第40話:新機体ORIGIN-02《REMNESIS》
整備区画に、音がない。
いや、正確には音はある。工具が装甲を叩く音。推進器の冷却ファンが回る音。ボルトを締める電動ドライバーの唸り。でも、それだけだ。
人の声が、ない。
新しく配属された整備士たちは、黙々と作業を続けている。必要なことだけを短く伝え、また手を動かす。誰も笑わない。誰も怒鳴らない。
ヤヒロがいた頃は、違った。
「くそがよーーー!」という声が響いて、誰かが笑って、また怒鳴って。VEGAの装甲を叩きながら、ヤヒロは機体を子供みたいに扱っていた。
昴は、VEGAの脚部フレームを点検しながら、その不在を感じていた。
ヤヒロの作業台が、空のままだ。工具は片付けられ、私物も全て遺族に返された。そこにあるのは、ただの空いた場所。誰も近づかない。まるで、そこだけ時間が止まっているかのように。
昴は、整備を続けた。
手を動かしていれば、考えなくて済む。ヤヒロのことも、マリアのことも、全部――
『スバル』
PQの声が、イヤモニから静かに聞こえた。
「……何?」
『無理してる』
昴は、工具を置いた。
「……分かってる」
『休んだら?』
「休んだら、考えちゃうから」
昴は、VEGAの装甲に手を置いた。冷たい金属の感触。でも、この冷たさが、今は心地いい。
PQは、それ以上何も言わなかった。
ただ、そこにいてくれた。
――翌日。
昴は、黒瀬に呼ばれた。
会議室。いつもより小さな部屋。出席者も少ない。昴、亘一、そして数名の幹部だけ。
黒瀬が前に立ち、スクリーンを映し出した。
グラフが表示される。人口推移。Aion側の曲線は横ばい。Genea側は、右肩下がり。
「――現状の戦力分析だ」
黒瀬の声が、淡々と響いた。
「Aion側は、クローン更新で戦力を維持している。我々は、世代交代で戦力を受け継ぐ。結果として――」
黒瀬が、グラフの右端を指した。
「十年以内に、前線維持が困難になる」
昴は、そのグラフを見つめた。
十年。
思ったより、短い。
亘一が、口を開いた。
「……対策は?」
黒瀬は、少しだけ沈黙した。
その沈黙が、妙に長く感じた。
「ある」
その一言だけ。
昴は、違和感を覚えた。黒瀬の目が、いつもと違う。何かを隠している。でも、それを言わない。
「詳細は、まだ開示できない」
黒瀬が、昴と亘一を見た。
「だが、君たちには近いうちに説明する」
昴は、眉を寄せた。
「……なんで、俺たちに?」
「ORIGIN搭乗者だからだ」
黒瀬が、即答した。
「この計画には、ORIGINプログラムが関わっている」
計画。
その言葉が、空気を重くした。
亘一が、何か言いかけた。でも、黒瀬が手を上げて遮った。
「今は、これ以上言えない。時期が来たら、全て説明する」
会議が、終わった。
昴と亘一は、廊下を歩いた。二人とも、黙っていた。
エレベーターの前で、昴が口を開いた。
「……おかしいよな」
「……ああ」
亘一が、頷いた。
「何か、隠してる」
エレベーターが来た。二人は乗り込んだ。
沈黙が、流れた。
でも、その沈黙は――言葉より多くを語っていた。
――数日後。
亘一は、訓練場で黒瀬と二人きりになった。
「朝霧」
黒瀬が、亘一を呼び止めた。
「新機体ORIGIN-02《REMNESIS》の実戦投入が決まった」
亘一の心臓が、跳ねた。
「パイロットは、お前だ」
亘一は、黒瀬の目を見た。
「……なぜ、俺が?」
「適性値が最も高い」
黒瀬が、資料を渡した。
「REMNESISは特殊な機体だ。新技術が使われている」
亘一は、資料を開いた。機体の外観図。武装リスト。でも、詳細は「機密事項」で塗りつぶされている。
「人間向けに最適化されていない。操縦は困難を極める」
黒瀬が、続けた。
「だが、お前の適性値なら乗りこなせる」
亘一は、資料を閉じた。
「……了解しました」
黒瀬が、少しだけ表情を緩めた。
「準備を進めろ。詳細は、後日伝える」
――その夜。
昴の部屋。
テーブルに、日和が作った夕食が並んでいる。昴、亘一、日和の三人。
「スバル、聞いてくれよ」
亘一が、箸を置いた。
「俺、新機体に乗ることになった」
昴の目が、輝いた。
「……新機体?」
「ORIGIN-02《REMNESIS》」
