第41話:同じじゃないか
黒瀬に呼び出されたのは、整備区画でPQとの調整を終えた直後だった。
「天城、朝霧。司令室へ」
通信の声は、いつもより低く、重かった。
廊下を歩きながら、亘一が横目で訊いてくる。
「何だと思う?」
「分からない」
昴は首を振った。PQも、珍しく何も言わない。
司令室の扉が開く。
中には黒瀬だけがいた。他の誰もいない。端末の光だけが、室内を冷たく照らしている。
「座ってくれ」
黒瀬は椅子を示した。昴と亘一が向かい合わせに座る。
黒瀬の表情が、妙だった。
謝罪と、決意が、同居している。
「君たちに、話しておくべきことがある」
黒瀬が端末を操作すると、壁面のスクリーンが起動した。
映し出されたのは、見慣れない資料だった。
タイトルが、大きく表示される。
Genea Succession Initiative
系譜連盟継承計画。
「……継承計画?」
亘一が呟く。
黒瀬は頷いた。
「Geneaの根幹に関わる、極秘プロジェクトだ」
スクリーンが次々と切り替わる。
遺伝子データベース。適性値のマトリクス。教育プログラムの最適化スケジュール。膨大な数値とグラフが、冷たく並んでいる。
「何……なんですか、これ」
昴の声が、掠れた。
黒瀬は、ゆっくりと言葉を選ぶように話し始めた。
「Geneaは、人口で劣勢だ」
それは、誰もが知っている事実だった。
「Aion Sphereは、クローン更新で戦力を維持できる。一度優秀な人材が生まれれば、その能力を何百年でも保持できる」
黒瀬の指が、スクリーンを指す。
「だが我々は違う。世代交代で戦争を受け継ぐ。親が戦い、子が戦い、孫が戦う。そのたびに、ゼロから人材を育て直さなければならない」
「だから――」
黒瀬の声が、少しだけ沈んだ。
「優秀な人材を、意図的に再生産する仕組みを作った」
昴の背筋が、冷えた。
スクリーンに映る図表の意味が、理解できてしまう。
「遺伝子解析による適性予測。幼少期からの教育プログラム調整。人格傾向の誘導。環境因子の最適化」
黒瀬が、一つ一つ指で示していく。
「次世代のエース、次世代の技術者、次世代の指揮官を、計画的に育てる」
「……それって」
昴の声が震えた。
「人を、設計してるってことですか?」
黒瀬は、否定しなかった。
「そう受け取られても、仕方ない」
亘一が、静かに訊いた。
「俺たちも、そうやって作られた駒なのか?」
黒瀬の沈黙が、答えだった。
亘一の拳が、音もなく握られる。
「朔も、その一人だった」
黒瀬の言葉に、亘一の表情が凍りついた。
「……何?」
「朔の遺伝子プロファイルは、計画開始時から最高ランクに分類されていた。幼少期の教育プログラムも、全て調整されていた」
亘一が、椅子から立ち上がる。
「ふざけるな!」
初めて聞く、亘一の怒声だった。
「弟を、モノ扱いしてたのか! 俺たちを、道具として育ててたのか!」
黒瀬は、その怒りを受け止めた。
「……そうだ」
昴も立ち上がっていた。胸の奥で、何かが燃えている。
「Aionの不死と、何が違うんですか!」
昴の声が、室内に響いた。
「人を"モノ"として扱ってる点では、同じじゃないか!」
黒瀬は、反論しなかった。
ただ、深く息を吐いた。
「……その通りだ」
「じゃあ、なんで!」
亘一が、机を叩く。
「なんで、俺たちにそれを教える? 今さら、何を期待してるんだ!」
黒瀬の目が、二人を見た。
そこには、後悔があった。
「君たちに、知る権利があると思ったからだ」
「知る権利?」
「ああ。朔が死んだ今、君たちは――特に亘一、君は――この計画の中心にいる。知らないまま進めるのは、フェアじゃない」
亘一が、歯を食いしばる。
昴は、言葉が出なかった。
