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不死の彼女は三度目に俺を殺すーPQ: Rebirth Protocolー  作者: 深蒼 理斗


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第39話:そんな未来を置いていかないで

ヤヒロが逝ってから、一週間が過ぎていた。

 基地は少しずつ、日常という形を取り戻しつつあった。

整備区画の工具音、食堂のざわめき、点呼の足音。


 けれど、どこを切り取っても、一人ぶんの空白が埋まらない。

 笑い声の抜けた世界は、こんなにも薄い色をしているのだと、マリアは独房の中で知った。

 その日、扉の外で足音が止まった。


 足音だけで、それが誰だか分かってしまった。心臓が、勝手に跳ねた。

 一週間、ずっと怖かった音だった。同じだけ、ずっと待ってしまっていた音でもあった。

 マリアはベッドに腰を下ろし、呼吸を整える。


 顔から光を消し、声から揺れを消し、冷たい殻を一枚ずつ身体に重ねていく。

 ここで一箇所でも温度を見せたら、三度目の地獄が始まる。

 ――大丈夫。自分に言い聞かせた。三度目は、私が終わらせる。

 鍵の外れる音。扉が開いた。


「……マリア?」


 心配そうな顔。優しい声。その一瞬で、胸の奥が溶けかけた。

 マリアは奥歯で頬の内側を噛み、痛みで感情を押し戻して、ようやく顔を上げる。


「……何の用?」


 乾いた声だった。自分のものとは思えなかった。


「様子が、変だ」

「変じゃない。ただ、もう会いたくないだけ」


 昴の息が詰まる気配がした。一歩、踏み込んでくる。肩に、手が置かれた。

――温かい。

 透の手も、彼方の手も、こうだった。生きている人間の、温度。

 爪を掌に食い込ませ、衝動を殺す。震える手で、昴の腕を振り解いた。

 想像の倍、強く振り解いてしまった。


「離して。……お願い、離して」


 殻の一箇所が剥がれ、声が掠れる。昴は何も言わず、ただマリアの奥を読もうとしていた。

 読ませてはいけない。絶対に。


「もう、来ないで」


 ひと呼吸ぶんの沈黙のあと、昴の肩から力が抜けた。


「……分かった。もう来ない」


 背中が扉の方へ向く。呼び戻せば、間に合う。

「違うの」と一言告げれば、あの背中はもう一度振り向いてくれる。

 そしてマリアはまた、許されて、柔らかい場所に戻って、そしてまた、失う。


 唇を、噛み切れるほどに閉じた。

 扉の手前で、昴が足を止めた。振り返る。


「いつか、戦争が終わったら。また、話そう」


 心臓が、止まりかけた。


――やめて、お願いだから、そんな未来を置いていかないで。

「また」を信じてしまえば、この決意にはもう、戻って来られない。

 なのに気づけば、マリアは小さく頷いていた。

 それが、今の自分に出せる、ぎりぎりだった。


 扉が閉まる。鍵のかかる、硬い音。

 膝から力が抜け、床に崩れた。声を殺して、泣いた。嗚咽を押し殺すほどに、胸の奥だけが軋んだ。


 抑え切った。全部、抑え切ったのだ。代わりに、嫌というほど分かってしまった。

 あの人が、どれほど好きか。ただ会いに来てくれただけで、こんなにも嬉しかったのだということを。


――このままでは、次は持たない。


 あの人はまた来る。優しいから、来る。そのたびに殻は一枚ずつ剥がれていく。

 好きになり切ってしまえば、殺せなくなる。殺せなくなれば、また失う。

 そしてまた、あの地獄へ。


 だから、逃げるしかなかった。この基地から。あの声の届かない場所まで。

 マリアはゆっくりと顔を上げ、涙を拭う。その動作にさえ、意味を持たせる。

 カメラに、立ち直ったと見せる仕草で。

 扉の電子錠。通気口の格子。監視の赤い点灯。足音の間隔。壁の時計


――これまで背景だったものが、今夜から、一つずつ手がかりに変わっていく。

 機会は、向こうから来ない。作るしかない。

 マリアは目を閉じ、足音を数え始めた。揺らぎの来る、その瞬間を待つために。

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