心者保護みたいなものだ。
『……改めて考えると、かなり親切設計だな』
だが同時に。
システムの外に出ると、普通に魔界だ。
弱肉強食。
傷も残る。
疲労も残る。
そこを間違えると死ぬ。
『検証は大事だな』
俺がそう呟くと、モエが肩をすくめた。
「スケベちゃん、意外と真面目だよね」
『意外とは余計だ』
「でもさー、ゲームっぽいけど、死んだら終わりっぽいもんね」
『そういうことだ』
モエは軽い。
だが、理解は早い。
こういう時、意外と頼りになる。
『……あと、収納か』
俺は先ほどの結果を思い出す。
『ドロップ品や召喚アイテムは収納できる。だが、その辺の草や石は無理』
「システムに認められたものだけ、ということですわね」
ゼフィーが言う。
『たぶんな』
『つまり、世界そのものを好き勝手に収納できるわけじゃない』
これは制限だ。
だが、制限があるからこそ使い方も見える。
ドロップ品の管理。
装備の保管。
素材収集。
そこには使える。
『よし。検証終わり』
大広間に、少しだけ空気が緩む。
キャベツは落ち着きなく左右を見ている。
コロは俺を見て尻尾を振っている。
ホネはカタカタしている。
ピーマンはなぜか弓を構えてキメ顔をしている。
オバッキーはモエから距離を取ってふよふよ浮いている。
ちび助は調子に乗りかけて、ゼフィーの視線を感じた瞬間に黙った。
ブモは座ったまま腕を組んでいる。
フランはぼんやり立っている。
カルシウムは床に落ちた小さなゴミを拾っていた。
『……自由だな、お前ら』
だが、不思議と嫌ではない。
むしろ。
『軍団っぽくなってきたな』
そう思った。
◇
『さて』
検証も終わった。
次は生活面だ。
『モエとゼフィーに城を案内するか』
「おっ、待ってました〜♡」
モエがぴょんと立ち上がる。
「うち、自分の部屋とか欲しかったんだよねー」
「まあ。部屋までいただけるのですか?」
ゼフィーが少し目を細める。
『この広さだぞ。余ってるだろ』
実際、魔王城は広すぎる。
俺一人と眷属数十体程度では、到底使いきれない。
『好きに使え』
「太っ腹〜」
『猫だけどな』
「自分で言うんだ」
モエが笑う。
リリンは少しそわそわしていた。
自分の部屋ができた時のことを思い出しているのかもしれない。
俺たちは大広間を出て、廊下を進む。
赤い絨毯。
黒い石壁。
高い天井。
窓の外には、薄暗い森。
外は相変わらず不気味なのに、城の中は暖かい。
空気が違う。
ここだけ切り離されているような感覚。
魔王領域内限定の楽園。
そんな言葉が、ふと頭に浮かぶ。
飯がうまい。
暖かい。
安全。
ベッドがある。
部屋も、各々に合わせて快適に整えられる。
『……便利すぎるな』
だが、外は魔界。
一歩出れば弱肉強食。
その差があるからこそ、この城の異常さがわかる。
「まおーさま?」
リリンが首を傾げる。
『いや。なんでもない』
歩いていると、ふわりと光が灯った。
廊下の先。
ひとつの扉に、淡い光が集まっていく。
『来たな』
リリンの時と同じだ。
扉が、ゆっくりと開く。
最初に中へ飛び込んだのはモエだった。
「うわっ、なにここ!?」
部屋の中は、明るかった。
大きなベッド。
ふかふかのクッション。
鏡台。
服をしまう棚。
妙におしゃれな照明。
全体的に、どこか派手で可愛い。
黒とピンクの差し色。
小悪魔っぽい飾り。
モエの雰囲気に妙に合っている。
『……完全にモエ仕様だな』
「やば♡」
モエは目を輝かせる。
「めっちゃいいじゃん! うちの部屋って感じする!」
そのままベッドへダイブした。
ぼふん、と柔らかい音。
「ふかふか〜♡」
『はしゃぎすぎだろ』
「だってさー、召喚されたと思ったら魔王城だよ? しかも自分の部屋つきとか、普通テンション上がるって」
まあ、それはそうか。
モエはベッドの上でごろごろしている。
完全にくつろいでいる。
『気に入ったなら使え』
「ありがと、スケベちゃん♡」
『魔王様と呼べ』
「スケベ魔王ちゃん?」
『悪化してる』
モエは楽しそうに笑った。
次に、別の扉が光る。
ゼフィーの部屋だ。
扉が開いた瞬間、空気が変わった。
黒と紫を基調にした落ち着いた部屋。
大きな天蓋付きのベッド。
柔らかな照明。
香りの良い花。
高級そうな家具。
どこか色町の奥座敷を思わせるような、静かで艶のある空間だった。
だが、いやらしすぎない。
品がある。
ゼフィーに似合っていた。
「……まあ」
ゼフィーが、小さく息を漏らす。
「本当に、わたくしの好みを知っているようですわね」
『怖いよな、この城』
「ふふ。ですが、悪くありませんわ」
ゼフィーは部屋へ入る。
指先で家具に触れ、天蓋の布を軽く撫でる。
その表情は、いつもの余裕ある笑みとは少し違った。
ほんの少しだけ、懐かしむような顔。
あるいは。
安心したような顔。
『気に入ったか?』
「ええ」
ゼフィーは振り返り、優雅に微笑む。
「とても」
『なら使え』
「ありがとうございます、魔王さま」
ゼフィーが頭を下げる。
その仕草は丁寧だが、どこか楽しげだった。
「ですが……」
『ん?』
「魔王さまをお部屋にお招きする準備も、しておきませんと」
『しなくていい』
「まあ、即答ですの?」
『しなくていい』
だが内心では。
(いや待て)
(ゼフィーの部屋、めちゃくちゃ雰囲気あるな)
(招かれたら普通にやばい)
などと考えていた。
俺はスケベ大魔王。
名前に偽りなし。
ただし、むっつり寄りである。
顔には出さない。
たぶん。
ゼフィーがくすりと笑った。
「魔王さま、また静かになりましたわね?」
『気のせいだ』
「ふふっ」
完全に見透かされている気がする。
危ない。
非常に危ない。
その時、リリンが俺の前に立った。
「……まおーさまは、リリンの部屋にも来ます?」
『行く行く』
「……ほんとですか?」
『約束しただろ。撫でるって』
「……!」
リリンの顔が明るくなる。
ゼフィーがそれを見て、楽しそうに目を細めた。
モエは部屋の扉から顔を出してニヤニヤしている。
「スケベちゃん、忙しいねー♡」
『うるせぇ』
本当に忙しい。
検証して、管理して、部屋割りして、眷属を撫でて。
魔王ってもっと威厳あるものじゃなかったか?
だが。
廊下の向こうから、眷属たちの気配がする。
食堂の方からは、何かが準備されるような温かな空気。
城の中には、少しずつ生活の音が増えていた。
戦うだけじゃない。
食べる。
休む。
眠る。
笑う。
戻る場所がある。
『……本当に、拠点になってきたな』
小さく呟く。
外は魔界。
弱肉強食。
けれど、この城の中だけは違う。
ここは、俺の領域だ。
俺の眷属たちが安心して過ごせる場所。
そして――
これからもっと多くの者が集まるかもしれない場所。
『……ここからだな』
猫の魔王。
スケベ大魔王。
その城で。
またひとつ、新しい日常が始まった。
面白いと思ってもらえたら、ブックマークや評価で応援してもらえると嬉しいです!
めちゃくちゃ励みになります!




