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不死の彼女は三度目に俺を殺すーPQ: Rebirth Protocolー  作者: 深蒼 理斗


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第47話:囲い込み

三機の編隊が宙域を滑る。


 先頭にカイルのAEGISイージス、右後方にミレイのSPEARスピア、左後方にマリアのVEILヴェイル。定時哨戒。敵影はない。通信は業務連絡だけだった。


 『CASTOR、ポイントD7通過。異常なし』

 『POLLUX、同じく』


 マリアも報告した。『VEIL-09、異常なし』


 応答はなかった。通信が切れたわけではない。二人が返事をしなかっただけだ。


 編隊の間隔は正確だった。双子のTWIN-LINK(双子低遅延同期)が作る連携は、隣で見ると教本通りを超えている。片方が旋回を始める前に、もう片方がその軌道に合わせた位置取りを終えている。言葉ではなく回路で繋がっている動き。マリアが入る隙間はなかった。入る必要もなかった。端にいればいい。この隊に馴染むために来たのではない。


 哨戒が終わり、艦に戻った。着艦手順を終えてコックピットを降りると、双子の機体はすでに整備架台に収まっていた。二人の姿はない。先に行った。


 マリアは一人で通路を歩いた。



 エヴリンからの呼び出しは、着艦の二十分後に来た。


 定期面談。帰還後の精神状態確認。制度上の義務だという建前で、マリアは同じ白い事務室に座らされた。


 エヴリンは前回と同じ椅子に座り、端末を開いた。


 「哨戒任務の適応状況は良好です。操縦データに問題はありません」


 それは面談で言うことではない。任務報告書に書くことだ。エヴリンはわかっていてそう切り出している。「あなたの仕事ぶりは把握しています」という枠組みを先に敷いている。


 「一点、確認があります」


 エヴリンが端末から目を上げた。


 「長期拘束後のパイロットには、CIPの部分適用を推奨しています。拘束期間中の記憶を対象にした限定的な整理処理です。任務効率の維持が目的で、人格や長期記憶には影響しません」


 CIP。


 マリアは表情を動かさなかった。リナにも同じことを言われた。あの時は「忘れたくない」で拒否した。今は理由が違う。忘れたら殺せなくなるから拒否する。


 「辞退します」


 「拒否権はあります。記録には『推奨を辞退』と記載します。次回の定期面談で再度確認しますので、ご了承ください」


 エヴリンが微笑んだ。同じ微笑みだった。定期的に同じ質問が来る。断るたびに記録が増える。記録が増えるたびに、「この資産は整理処理を必要としている」という文脈が書類の上で厚くなっていく。


 罰ではない。管理だ。檻の壁が一枚ずつ増えていく音がした。



   *



 ルシアン・ケイドは、双子の報告を待機室で聞いた。


 カイルが端末のデータを示す。マリアの哨戒ログ。操縦精度、反応速度、編隊維持率。


 「操縦は平均以上です。再配置後の適応に問題はありません」


 事務的な声。カイルの報告はいつもこうだ。必要なことだけを、必要な精度で。


 「なぜあの人がこの隊にいるんですか」


 ミレイだった。椅子の肘掛けを握ったまま、ルシアンを見ている。


 「配置命令だ」


 「命令は知ってます。理由を聞いてるんです」


 カイルがミレイの肩に手を置いた。妹は黙ったが、目は変わらなかった。


 ルシアンは二人を見た。自分の部下。自分が選び、自分が鍛え、自分が使う二人。SIGIL-KEYシジル・キーで繋がれた連携の要。この二人の信頼を維持することが、パラス隊の機能を維持することと同義だった。


 「マリア・シンクレアは損傷した状態で戻ってきた。長期拘束の影響がある。この隊で運用を安定させる」


 ミレイが何か言いかけたが、カイルが肩を押さえた。二人は敬礼して出て行った。


 一人になった。


 ルシアンは端末を閉じ、椅子の背にもたれた。


 損傷した資産を修復する。それは正しい。部隊の運用効率を最大化する。それも正しい。だがルシアンの中にある駆動力は、効率ではなかった。


 マリア・シンクレアはGenea側に拘束されていた。敵に奪われ、敵の基地に閉じ込められ、敵のパイロットと接触していた。それを取り戻した。自分の指揮下に置いた。これで安全だ。


