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不死の彼女は三度目に俺を殺すーPQ: Rebirth Protocolー  作者: 深蒼 理斗


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第46話:JUSTICE DELAYED IS JUSTICE DENIED

椅子は柔らかかった。


 手首に拘束はない。部屋は白い壁と白い机だけで構成された事務室で、窓はなく、空調の音だけが低く響いている。マリアの前にはコップ一杯の水が置かれていた。捕虜の取り調べではない。資産の回収手続きだった。


 ドアが開き、エヴリン・ヴォスが入ってきた。


 変わっていなかった。整えられた髪、皺のない制服、感情の見えない目。書類を一束持ち、マリアの向かいに座った。書類を机に広げる動作に無駄がない。


 「おかえりなさい、マリア」


 声にも無駄がなかった。


 「帰還報告書の確認をします。事実関係だけ。時間はかかりません」



 エヴリンの質問は正確だった。


 遭難の経緯。惑星NIVARAでの行動。敵パイロットとの接触内容。捕虜期間中の待遇。脱走の手段と経路。一つ一つが書類のチェック項目に沿っていて、査問というより棚卸しだった。


 マリアは手順通りに答えた。NIVARAで共同作業をしたこと。水を運び、燃料を精製し、略奪者と戦ったこと。Genea Accordジェネア・アコードの基地で独房に入れられたこと。面会者がいたこと。


 「面会者の詳細を」


 「敵パイロットの妹。民間医療補助の女性」


 「接触の内容は」


 「日常的な会話です」


 エヴリンはペンを止めなかった。目も上げなかった。ただ次の項目に移った。


 「敵パイロットとの直接面会は」


 「一度」


 「内容は」


 「短い雑談です」


 「感情的な接触はありましたか」


 マリアは一拍置いた。


 「ありません」


 エヴリンが顔を上げた。微笑んでいた。信じていない顔ではなかった。答えの中身に興味がない顔だった。確認すべき項目を確認しただけ。事実が何であれ、書類に書く文字列は同じだ。


 「あなたの帰還を待っていました」


 その一文は報告書の締めの定型句のように聞こえた。荷物が届くのを待つ。修理に出した端末が戻ってくるのを待つ。それと同じ「待っていた」だった。


 日和は違った。


 あの子が独房で手を握ってくれた時、「待つ」という言葉は使わなかった。ただ隣にいた。待つという行為すら意識していなかった。そこにいただけだった。


 振り払う。それはもう処理した記憶だ。


 「報告は以上です」とエヴリンが書類を閉じた。「処分について伝達します」


 マリアは背筋を伸ばした。


 「処分はありません」


 一瞬、聞き間違えたかと思った。


 「鹵獲ではなく不可抗力による遭難。脱走して帰還した行動は資産として正常な判断です。査問記録には『帰還完了・運用復帰可』と記載します」


 殴ってほしかった。降格でも懲罰でもいい。何か罰があれば、それに反発することで自分の輪郭を保てる。だが制度はマリアに傷ひとつつけなかった。お前は正しく動いた。正しく戻ってきた。優秀な資産だ。


 エヴリンが立ち上がった。


 「新しい機体と配属先を用意しています。AS-17の新造機。任務パッケージは以前と同じVEILヴェイル仕様です」


 「配属先は」


 「PALLAS SQUADRON(パラス隊)。ルシアン・ケイド中尉の指揮下になります」


 パラス隊。VEGAと最前線で交戦している部隊だ。


 マリアの心臓が一回、強く打った。自分の殺意と組織の配置が同じ場所を指している。断ちに行くための場所に、制度の手で送り込まれる。エヴリンはそれを知らない。知る必要もない。資産を最適な場所に配置しただけだ。


 「了解しました」


 声は平坦だった。



 パラス隊の待機区画は、Aionの艦内でも奥まった場所にあった。


 通路を進むと、開けた整備スペースに二機のAS-17AX《AETERNUSアエテルヌス》が並んでいた。AEGISイージス仕様とSPEARスピア仕様。双子の機体だ。


 整備架台の下に二人の女がいた。


 カイル・ロウズが先に気づいた。姉の方だ。作業用グローブを外しながら立ち上がり、マリアの方を向いた。ミレイはその隣で、座ったまま顔だけを上げた。


 二つの視線が同時にマリアを刺した。


 カイルが歩いてきた。マリアの二歩手前で止まり、自分の機体を親指で示した。左腕部の装甲板が他の部位より新しい。修理痕だった。


 「前の会戦で、隊長が前線を離れた。あなたを追いかけて」


 声は静かだった。Aionの軍人らしい規格化された発話。だがその中に、研いだ刃物のような鋭さが混じっている。


 「その間、私たちは二人で補った。結果がこれ」


 修理された左腕。EP11で亘一に破壊された部位だった。


 「配属は命令なので拒否しません。でも、知っておいてほしかった」


 カイルが半歩引いた。入れ替わるようにミレイが立ち上がった。妹は姉より背が低く、目が大きかった。その目がまっすぐマリアを見ていた。隠す気のない目だった。


 「隊長はあなたを『救いたい』と思ってる。私にはわかる」


 ミレイの声は震えていた。怒りなのか悲しみなのか、本人にも区別がついていないような震え方だった。


 「でもあなたは、隊長に救われたいの? 隊長のために何かするの? 隊長を奪った埋め合わせをしてくれるの?」


 マリアは何も言わなかった。


 答える必要がなかった。ミレイの質問は、答えを求めていない。奪われたものを取り返せない怒りをぶつける場所が、ここにしかなかっただけだ。


 Aion人は欲しいものに際限がない。失っても痛みを消せるから、失うことを学ばない。学ばないから、次はもっと強く欲しがる。双子にとってルシアンは「自分たちだけのもの」だった。そこにマリアが入ってきた。一度目は会戦で。二度目は配属で。


 ミレイの目に涙はなかった。涙の代わりに敵意があった。


 マリアはミレイの横を通り過ぎ、奥に停めてある新造機に向かった。AS-17、VEIL仕様。塗装は前の機体と同じだった。



 コックピットに座った。


 ハッチを閉める。計器が灯る。VEEヴィーが起動した。


 『VEIL-09、再登録完了。任務待機状態です』


 無感情な声。マリアに何も求めない声。それが今は楽だった。


 操縦桿を握った。グリップの感触が手に馴染む。この手で、スバルを殺す。エヴリンの管理も、双子の敵意も、全部関係ない。ここに来た理由は一つだ。


 ハッチの外で足音がした。


 コックピットのモニターに映ったのは、通路を歩く一人の男だった。整った姿勢。静かな歩調。ルシアン・ケイド。双子の脇を通り過ぎ、一度だけマリアの機体に目を向けた。


 目が合った。モニター越しに、一秒だけ。


 ルシアンは何も言わず、歩き去った。


 マリアは操縦桿を握り直した。あの男がこちらを見た理由も、双子があれほど執着する理由も、どうでもよかった。


 この機体で、あの戦場に出る。


 それだけでいい。

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