第31話:日和が亘一と結婚したら、お前は義兄だ
基地内に、春が来たような空気が流れていた。
戦時中だというのに、亘一と日和の交際は、周囲を明るくした。
特に、整備班のヤヒロが喜んでいた。
「いやあ、亘一の奴、やるじゃねえか!」
ヤヒロが、VEGAの装甲を磨きながら笑った。
「スバル、お前の妹、可愛いもんな」
「……うるせえ」
昴は、不機嫌そうに答えた。
PQが、イヤモニから笑い声を漏らした。
『スバル、まだ引きずってるの?』
「引きずってない」
『嘘。心拍が上がってる』
ヤヒロが、昴の肩を叩いた。
「まあまあ、スバル。お前も誰か見つけろって」
「……もういい」
昴は、整備を続けた。
でも、心の中では――
マリアのことを、考えていた。
あの面会から、三日。
また会いたい。
でも、理由がない。
敵の捕虜に、何度も会いに行くのは不自然だ。
昴は、自分の感情が、よく分からなかった。
――その時。
亘一が、整備区画に入ってきた。
「よう、スバル」
「……亘一」
昴は、少しだけ不機嫌そうに答えた。
亘一は、それに気づいて、苦笑した。
「……まだ、怒ってる?」
「怒ってない」
「嘘だろ。顔に書いてある」
亘一が、昴の隣に立った。
「……スバル、俺、日和を大事にする」
「……分かってる」
昴は、工具を置いた。
「お前なら、大丈夫だ」
亘一は、少しだけ安堵した顔をした。
「……ありがとう」
昴は、亘一の目を見た。
「……でも、泣かせたら、ぶっ飛ばすからな」
「……了解」
亘一が、笑った。
二人は、握手した。
ヤヒロが、それを見て、声を上げた。
「おいおい、いい話してんじゃねえか!」
ヤヒロが、二人の肩を叩いた。
「よし、今夜、祝杯だ!」
「……祝杯?」
「おう! 亘一の交際祝いだ!」
ヤヒロが、ニカッと笑った。
「スバル、お前も来いよ」
「……俺も?」
「当たり前だろ。お前、義兄になるんだから」
昴は、固まった。
「……義兄?」
「そうだろ? 日和が亘一と結婚したら、お前は義兄だ」
ヤヒロが、当然のように言った。
昴の頭が、真っ白になった。
――結婚。
まだ、そこまで考えてなかった。
でも、確かに――
亘一と日和が上手くいけば、いずれは。
昴は、少しだけクラクラした。
『スバル、大丈夫?』
PQが、心配そうに聞いた。
「……大丈夫じゃない」
『ははは、可愛いね』
PQが、笑った。
――その夜。
昴、亘一、ヤヒロは、基地内の小さなバーに集まった。
といっても、アルコールは禁止。代わりに、合成ジュースで乾杯した。
「亘一の交際、おめでとう!」
ヤヒロが、グラスを掲げた。
「おめでとう」
昴も、渋々グラスを掲げた。
三人は、グラスを合わせた。
カチン、という音。
ヤヒロが、一気に飲み干した。
「くそがよーーー! アルコールなしじゃ、祝えねえ!」
「……我慢しろ。戦時中だ」
亘一が、苦笑した。
ヤヒロが、昴に向き直った。
「なあ、スバル」
「……何?」
「お前も、早く誰か見つけろよ」
ヤヒロが、ニヤニヤしながら言った。
「じゃないと、取り残されるぞ」
昴は、何も言えなかった。
――取り残される。
確かに、そんな気がした。
亘一は、日和がいる。
ヤヒロは――独身だが、楽しそうだ。
でも、昴は。
誰も、いない。
いや――
マリアの顔が、浮かんだ。
でも、敵だ。
昴は、頭を振った。
亘一が、昴の様子に気づいた。
「……スバル、お前、誰か気になる人がいるんじゃないか?」
「……いない」
「嘘だろ。顔に書いてある」
亘一が、笑った。
「もしかして、あの捕虜――マリア・シンクレアか?」
昴は、固まった。
――バレてる。
ヤヒロが、目を見開いた。
「おいおい、マジかよ!」
「……違う」
「嘘つけ! 顔、真っ赤だぞ!」
ヤヒロが、大笑いした。
昴は、顔を覆った。
「……もう、帰る」
「待て待て!」
亘一が、昴の肩を掴んだ。
「……スバル、気持ちは分かる」
「……分かるかよ」
「分かる」
亘一の声が、真剣になった。
「敵だけど、気になる。そういうこと、あるよ」
昴は、亘一の目を見た。
その目が、優しかった。
「……でも、どうすればいいんだ」
昴が、小さく呟いた。
「マリアは、敵だ。捕虜だ」
「今は、ね」
亘一が、静かに言った。
「でも、未来は分からない」
「……未来?」
「戦争が、いつか終わる」
亘一が、グラスを見つめた。
「その時、敵も味方もなくなる」
昴は、何も言えなかった。
――戦争が、終わる。
そんな日が、来るのか。
昴には、想像できなかった。
ヤヒロが、二人の肩を叩いた。
「おいおい、暗くなるなよ」
ヤヒロが、笑った。
「今夜は、祝杯だろ? 楽しくいこうぜ」
昴と亘一は、頷いた。
三人は、また乾杯した。
でも――
昴の心は、どこか別の場所にあった。
マリアのことを、考えていた。
――その頃。
マリアは、独房で天井を見つめていた。
スバルが、また来てくれるだろうか。
それとも――
もう、会えないのだろうか。
マリアには、分からなかった。
でも――
信じたかった。
また、会えると。
マリアは、目を閉じた。
そして――
スバルの顔を思い浮かべた。
優しい目。
温かい声。
――やっぱり、同じ人だ。
透の、生まれ変わり。
彼方の、生まれ変わり。
マリアは、涙が零れそうになった。
でも、堪えた。
泣くな。
今、泣いたら、負けだ。
マリアは、自分に言い聞かせた。
でも――
心は、もう限界だった。




