第51話:OVERLOAD
今回少し長いですが、今作の中で一番見ごたえがあると思います
RS解除から十四分が経過していた。
REMNESISはA戦域の突破口付近で停止し、冷却シークエンスに入っていた。エコーコアの温度ログは降下を続けている。三十分で復帰可能と朔は言った。残り十六分。
亘一はコックピットの中で肩の力を抜いていた。A戦域の敵主力は壊滅した。味方艦隊が突破口を通過していく。光の列が、回廊の奥へ進んでいく。
「朔、調子は」
「冷却中。静かにしてて」
「了解」
亘一は目を閉じた。
十六分。その間は人間一人の操縦でREMNESISを動かすことになる。RSなしのREMNESIS。操縦系統は人間向けに最適化されていない。朔の脳が直接制御することを前提に設計されているから、人間の操縦桿操作ではレスポンスに遅延が出る。走ることはできるが、踊ることはできない。量産機相手なら問題ない。だがそれ以上の相手が来たら——
来た。
警報がコックピットに響いた。
『識別反応、二機。Aion側。高速接近。方位——A戦域、右翼方向』
REMNESISのセンサーが捉えた二つの機影。編隊を組んでいる。距離が速い速度で縮まっている。
識別コード。AS-17AX。CASTOR。POLLUX。
双子だった。
*
二分前。
パラス隊はHELIOS CORRIDOR(ヘリオス回廊)の中間宙域で、Genea側の量産機部隊と混戦状態にあった。
REGULUSが先頭で三機を落とし、CASTORとPOLLUXが左右から射線を封じている。VEIL-09——マリアの機体は後方で牽制射撃を続けていた。
マリアのコックピットに、Aion側の戦術回線が流れ込んでいた。
『——B戦域、ORIGIN-01確認。VEGA、交戦中——座標はB-3区画——』
VEGAの位置。昴がいる場所。
マリアの指が操縦桿の上で動いた。座標を頭に刻んだ。B-3区画。ここから直線で二十分。混戦に紛れれば、離脱は可能だった。
VEEが表示を更新した。隊列維持の警告。マリアはそれを消した。
混戦の隙間を縫って、VEIL-09がパラス隊の編隊から離れた。量産機の残骸が漂う宙域に紛れ、加速。B戦域方向へ。
誰も気づかなかった。混戦の中で一機が消えたことに気づく余裕は、誰にもなかった。
混戦が収束したのは、その三分後だった。
Genea側の量産機が後退し、パラス隊の周囲が静かになった。ルシアンがREGULUSのモニターで隊列を確認した。
CASTOR。POLLUX。
VEIL-09——反応なし。
ルシアンの目が細くなった。
「VEE。VEIL-09の最終位置」
VEEが応答した。淡々とした声だった。
「混戦中に編隊離脱。現在位置不明。推定進路——B戦域方向」
B戦域。VEGAがいる方向。
ルシアンは声を荒げなかった。声量は上げない。語尾が切れるだけだ。
「——またか」
三度目だった。あの女はまた、同じことをした。
同時に、Aion側の戦術回線が叫んでいた。
『A戦域、REMNESIS脅威度MAX継続! 突破口を塞げない! 全方面部隊に援護を——』
REMNESISがA戦域を食い破っている。パラス隊への援護要請。
ルシアンは二秒で判断した。
「CASTOR、POLLUX。A戦域へ向かえ。REMNESISを止めろ」
カイルの声が返った。
「隊長は?」
「俺はVEIL-09を回収する」
通信の向こうで、沈黙があった。短いが、重い沈黙だった。
ミレイの声が続いた。
「——また、ですか」
ルシアンは応答しなかった。
カイルが言った。声に刃があった。
「了解。A戦域。REMNESISを止めればいいんですね」
「止めろ。それだけだ」
通信が切れた。
CASTORとPOLLUXが編隊を組み、A戦域へ加速していった。
カイルのコックピットの中で、修理された左腕の駆動部が軋んだ。あの時壊された腕。あの男に。マリアのせいで隊長が離脱し、取り残された戦場で、あの男にやられた腕。
隣のPOLLUXで、ミレイが操縦桿を握り直した。