「おお!」
昴が、身を乗り出した。
「ORIGINの二号機か! どんな機体なんだ?」
「まだ詳細は分からない」
亘一が、苦笑した。
「でも、人間向けに最適化されてないらしい」
「え? それ、どういうこと?」
「普通のパイロットじゃ動かせないって」
日和が、ニコニコしながら口を挟んだ。
「じゃあ、お兄ちゃんには無理ね」
昴が、むっとした。
「おい!」
亘一が、笑った。
「ははは、確かに」
「くそ、俺も乗ってみたいな」
昴が、少しだけ悔しそうに言った。
「VEGAも凄いけど、新機体ってワクワクするよな」
「ああ」
亘一が、頷いた。
「実は、俺も楽しみで。どんな機体なのか、早く見てみたい」
日和が、二人を見て微笑んだ。
「二人とも、子供みたい」
昴と亘一は、顔を見合わせて笑った。
温かい空気が、部屋を満たした。
――翌週。
訓練場。
亘一が、汎用機で模擬戦を行っていた。相手は、ベテランパイロット三機。
昴は、見学席で観戦していた。
戦闘が始まった。
亘一の機体が、動いた。
速い。
三機が囲むように配置を取る。でも、亘一はその隙間を、まるで見えているかのように抜けていく。
一機が射撃。亘一は、回避しながら反撃。弾が、相手の推進器を掠めた。
二機目が突っ込んでくる。亘一は、ギリギリまで引きつけて――躱した。そして、背後を取る。
三機目が援護射撃。でも、亘一はすでに次の位置に移動している。
予測が、完璧だった。
動きに、無駄がない。
昴は、息を呑んだ。
(亘一、上手いな)
(いや、前から上手かったけど、最近もっと――)
模擬戦が、終わった。
亘一の圧勝だった。
亘一が、コックピットから降りてくる。昴が、駆け寄った。
「すげえな、亘一」
「まあ、汎用機でもこのくらいは」
亘一が、さらっと言った。
昴は、笑った。
「REMNESISに乗ったら、どうなるんだろうな」
「楽しみだ」
亘一が、笑顔で答えた。
――その日の午後。
昴は、研究棟の廊下を歩いていた。資料室から出てきたところだった。
そのとき、一室のドアが開いた。
白衣を着た女性が、出てくる。
三十代くらいか。落ち着いた雰囲気。でも、目には鋭い知性が宿っていた。
「初めまして」
女性が、昴を見て微笑んだ。
「セラ・ウェインライト。技術協力で来ています」
昴は、立ち止まった。
「……技術協力?」
「ええ。ミラーコア関連の開発を担当していました」
ミラーコア。
それは、PQのことだ。
『スバル、この人は――』
PQの声が、イヤモニから聞こえた。でも、セラはもう話し続けていた。
「VEGAのパイロット、天城昴さんですね」
「……なんで、俺の名前を?」
「有名ですよ」
セラが、微笑んだ。
「近いうちに、お話しする機会があると思います」
そう言って、セラは去っていった。
昴は、その背中を見送った。
『……スバル』
「……PQ、今の人――」
『メリディアンの技術者だ。ミラーコアの開発者の一人』
「……何の用だったんだ?」
『分からない。でも――』
PQの声が、沈んだ。
『何か、動いている』
――その夜。
昴は、端末で軍の内部資料を眺めていた。
アクセス権限がある範囲で。
そのとき、一つのプロジェクト名が目に入った。
「Genea Succession Initiative」
Succession。継承。
昴は、そのファイルを開こうとした。
でも――アクセス制限。
「ORIGIN Program関連」とだけ、書かれていた。
『スバル』
PQの声が、警告するように響いた。
『それ以上は、見ない方がいい』
「……なんで?」
『僕にも分からない。でも、上層部の秘密だ』
PQが、静かに言った。
『知らない方が、いいこともある』
昴は、端末を閉じた。
でも、不安は消えなかった。
昴は、ベッドに横になった。天井を見つめる。外では、星が瞬いている。
ヤヒロの死。
黒瀬の「計画」。
亘一の新機体。
セラの微笑み。
「Succession Initiative」。
全てが、繋がっている気がした。
でも、見えない。
昴は、目を閉じた。
暗闇の中で、何かの歯車が回り始めている。それが何を動かそうとしているのか、まだ分からない。
でも――
引き返せない予感だけが、静かに胸を満たしていった。




