第23話:命は、借り物
居住区は、岩を掘った洞窟だった。
入口は狭いが、中は意外と広い。天井から淡い光を放つ鉱石が吊り下げられ、壁には苔のようなものが生えている。水が、岩の隙間から滴り落ちる音が、静かに響いていた。
Sih――Nivaranたち。
青みがかった肌。大きな目。長い手足。人間に似ているが、どこか違う。でも、彼らは人間と同じように、食事をし、話をし、笑っていた。
ただ、その笑い方が、どこか控えめだった。感情を、表に出さないように訓練されているかのように。
タラが、昴とマリアを空いている部屋へ案内した。
「ここで休んで。水と食料は、後で持ってくる」
昴は、部屋を見回した。狭い。ベッドが一つ。テーブルが一つ。
「……ベッド、一つしかないんだけど」
「二人用」
タラが、淡々と答えた。
「部屋が足りない。我慢して」
昴とマリアは、顔を見合わせた。
そして、すぐに視線を逸らした。
「……俺、床で寝る」
昴が、即答した。
「床は冷える」
タラが、首を傾げた。
「なぜ、二人で使わない?」
「……事情がある」
「事情?」
タラの大きな目が、昴を見つめた。
「あなたたち、つがい?」
「違う!」
昴とマリアが、同時に否定した。
タラは、少しだけ表情を緩めた。これが、Sihの「笑い」らしい。
「なら、問題ない。ベッドを共有するだけ」
「……そういう問題じゃなくて」
「分からない」
タラが、首を傾げた。
「ベッドは、寝るための道具。共有しても、問題ない」
昴は、何も言えなかった。
文化が、違いすぎる。
タラが、続けた。
「明日から、働いてもらう。Life Debt」
「ライフ・デット……?」
「命は、借り物」
タラが、説明した。
「私たちは、あなたたちを助けた。水を与え、食料を与え、場所を与えた」
「……ああ」
「だから、返す。労働で」
タラの声が、淡々としていた。感情がない。でも、敵意もない。
「善意ではなく、契約。それが、Life Debt」
昴は、理解した。
Sihの文化は、全てが契約なのか。
「……分かった。働く」
マリアも、頷いた。
「……私も」
「よろしい」
タラが、満足そうに頷いた。
「では、ルールを説明する」
タラは、三本の指を立てた。
「一つ。No Flags(旗を持ち込まない)。所属、国家、陣営を、居住区と救護区では出さない。武器、徽章、階級表示、全て禁止」
タラの声が、厳しくなった。
「違反したら、追放」
昴とマリアは、頷いた。
「二つ。Signal Quarantine(回線封印)。長距離通信、救助要請は、私たちの管理下でのみ許可」
「……なんで?」
「戦争を呼ぶから」
タラが、即答した。
「あなたたちが通信すれば、両陣営が来る。そして、ここが戦場になる」
昴は、納得した。
確かに、VEGAの位置が分かれば、Geneaが来る。マリアがいると分かれば、Aionも来る。
そして、NIVARAが戦場になる。
「……了解」
「三つ。Life Debt。助けた分は、返す。善意ではなく、生活の契約」
タラが、二人を見た。
「理解した?」
「……ああ」
昴とマリアは、頷いた。
タラが、去った。
二人は、部屋に残された。
沈黙。
昴は、ベッドを見た。一つしかない。
マリアも、ベッドを見ていた。
「……お前、ベッド使えよ」
昴が、言った。
「俺、床で寝るから」
「……いらない」
マリアが、冷たく答えた。
「私も、床でいい」
「でも――」
「敵から、優しくされたくない」
マリアの声が、震えた。
昴は、何も言えなかった。
そうだ。
敵だ。
この人は、敵だ。
でも――
なんで、こんなに気になるんだ。
昴は、自分の感情が、理解できなかった。
――その夜。
昴は、床に横になった。
マリアは、ベッドに横になった。結局、昴が説得して、マリアがベッドを使うことになった。
部屋の明かりが消える。
暗闇の中で、マリアの呼吸が聞こえた。
浅い。速い。
眠れていないのか。
昴も、眠れなかった。
頭の中で、マリアの顔が浮かぶ。
あの悲しそうな目。
あの震える声。
なんで、あんなに――
『スバル』
PQの声が、頭の中で響いた。
「……何?」
『眠れない?』
「……ああ」
『マリアのこと、考えてる?』
昴は、答えなかった。
でも、PQには分かっていた。
『……スバル、一つだけ言っていい?』
「……何?」
『君の感情は、正しい』
昴は、眉を寄せた。
「……どういうことだ?」
『分からない。でも、君が感じていることは、間違いじゃない』
PQの声が、温かかった。
『だから、無理に否定しないで』
「……でも、マリアは敵だ」
『今は、ね』
PQが、静かに言った。
『でも、未来は分からない』
昴は、何も言えなかった。
ただ、天井を見つめた。
――マリアも、眠れなかった。
昴の呼吸が、聞こえる。
深く、ゆっくりと。
安心する音。
透も、彼方も、同じように呼吸していた。
やっと、会えた。
でも、気づいてもらえない。
マリアは、涙が零れそうになるのを、必死に堪えた。
もう少し。
もう少しだけ、我慢しよう。
いつか――
いつか、気づいてくれる。
マリアは、そう信じるしかなかった。




