第30話:TIME AND TIDE WAIT FOR NO MAN
翌日。
基地内で、亘一と日和が付き合い始めたという噂が広まった。
整備班のヤヒロが、一番最初に茶化してきた。
「おいおい、スバル! お前の妹、亘一に取られたんだって?」
「……うるせえ」
昴は、不機嫌そうに答えた。
「まあまあ」
ヤヒロが、笑った。
「亘一なら、いい奴だろ? 安心しろって」
「……分かってる」
昴は、VEGAの整備を続けた。
ヤヒロが、昴の肩を叩いた。
「でもな、スバル」
「……何?」
「お前も、誰か見つけろよ」
ヤヒロが、ニヤニヤしながら言った。
「いつまでも、妹の心配ばっかしてられねえだろ」
昴は、何も言えなかった。
――誰か。
また、マリアの顔が浮かんだ。
昴は、頭を振った。
違う。
マリアは、敵だ。
でも――
『スバル、またマリアのこと考えてる』
PQが、呆れたような声を出した。
「……うるせえ」
『否定しないんだ』
「……」
昴は、何も言わなかった。
ヤヒロが、VEGAの装甲を叩いた。
「よし、VEGAの整備、完了だ」
「……ありがとう、ヤヒロ」
「おう」
ヤヒロが、笑った。
「お前、次の出撃、気をつけろよ」
「……ああ」
昴は、頷いた。
――でも、心のどこかで、思っていた。
次の戦場で、マリアと会うかもしれない。
また、敵として。
それが――
なんだか、嫌だった。
――その夜。
昴は、黒瀬に呼ばれた。
黒瀬の執務室。
シンプルで、無駄がない。
黒瀬が、椅子に座っていた。
「座れ」
昴は、向かいの椅子に座った。
黒瀬が、昴の目を見た。
「……捕虜、マリア・シンクレアとの面会を許可する」
昴は、目を見開いた。
「……いいんですか?」
「短時間だけだ」
黒瀬が、淡々と答えた。
「十分。それ以上は認めない」
「……分かりました」
昴は、立ち上がった。
黒瀬が、続けた。
「……天城」
「……はい」
「あの女性は、敵だ」
黒瀬の声が、低くなった。
「忘れるな」
昴は、頷いた。
「……はい」
でも、心の中では――
もう、敵とは思えなくなっていた。
――昴は、マリアの独房へ向かった。
扉の前で、監視兵が立っていた。
「面会許可を得ている。天城昴だ」
「……了解。十分だけだ」
監視兵が、扉を開けた。
昴は、中に入った。
マリアが、ベッドに座っていた。
顔を上げた。
昴の顔を見た。
その目が、少しだけ驚いた。
「……スバル」
「……久しぶり」
昴は、マリアの前に立った。
マリアは、立ち上がった。
二人は、向かい合った。
沈黙が、流れた。
昴が、口を開いた。
「……元気か?」
「……ええ」
マリアが、小さく答えた。
「扱いは、悪くない」
「……そうか」
また、沈黙。
昴は、何を言えばいいのか、分からなかった。
マリアも、同じだった。
でも――
二人の目が、語っていた。
会いたかった。
また、会えて嬉しい。
でも、敵同士だから、言葉にできない。
マリアが、口を開いた。
「……日和さんに、会った」
「……ああ、聞いた」
「いい子ね」
マリアが、少しだけ笑った。
「あなたに、似てる」
昴は、照れた。
「……そうかな」
「ええ」
マリアの声が、温かくなった。
「優しいところが」
昴は、何も言えなかった。
ただ、マリアの目を見た。
その目が――
悲しそうだった。
昴は、聞いた。
「……お前、何か悲しいことがあるのか?」
マリアは、一瞬驚いた顔をした。
そして――
視線を逸らした。
「……何もない」
「嘘だろ」
昴が、近づいた。
「お前の目、悲しそうだ」
マリアは、何も言えなかった。
――言えない。
言えるわけがない。
あなたのことを、ずっと探してた。
やっと会えたのに、気づいてもらえない。
それが、どれだけ辛いか。
でも――
言えない。
マリアは、小さく答えた。
「……私は、不死だから」
「不死?」
「ええ。何度も生まれ変わって、何度も人を失った」
マリアの声が、震えた。
「それが、悲しいの」
昴は、息を呑んだ。
――何度も、人を失った。
それは、どんな痛みなのか。
昴には、想像できなかった。
昴は、マリアの肩に手を置いた。
「……辛かったな」
マリアは、涙が零れそうになった。
でも、堪えた。
「……ええ」
その時――
監視兵が、扉を叩いた。
「時間だ」
昴は、手を離した。
「……もう、行かないと」
「……ええ」
マリアが、昴の目を見た。
「……ありがとう」
「……何が?」
「来てくれて」
マリアの声が、温かかった。
「嬉しかった」
昴は、頷いた。
「……俺も」
昴は、扉へ向かった。
でも、振り返った。
「……マリア」
「……何?」
「また、会いに来る」
昴が、真剣な目で言った。
「それまで、元気でいろよ」
マリアは、小さく笑った。
「……ええ」
昴が、去った。
マリアは、独房に一人残された。
でも――
心は、少しだけ温かかった。
スバルが、来てくれた。
また、会いに来ると言ってくれた。
それが――
救いだった。
マリアは、ベッドに横になった。
――時と潮は、人を待たない。
マリアは、そのことわざを思い出した。
時間は、流れていく。
戦争は、続いていく。
いつか、また別れが来るかもしれない。
でも――
今は、スバルに会えた。
それだけで、十分だった。
マリアは、目を閉じた。
そして――
静かに、眠りについた。