三度目。三度目だ。隊長がまたあの女を追って消えた。自分たちはまた取り残された。前回は亘一にやられた。今度は——
「姉さん」
「わかってる」
TWIN-LINK(双子低遅延同期)が起動した。二機の反応速度が一つに同期する。
「今度は負けない」
二つの光がA戦域へ飛んでいった。
*
冷却残り十六分。
亘一はREMNESISを動かした。戦闘態勢への移行。RS抜きの手動操縦。操縦桿の反応が鈍い。人間用ではない機体を、人間の手で動かしている。
「朔、双子が来る。CASTOR、POLLUX。TWIN-LINK持ち」
朔の声は小さかった。
「……聞こえてる。でも、まだ無理。冷却が足りない」
「どのくらい?」
「最低でもあと十分。今起動したら——」
「わかった。十分稼ぐ」
亘一はREMNESISのブレードを構えた。左手にブレード、右手にライフル。RSなしの、人間一人の操縦で。
双子が来た。
CASTORが右から、POLLUXが左から。同時に仕掛けてきた。TWIN-LINKの同期で、二機の動きに遅延がない。片方が牽制し、片方が本命。どちらが牽制でどちらが本命かが、一手ごとに入れ替わる。
亘一はCASTORの射線を回避し、POLLUXのブレードを弾いた。だが反撃が遅れた。RSなしのREMNESISは、入力から動作までに0.1秒の遅延がある。人間の操縦を想定していない機体の、構造的な限界だった。
0.1秒。戦闘中のそれは致命的だった。
CASTORのLACE-NETがREMNESISの右腕に絡みついた。拘束。引き寄せる。その隙にPOLLUXがEDGE-LANCEで突いてきた。
亘一はLACE-NETを切断して回避した。だが機体が振られた。姿勢の回復に0.3秒。その0.3秒でPOLLUXが距離を詰めた。
STEP-BURST。加速。REMNESISの死角に入る。
亘一は勘で操縦桿を切った。勘だけで避けた。天才の勘。だが、勘で戦い続けることはできない。RSありのREMNESISなら、朔が死角をカバーしている。朔がいなければ、死角は死角のままだ。
「朔——」
「まだ。あと八分」
八分は長い。
双子は容赦しなかった。CASTORが射線を固定し、POLLUXが死角から詰める。REMNESISが回避するたびに、双子が位置を入れ替えて次の攻撃に移る。万華鏡のように変化する攻撃パターン。TWIN-LINKの真価だった。
量産機なら、亘一は一人でも落とせる。だがこの双子は量産機ではなかった。TWIN-LINKで繋がった二機は、実質的に一つの意思で動いている。RSの縮小版。二対一ではなく、一対一。そして亘一のREMNESISは、RS抜きでは本来の性能の半分も出ない。
亘一は歯を食いしばった。
「くそ——」
POLLUXのEDGE-LANCEがREMNESISの左肩を掠めた。装甲が削れる。浅い。だが次は浅くない。
「朔!」
「——五分」
朔の声が遠かった。冷却中の脳は、通信の出力も落ちている。聞こえてはいる。でも、手が届かない。
CASTORのHOLD-BEAMがREMNESISの左脚に命中した。一瞬、駆動が固まる。その一瞬でPOLLUXが上から来た。
亘一は左腕のブレードで受けた。金属が軋む音がコックピットに響いた。
「朔、聞いてるか。正直きつい」
応答がなかった。
冷却中。応答不能。
亘一は一人だった。
*
Genea Accord司令室。
黒瀬は立ったまま、戦況モニターを見ていた。A戦域の突破口は開いている。味方艦隊が回廊内に進入を開始した。ここまでは計画通りだ。
「REMNESIS、現在A戦域でAion側特務機二機と交戦中。RS未起動。苦戦しています」
オペレーターの報告に、黒瀬は頷いた。
セラが隣にいた。モニターに表示されるREMNESISのテレメトリを見つめている。エコーコアの温度。冷却曲線。RS起動可能までの残り時間。
「朝霧中尉は持ちますか」
黒瀬は答えなかった。
