第19話:確信を隠す
ブリーフィングは、午前六時に始まった。
Aion Sphere第七ストライクウィング《RAPTOR》の作戦室。長机の周りに十一名が並んでいる。パイロット、技術担当、戦術オペレーター。誰もが姿勢を正していた。エヴリン・ヴォスが正面に立っているからではない。スクリーンに映し出されたデータが、その場の空気を固めていたからだ。
「識別符号、未割当。Genea Accord側の新規登録機体。形状データ、既存のどの機種とも一致しない」
技術担当の男が、スクリーンを指した。映っているのは、輪郭だけの機体シルエットだ。センサーが拾った反応を再構成した二次データで、解像度は低い。それでも、輪郭の比率が、マリアの目には見覚えがあった。
「今回の会戦で本機が出撃した場合、対処手順を確認する」
男が、端末を操作した。次のスクリーンに、数値が並んだ。
「RB-2と識別されるシステム使用時の推定稼働時間、三分四十七秒。射程外精度は現行量産機を大幅に上回る。機体反応速度、理論値との乖離が――」
そこでマリアは、数字の読み上げを聞くのをやめた。
聞こえていたが、耳に入れるのをやめた。
画面の中の輪郭。肩の丸みと、推進部の位置と、脚部の比率。
あれだ。
あれが、「スバル」の機体だ。
指先が、資料の端を握った。白くなるほど。マリアは気づいて、力を抜いた。
「――以上より、包囲殲滅が有効とされる。単機での正面接触は回避すること。複数機による射線の重複と退路封鎖を優先する」
技術担当が、締めくくった。
包囲殲滅。
マリアは、その言葉を頭の中で転がした。三秒。
無理だ、と思った。
あの機体は包囲を許さない。あの動きは、射線の重複を予測して、先に消す。技術担当が今読み上げた手順は、正しいデータから導いた正しい結論だが、あの機体を知らない人間が書いたものだ。
マリアは知っている。
声で知っている。息の速さで知っている。戦場で一瞬だけ繋がった帯域の質感で知っている。
「以上だ。質問は」
エヴリンが、室内を見回した。
誰も、口を開かなかった。
「VEGAを確認した場合は、即時報告。捕獲を優先とするが、状況によっては破壊を許可する。報告なしの単独接触は禁ずる」
エヴリンの視線が、一瞬だけマリアの上で止まった。
止まったのは、一秒未満だった。
でも、マリアには分かった。特に自分に向けて言った言葉だと。
「了解しました」
マリアは、答えた。
声が、揺れなかった。自分でも驚いた。
エヴリンが頷いて、解散を告げた。
椅子を引く音。足音。資料をまとめる音。部屋の温度が下がっていく。
マリアは、一番最後に立ち上がった。
スクリーンがオフになった。あの輪郭が、消えた。
マリアは、その暗くなった画面を、一秒だけ見た。
そして、廊下へ出た。
格納庫は、いつもと同じだった。
整備員が動き、機体が並び、VEEが起動確認の音声を流している。戦争が今日始まったわけでも、今日終わるわけでもない。ただ、今日の出撃があるというだけだ。
『VEIL-09、システム確認。搭乗者認証、完了』
「VEE、今日の作戦目標を」
『主要補給ルートの封鎖および艦隊迎撃。二次目標、VEGAの捕捉』
二次目標。
マリアは、コックピットハッチを閉めた。密封される。外の音が消える。
『出撃許可まで、あと四分』
「わかった」
マリアは、シートに深く背を預けた。コックピットの天井を見上げる。
VEGA対処手順。包囲殲滅。複数機。射線の重複。
マリアは、そのどれも使う気がなかった。
報告しない。今日、あの機体を見つけても、あの声を確認しても、エヴリンには報告しない。報告書には何も書かない。これは組織の作戦ではなく、マリア・シンクレアの、個人的な戦いだ。
『VEIL-09、出撃』
命令が来た。
マリアは、操縦桿を握った。
――行こう。
「スバル」のところへ。
そして、終わらせる。
マリアの機体が、静かに戦場へ滑り込んでいった。