怒りと、やるせなさと、裏切られた感覚が、胸の中でぐちゃぐちゃに混ざっている。
黒瀬が、端末を操作した。
「もう一つ、話がある」
スクリーンが切り替わる。
映し出されたのは、機体のシルエットだった。
ORIGIN-02。
REMNESIS
「REMNESISについて、だ」
亘一が、顔を上げた。
「新世代のAI同期システムを搭載した試作機だ。パイロットとの同期深度が、VEGAより遥かに高い」
黒瀬の指が、スペック表を指す。
「ただし、適性値が極めて高い人間でなければ扱えない。通常の操縦系統では、機体の挙動に追いつけない」
「……それで?」
亘一の声が、低い。
「亘一。君が、選ばれた」
室内に、沈黙が落ちた。
昴が、横目で亘一を見る。亘一の表情は、複雑だった。
「どういうAIなんですか?」
昴が訊いた。
「PQとは、違う?」
黒瀬は、少しだけ間を置いた。
「……詳細は、まだ開示できない。機密レベルが高い」
「なんで」
「それが、上層部の判断だ」
黒瀬の目が、わずかに揺れた。
何かを隠している。
亘一が、静かに訊いた。
「朔と、関係があるのか?」
黒瀬の表情が、一瞬だけ硬くなった。
「……なぜ、そう思う?」
「さっき、朔の名前を出した直後に、この話をした。偶然か?」
黒瀬は、答えなかった。
ただ、視線を逸らした。
「初起動は、数日後だ。心の準備をしておいてくれ」
それ以上は、何も言わなかった。
廊下に出た後、昴と亘一は、しばらく黙って歩いた。
「止められないのか?」
昴が呟いた。
「継承計画も、REMNESISも」
亘一が、首を振る。
「……どうやって? 俺たちに、権限はない」
「じゃあ、このまま?」
「そうなる」
亘一の声には、諦めが混ざっていた。
昴は、拳を握った。
「納得できない」
「俺も」
二人の足音だけが、廊下に響く。
「でも、動けない」
亘一が付け加えた。
「動いたところで、何も変わらない」
昴は、何も言えなかった。
言葉が、喉の奥で固まっている。
夜。
昴は部屋で、窓の外を見ていた。
星が、冷たく光っている。
「スバル」
PQの声が、静かに響いた。
「大丈夫?」
「……大丈夫じゃない」
昴は、正直に答えた。
「俺も、計画の一部だったのかな」
「分からない。でも、スバルがスバルであることは、変わらない」
「そうかな」
昴は、自分の手を見た。
「俺がここにいるのも、俺が昴って名前なのも、誰かが決めたことかもしれない」
「それでも」
PQが、言葉を続けた。
「スバルが選んだことは、スバルのものだ」
昴は、少しだけ笑った。
「ありがとう、PQ」
「どういたしまして」
でも、胸の奥の重さは、消えなかった。
亘一の部屋。
端末には、REMNESISのシルエットが映っている。
「朔……」
亘一は、画面を見つめたまま呟いた。
「お前と、関係があるのか?」
答えは、返ってこない。
黒瀬の表情。あの一瞬の硬直。
何かを隠している。
「新型AI、か」
亘一は、端末を閉じた。
「……嫌な予感しかしない」
ベッドに横になる。でも、眠れる気がしなかった。
日和の部屋。
日和は、ベッドの端に座って、膝を抱えていた。
今日、昴に会った時、顔色が悪かった。
何かあったんだ。
でも、聞けなかった。
ドアの外に、監視員がいる。
自由に動けない。自由に話せない。
日和は、小さく息を吐いた。
「お兄ちゃん……」
呟いても、届かない。
基地の照明が、消えていく。
静寂が、廊下を満たしていく。
でも、三人の部屋では、誰も眠れずにいた。
昴は、窓の外の星を見ている。
亘一は、天井を見上げている。
日和は、膝を抱えている。
それぞれの場所で。
それぞれの重さを、抱えたまま。
夜は、ゆっくりと更けていった。




