第36話:くそがよー!
格納区画に、静寂が戻った。
でも――
それは、平和な静寂ではなかった。
死の静寂だった。
昴は、ヤヒロの身体を抱えたまま、動けなかった。
涙が、止まらなかった。
亘一が、昴の肩に手を置いた。
「……スバル、もう」
「……まだだ」
昴の声が、震えた。
「まだ、諦めない」
「スバル――」
「ヤヒロは、まだ生きてる」
昴が、ヤヒロの顔を見た。
「な、ヤヒロ。起きろよ」
でも――
ヤヒロは、答えなかった。
亘一が、昴を引き離した。
「……スバル、もういい」
「離せ!」
昴が、暴れた。
「ヤヒロは、まだ――」
「死んでる!」
亘一が、叫んだ。
昴は、固まった。
亘一の目に、涙が浮かんでいた。
「……ヤヒロは、死んだんだ」
昴は、力が抜けた。
その場に、座り込んだ。
――死んだ。
ヤヒロが、死んだ。
昴は、顔を覆った。
そして――
泣いた。
声を上げて、泣いた。
亘一も、昴の隣に座った。
そして――
静かに、泣いた。
二人は、ヤヒロの傍で、泣き続けた。
――その頃。
マリアは、独房の窓から、格納区画を見ていた。
炎が、上がっていた。
戦闘の痕が、残っていた。
マリアは、何が起きたのか、知らなかった。
でも――
何か、悪いことが起きたのは、分かった。
その時。
独房の扉が、開いた。
日和が、入ってきた。
でも――
日和の顔が、泣きはらしていた。
「……日和さん?」
マリアが、驚いた。
「どうしたの?」
日和は、何も言わなかった。
ただ、マリアの前に座った。
そして――
小さく、呟いた。
「……ヤヒロさんが、死んだ」
マリアは、息を呑んだ。
「……ヤヒロさん?」
「お兄ちゃんの、整備を担当してた人」
日和の声が、震えた。
「Aionが、基地を襲撃して――」
日和が、顔を覆った。
「ヤヒロさんが、みんなを守って――」
日和が、泣き出した。
マリアは、何も言えなかった。
――死。
また、誰かが死んだ。
Aion側の、奪還作戦で。
マリアは、複雑な気持ちになった。
Aionは、マリアを奪還しようとした。
でも、失敗した。
その代償として、Genea側の人間が死んだ。
マリアは――
自分が原因で、誰かが死んだのか。
そう思うと――
胸が、苦しくなった。
マリアは、日和の手を握った。
「……ごめんなさい」
日和が、顔を上げた。
「……え?」
「私が、ここにいるから――」
マリアの声が、震えた。
「Aionが、私を取り返そうとして――」
「違う」
日和が、首を振った。
「マリアさんのせいじゃない」
「でも――」
「戦争のせいだ」
日和が、マリアの目を見た。
「誰のせいでもない。戦争が、悪いの」
マリアは、涙が零れそうになった。
――戦争。
そうだ。
全部、戦争のせいだ。
そして、今、ヤヒロも。
マリアは、戦争を憎んだ。
でも――
自分も、戦争の一部だ。
マリアは、それが辛かった。
日和が、マリアを抱きしめた。
「……マリアさん、泣いてもいいんだよ」
マリアは、涙が溢れた。
止められなかった。
――不死には、ほとんどない感情。
失う悲しみ。
Aionでは、嫌な記憶はすぐ消せる。
CIPで、全部消せる。
でも――
Genea側の人々は、消さない。
記憶を、残す。
悲しみを、抱えて生きる。
それが――
マリアには、眩しすぎた。
そして――
羨ましかった。
マリアは、日和の肩で、泣いた。
声を出さずに、静かに。
日和も、マリアを抱きしめたまま、泣いていた。
二人は、戦争の犠牲者を悼んだ。
――その夜。
ヤヒロの遺体が、安置された。
基地内の全員が、集まった。
黒瀬が、前に立った。
「……八尋丈一郎は、格納区画を守るため、命を賭けて戦った」
黒瀬の声が、静かに響いた。
「彼の犠牲がなければ、我々は多くの機体を失っていた」
黒瀬が、ヤヒロの遺体に敬礼した。
全員が、敬礼した。
昴も、敬礼した。
でも――
涙が、止まらなかった。
亘一が、昴の隣に立っていた。
日和も、昴の隣にいた。
三人は、ヤヒロを見送った。
――ヤヒロの笑顔が、昴の頭から離れなかった。
「くそがよーーー!」と叫ぶ声。
「また、一緒に飲もうぜ」という言葉。
全部、もう聞けない。
昴は、拳を握った。
――許さない。
Aionを、許さない。
昴の心の中で――
怒りが、燃え続けていた。