セラの手が端末の上で握られていた。自分が作った——いや、自分が抽出し、整形し、反映させたデータが、あの機体の中で動いている。朔の脳が。朔の人格が。
モニターの隅に、医療班のデータが表示されていた。天城日和。SPA付帯。現在、医療班待機室。
日和もモニターを見ている。同じ戦況を。同じ数字を。
「——A戦域、敵艦隊主砲、照準固定。REMNESIS方向——」
オペレーターの声が硬くなった。
「回避を——」
間に合わなかった。
モニターの中で、REMNESISの位置を示す光点が、一瞬消えた。
直撃。
敵艦隊の後方に残っていた巡航艦が、主砲をREMNESISに向けて撃った。双子との交戦に注意を奪われ、艦砲の射線に入っていた。
司令室が静まった。
「REMNESIS——応答なし」
沈黙が三秒続いた。
医療班待機室で、日和の顔から色が消えた。
モニターに表示された文字。ORIGIN-02《REMNESIS》——通信途絶。
日和は立ち上がった。椅子が倒れた。手が震えていた。口が動いたが声が出なかった。亘一。亘一さん。
四秒後。
「——REMNESIS、応答回復! 左腕大破。駆動系損傷。パイロット生存確認」
日和の膝が折れた。
その場にしゃがみ込んで、両手で口を押さえた。泣いてはいなかった。泣く余裕がなかった。ただ、息をしていた。吸って、吐いて。それだけを繰り返していた。
——お願い。帰ってきて。
声にならない声で、日和は祈っていた。
*
REMNESISのコックピット。
左腕がなかった。
肩から先が存在しない。モニターの左半分にノイズが走り、左側のスラスターが応答しない。コックピット内に焦げた匂いが充満していた。
亘一は生きていた。衝撃で左肩を打ち、視界の端に血が滲んでいたが、意識は明瞭だった。
「——朔、聞こえるか」
応答なし。
冷却中。まだ戻らない。
右腕だけが動いた。ライフルを構える。だが左腕がないから機体のバランスが崩れている。推力が左右非対称で、直進すら安定しない。
双子が来た。
CASTORとPOLLUXが左右に展開した。損傷したREMNESISの左側——腕のない側から、POLLUXが詰めてきた。弱い方を狙う。正しい戦術だった。
亘一は右腕のライフルで応射したが、左への回避ができない。左スラスターが死んでいるからだ。右にしか避けられない。双子はそれを見抜いていた。
CASTORがREMNESISの右側に回り込んだ。右に避ければCASTORの射線に入る。左に避ければ左腕がないPOLLUXの射程に入る。
挟まれた。
POLLUXのEDGE-LANCEがREMNESISの右脚を貫いた。
警報。駆動系損傷。右脚、出力低下。
CASTORのLINE-CUTが右肩の装甲を抉った。
REMNESISが揺れた。コックピットの中で亘一の身体が振られ、ハーネスが肩に食い込んだ。
「くそ——」
Genea側の量産機が三機、A戦域に飛び込んできた。味方の援護だった。双子の注意が一瞬逸れた。
亘一はその隙にREMNESISを後退させた。残った推力で距離を取る。量産機が双子の間に割り込み、時間を作った。
通信が入った。黒瀬の声だった。
「朝霧中尉。撤退せよ。機体損傷が限界を超えている」
正しい命令だった。REMNESISは左腕を失い、右脚が損傷し、左スラスターが死んでいる。RS不能。継戦能力はない。
亘一は撤退しようとした。
その時、朔の声が戻った。
「——兄さん」
ノイズ混じりだった。声の輪郭が滲んでいた。だが、聞こえた。
「朔! 大丈夫か」
「大丈夫じゃないけど、動ける。……兄さん、引き返して」
亘一の手が止まった。
「何言ってんだ。撤退命令が出てる。お前、コアの温度——」
「腕一本でも動けばいい。この程度の数、全部やれる」
朔の声は静かだった。冷却不足のノイズが混じっているのに、声の芯は澄んでいた。
「朔。無理だ。冷却が——」
「兄さん」
朔が遮った。
「聞いてほしいことがある。」
亘一は黙った。
戦場の音が遠くなった。味方の量産機が双子を抑えている。REMNESISの周囲に、一瞬だけ静かな空間ができた。