 安全だ、と思った瞬間の充足感が、ルシアン自身にも説明がつかない種類のものだった。


 棚から落ちた本を拾い上げて、元の場所に戻す。その時の感覚に似ている。物が正しい位置に収まった満足。それを人間に対して感じている自分に、ルシアンは疑問を持たなかった。疑問を持つ理由がなかった。



   *



 翌日。ルシアンがマリアを呼び出した。


 パラス隊の作戦室。小さな部屋で、机と椅子が二つだけ。ルシアンは座ったまま、マリアに座るよう示した。


 「配属後の適応について確認したい」


 業務の声だった。マリアは座った。


 「問題ありません」


 「そうか」


 ルシアンは一拍置いた。声のトーンが変わった。低くなったのではない。柔らかくなった。


 「Genea側で拘束されていた間のことは、報告書で読んだ。七日間の遭難。捕虜生活。脱走。体力的にも精神的にも、負荷が大きかったはずだ」


 マリアは何も言わなかった。


 「君がGenea側で何をされたかは把握している」


 ルシアンが目を合わせた。静かな目だった。怒りもなく、同情もなく、ただ「事実を確認した者」の目だった。


 「二度とああいう目には遭わせない。この隊にいる限り、僕が守る」


 守る。


 マリアの中で、その言葉が三つの記憶と重なった。


 透は「守る」と言った。あれは対等だった。自分の命を賭けて、相手のために立つ覚悟だった。彼方は「守る」とは言わなかった。ただ絵を描き続けた。マリアの全ての表情を残すことで、存在を肯定した。


 ルシアンの「守る」は、そのどちらとも違った。


 棚に本を戻す動作。正しい位置に資産を収める手つき。善意に見える。善意なのかもしれない。だがその善意は、マリアが自分で動くことを想定していなかった。


 「ありがとうございます」


 マリアは従順な資産の顔をした。この隊にいる必要がある。この男の指揮下にいれば、VEGAとの交戦宙域に出られる。だから頷く。だから感謝する。


 ルシアンは小さく頷いた。満足した顔だった。



   *



 マリアが退室した後、ルシアンはしばらく動かなかった。


 壊れかけている、と思った。


 マリアの目。受け答え。姿勢。すべてが規格通りだった。だからこそ異常だった。拘束から戻った人間があれほど滑らかに動くのは、内部で何かを切り離しているからだ。


 CIPの部分適用を勧めるべきかもしれない。エヴリンはすでに制度として動いている。だがエヴリンの言葉は「管理」だ。マリアには届かない。


 自分が言うべきだ。「君を楽にしたい」と。制度ではなく、人間の言葉として。


 ルシアンはそれを善意だと思っていた。疑う理由がなかった。失った時の痛みをCIPで消せる人間には、「執着を手放す」ことの意味が違う。手放すのではない。ただ棚を整理するだけだ。楽にしてやることと、相手の意思を奪うことの境界線が、ルシアンの中には存在しなかった。



   *



 待機室にマリアは一人でいた。


 椅子に座り、壁を見ていた。エヴリンのCIP。ルシアンの「守る」。二つの方向から壁が迫ってくる。片方は書類、片方は善意。どちらも自分の意思を聞いていない。


 だがマリアにとって、それはどうでもいいことだった。壁が迫ろうが檻が閉まろうが、この隊から動く気はない。ここにいればスバルの前に出られる。それだけが必要なことだった。


 全体通信が入った。


 艦内スピーカーから、作戦司令部の声が響く。


 『全搭乗員に通達。大規模作戦の配置命令を発令する。各隊は指定宙域へ展開せよ。作戦概要は各隊長に配信済み』


 マリアは端末を開いた。作戦概要が表示される。交戦予想宙域。投入部隊。パラス隊は前線第二波。


 目標リストをスクロールした。


 識別コードの列の中に、それはあった。


 ORIGIN-01──VEGA。


 マリアは端末を閉じた。


 来た。

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