第14話:ALL GOOD THINGS MUST COME TO AN END
Crown Hubは、戦争の影響をほとんど受けなかった。
交易の中心。契約の要。規格の拠点。
ここは、秩序が守られる場所だった。
でも、マリアは知っていた。
秩序の外では、人が死んでいる。
マリアは、民間救難団体――CORRIDOR RELIEF UNION(コリドー救難連合)のボランティアとして、 後方支援をしていた。
トリアージ補助。避難導線の整流。搬送手順の確認。
マリアの仕事は、規格と手順を守ること。それだけ。
感情は、必要なかった。
――その日、中立地帯の病院に、大量の負傷者が運び込まれた。
戦闘に巻き込まれた民間人。Genea側、Aion側、区別なく。
マリアは、トリアージを手伝っていた。
「赤、こっち! 黄色、待機! 緑、自力で移動!」
声が飛び交う。血の匂い。消毒液の匂い。
マリアは、淡々と作業を続けた。
――その時、一人の医師が駆け込んできた。
若い男性。三十代前半くらい。白衣が血で汚れている。
「この人、すぐに手術室へ!」
医師が、担架を押していた。
マリアは、担架を見た。
Genea側の兵士。若い。意識がない。
「赤タグです。優先度、最高――」
「分かってる!」
医師が、マリアの言葉を遮った。
「だから、すぐに運ぶんだ!」
マリアは、少しだけ眉を寄せた。
この医師、感情的だ。
冷静さを欠いている。
でも、手際は良かった。
マリアは、医師の後を追った。
手術室の前で、医師が振り返った。
「君、ボランティアの人?」
「はい。マリア・シンクレアです」
「神代透。医師だ」
透が、少しだけ笑った。
「手伝ってくれて、ありがとう」
「……当然のことをしただけです」
マリアは、感情を込めずに答えた。
透が、不思議そうにマリアを見た。
「……君、Aion側の人?」
「はい」
「なのに、Geneaの兵士を助けるのか?」
「敵だから助けない、という理由はありません」
マリアは、淡々と答えた。
「ここは中立地帯です。トリアージの基準は、重症度のみ」
透が、目を見開いた。
そして、笑った。
「……そうだな。その通りだ」
透が、手術室に入る前に、もう一度マリアを見た。
「マリア、また会おう」
「……はい」
マリアは、小さく頷いた。
――それが、始まりだった。
透は、その後も何度も病院に来た。
負傷者を運び込み、手術をし、また前線へ戻る。
その度に、マリアと言葉を交わした。
「今日も、来たんですね」
「ああ。また、大勢運び込まれた」
透の顔に、疲労が刻まれていた。
「……休まないんですか」
「休めない」
透が、苦笑した。
「目の前に、助けられる人がいるのに、休めるわけがない」
マリアは、その言葉に引っかかった。
「……でも、あなたも人間です。限界があります」
「限界まで、やるさ」
透が、マリアの目を見た。
「君も、そうだろ?」
「……私は、違います」
マリアは、首を振った。
「私は、不死です。限界は、ありません」
「……そうか」
透が、少しだけ悲しそうな顔をした。
「マリア」
「はい」
「俺に、不死を勧めるか?」
マリアは、迷った。
勧めるべきか。
Aionでは、不死は合理だ。秩序の到達点だ。
でも、透の顔を見ると、言葉が出なかった。
「……あなたが、望むなら」
「俺は、望まない」
透が、即答した。
「俺は、有限でいい」
「……なぜ?」
「有限だから、今を大事にできる」
透が、笑った。
「無限だったら、今日を明日に延ばせる。でも、有限なら、今日しかない」
マリアは、その言葉を噛み締めた。
理解できなかった。
でも、心に残った。
――そして、ある日。
透が、マリアに言った。
「マリア、俺と一緒に来ないか」
「……どこへ?」
「前線じゃない。ここより安全な場所」
透が、真剣な顔をした。
「俺、戦争が終わったら、小さな診療所を開きたいんだ」
マリアは、息を呑んだ。
「……私と?」
「ああ。君がいてくれたら、嬉しい」
透が、マリアの手を取った。
「マリア、君は優秀だ。冷静で、的確で、規格を守る。でも――」
透が、マリアの目を見た。
「君には、温かさもある。それが、好きだ」
マリアの心臓が、跳ねた。
初めて、誰かに「好き」と言われた。
「……私、温かくなんて――」
「温かいよ」
透が、微笑んだ。
「君が気づいてないだけだ」
マリアは、何も言えなかった。
ただ、透の手を握り返した。
――でも、全ての良いことは、終わる。
それが、世界の法則だった。