朔が話し始めた。
「昨日——出撃の前の夜に、日和さんと兄さんが星を見ながら話してたの、聞こえてた」
亘一の呼吸が止まった。
「名前の話。味噌汁の話。天城家と朝霧家を合わせて新しい味にしようって。……全部聞こえてた」
「朔——」
「RS中も、兄さんの中にあの二人がいた。帰りを待ってる人がいるっていう温度。俺の脳に全部流れ込んできた」
朔の声が、少しだけ震えた。
「叔父さんって、呼ばれたかったな」
亘一の目から涙が落ちた。無重力の中で、涙は球になって漂った。
「俺のこと叔父さんって呼ぶ子供が生まれて、その子を抱っこして、兄さんの作った——いや兄さん料理できないから、日和さんの作った味噌汁を飲んで。そういう未来が欲しかった」
「やめろ——」
「でも俺はもう死んでる。脳だけ機械の中で動いてる。日和さんが子供を産んで、その子が大きくなっても、俺はこの箱の中にいる。歳もとらない。味噌汁の味もわからない」
朔は笑った。ノイズの中で笑っていた。
「それって——人間じゃないだろ」
亘一は声が出なかった。
「死なないのは人間じゃない。歳をとらないのは人間じゃない。誰かの叔父さんになれないのは人間じゃない。
——Aionの不死も、俺のこの状態も、同じだ。同じなんだよ、兄さん」
朔の声が、静かに変わった。震えが消えた。
「俺は人間でいたい」
その一言が、戦場の真ん中で響いた。
「人間として生まれて、人間として生きて、人間として死にたい。それが人間ってことだろ。有限で、壊れて、いつか終わる。それでいい。それがいい」
亘一は泣いていた。声を殺して泣いていた。
「もし——もしまた生まれ変われるなら」
朔の声は穏やかだった。
「また兄さんの弟に生まれたい。今度はちゃんと、歳とって、兄さんの子供に叔父さんって呼ばれて。そういう人生がいい」
「朔、やめろ。頼むから——」
「兄さん。ありがとう」
RS——起動。
朔が強制的に同期を開いた。冷却不足のまま。エコーコアの温度が一気に跳ね上がった。
亘一の世界が開いた。
涙で滲んだ視界の向こうに、全てが見えた。双子の位置。味方機の位置。敵艦の位置。REMNESISの損傷状態。使える武装。使えない武装。右腕一本とライフル。半壊した推力系。それだけで——足りる。朔の脳が、全てを足りるようにしてしまう。
朔が最後に言った。
「見ててよ、兄さん。弟の最後の晴れ舞台」
REMNESISが動いた。
片腕の機体が、人間の限界を超えた。
右腕のライフルが三方向に連射した。量産機が二機落ちた。残骸を蹴って方向転換——推力の左右非対称を、朔が関節の微調整で相殺している。人間にはできない制御。朔の脳だけができる制御。
CASTORとPOLLUXが来た。
TWIN-LINKの同期攻撃。さっきまで亘一を追い詰めた、万華鏡のパターン。
REMNESISはその万華鏡の中心を突き抜けた。
CASTORのLACE-NETが展開された——その0.1秒前にREMNESISが射線を変えていた。朔が先読みしている。双子の同期パターンを、RS起動からの十秒間で解析していた。
POLLUXがEDGE-LANCEで突いた。REMNESISの右腕がそれを弾き、同時にライフルの銃口がPOLLUXの肩関節に当たっていた。
一発。
POLLUXの右腕が吹き飛んだ。
ミレイの悲鳴が無線に乗った。カイルが叫んだ。
「ミレイ!」
CASTORがPOLLUXを庇おうとした。その動きを朔は待っていた。庇う動作はTWIN-LINKの最大の弱点だ。片方が片方を守ろうとする瞬間、同期が攻撃モードから防御モードに切り替わる。その切り替えに0.2秒の空白がある。
REMNESISのライフルがCASTORの脚部を撃ち抜いた。
CASTORが姿勢を崩した。POLLUXが支えようとしたが、右腕がない。
二機が絡み合うように漂った。
朔はまだ止まらなかった。
REMNESISが反転し、周囲の量産機に向かった。残存する敵機が七機。朔の脳が七機全ての回避パターンを同時に解析し、亘一の右腕が一機ずつ落としていった。
四機。三機。二機。
エコーコアの温度が限界域に入った。
亘一の右こめかみが焼けるように熱い。感覚共有。朔の脳が燃えている。その熱が、同期を通じて亘一の身体に伝わっている。
「朔! もういい! 止まれ!」
朔は応えなかった。
最後の一機が落ちた。
A戦域から、敵機の反応が消えた。
REMNESISのモニターが真っ赤だった。全系統が警告を発している。エコーコアの温度が限界値を突破した。
過負荷。
朔の声が聞こえた。最後の声だった。ノイズに埋もれて、ほとんど聞き取れなかった。
「兄さん——楽しかったよ」
RSが切れた。
REMNESISの全照明が消えた。駆動音が止まった。推力がゼロになり、機体が慣性で漂い始めた。
コックピットの中は暗かった。
エコーコアの電子音——心電図のような、あの規則的な波形が、聞こえなくなっていた。
「朔」
応答はなかった。
「朔!」
暗闇の中で、亘一は叫んだ。声が狭いコックピットの壁に反射して、自分に返ってきた。
REMNESISは動かなかった。
*
Genea司令室。
モニターに表示された文字が変わった。
ORIGIN-02《REMNESIS》——全系統停止。エコーコア過負荷。パイロット生存。
黒瀬は動かなかった。
セラの顔が白かった。端末を握る手が震えていた。エコーコアの温度ログが画面に表示されている。限界値を超え、そのまま計測不能になっている。
朔の脳。自分が抽出し、整形し、機械の中に入れた脳。
「……コアは」
セラの声が掠れた。
オペレーターが答えた。
「エコーコア、応答なし。過負荷による機能停止と推定。回復の見込みは——」
「なし、です」
セラが自分で言った。自分の声が遠く聞こえた。
REMNESISの通信ログの最後の部分が、司令室のスピーカーから再生されていた。朔の言葉が、この部屋に流れ込んでいた。
——死なないのは人間じゃない。
——俺は人間でいたい。
黒瀬は目を閉じた。
継承計画。優秀な人材を遺伝子と教育で再生産する計画。朔の脳をコアにした機械。人を材料にして、人を作り、人を道具にする。それがGeneaの戦い方だった。
朔はそれを拒んだ。
死ぬことができない存在は人間ではない。永続する命は人間ではない。Aionの不死も、エコーコアの脳も、同じだ。——同じだ。
Geneaは、Aionと同じことをしていた。
黒瀬はそのことを、ずっと知っていた。知っていて、必要だから続けた。戦争に勝つために。人類の系譜を守るために。そのために朔の脳を使い、亘一を朔の隣に立たせ、二人が壊れていく過程を承認し続けた。
その結果が、これだった。
二十二歳で死んだ青年の脳が、「人間として死にたい」と言って、自分から燃え尽きた。
セラが椅子に崩れた。端末が手から落ちた。
「私たちは——」
声が途切れた。
黒瀬が引き取った。
「……Aionと同じになるところだった」
なるところだった、ではなかった。なっていた。もうなっていた。
モニターの中で、REMNESISの光点は消えたままだった。
医療班待機室で日和が祈り続けていた。亘一が生きているという報告だけが、彼女を支えていた。
救助機がREMNESISに接近していた。コックピットをこじ開け、亘一を引きずり出す。左肩の打撲と裂傷。肋骨にひび。意識はあった。
担架に乗せられる直前、亘一は救助員の腕を掴んだ。
「コアを——朔を、回収してくれ」
救助員は頷いた。
亘一は目を閉じた。涙はもう枯れていた。
瞼の裏に、星空があった。昨夜の展望室。日和の声。
朔がそれを聞いていた。全部聞いていて、叔父さんと呼ばれたかったと言って、人間として死にたいと言って、最後に笑って、燃え尽きた。
弟は、人間のまま死んだ。
亘一の意識が遠くなっていった。
救助機が反転し、後方の味方艦隊へ向かって加速した。REMNESISの残骸が、宇宙に漂っている。動かない鉄の塊。その中に、もう動かない脳がある。
A戦域は静かだった。
敵機の反応は、一つもなかった。




