13 見えなかった者2 (それぞれの愛)
「……。」
少年は小さな吐息と共に目を開ける。透き通った金の瞳が見え、 一同は固唾を呑んで見守る。
彼は表情を変えずにそのままでいたが、暫くして、唇が開いた──。
「……じゃ、そこ座ってもいい?」
そことは、現在、橙が立っている玉座のことであった。
少し首を傾げ、指を差して尋ねた内容は、他愛のないことで──、
「「「「「「……え」」」」」」
予想外だったのか、一同、鳩が豆鉄砲を食ったように唖然とした表情を返す。
「ん? 何か変なこと言った?」
少年の首は更に傾く。
「……ふっ、やはり、貴方は面白い方ですね。」
「……」
口元を綻ばせた者や、じっと見詰める者がいる中、呆れ、驚き、戸惑いの気配も見られた。
「ん、どうしたの、青?」
何か言いたそうな雰囲気を察してじっと見詰めてくる、騎士の出で立ちをした者に少年は尋ねた。
「……。……いえ。」
一言愛想なく、応えた。青と呼ばれた、騎士の出で立ちをした者は、目をこちらに向けることもなかった。
その際、ほんの僅か、眉がぴくっと動いたことを少年は見逃さなかった。
「ふーん?」
少年は笑む。包容力すら感じるそれを見て、青は目元を険しくさせる。
「……。……何ですか。再三言っていますが、赤に何かあったら許しませんから。」
淡々と言いつつも、力が随所に込められた言い方であった。
「ちょっと、青!?」
驚きつつ、抗議の声を上げた者は、青が赤と呼んだ、赤一色の少女だった。それを青は気にせず、少年を逸らすことなく見据えた。
興奮しているせいか、目元周辺がほんのり赤色に染まる。と言っても、外からはそれ程激しい様子でもなく、表情の変化もないので、厳しい口調で少年を責めているように見えるのみ。
「うん、知ってる。」
少年は変わらず、微笑んでいた。
「……。」
青は目を逸らし──。
「それなら、いいです。」
苦々しい表情だった。その裏で──、
ザリッ──。小さな歯軋り。それは、本人にしか聞こえない内密の音。
「流石だなっ! ダチのために強く思うその心、恐れ入ったぜ!」
そんな二者によって築かれた独特の空気を見事にぶち壊して、中に入ってきたのは、緑だった。
「……、……。……貴方が言ったら、安っぽくなりました。口出さないでください。」
何かを言おうとして、止め、僅かに見開いた目を伏せる。最終的に紡がれた言葉は、明確な拒絶だった。青は憤りのためか、先程よりは薄くなりつつも、染まった色は、未だ消えそうもなかった。
「おいおい、それはないだろ!? ……なぁなぁ、俺に対しての扱いが一番酷くないか!?」
そのような青の様子に、一切気付けていない緑は嘆く。多彩な表情変化を見せる緑と比べれば、気付けないのも無理はない。
「……。」
「無視かよ!?」
喚く緑に対しての応答は一瞥のみで、ふいっと顔を背けた。
「貴方は無神経にずかずか言って、知らないところで人を傷付ける癖がありますからね。しょうがありませんね。」
そこに声を掛ける人物がもう一人、──それは黄だった。
「うっ! いや、そーだけど! そーだとしてもだっ! そこは、フォローしてくれよ!?」
「する気が起きませんね。」
バッサリと切り捨てた。
「俺とお前のダチ同盟は!?」
「……。……ないですよ。全く結んだことすらないのを、あるように持ち出されても困りますね。」
一瞬隙を突かれたように言い淀むも、溜め息混じりに通常通り話した黄は、肩を竦める。
「~っ!」
否定されて、言葉にならない呻き声を上げると、
「シュッ、シュユウ! み、皆が俺を苛める!」
「あー、はいはい。どうどう。」
緑は涙目で少年の掌にすり寄って来た。少年はそんな緑を撫でて宥める。
……行動とは裏腹に、適当な慰めの言葉であった。
「こらこら、苛めないの。 苛めると可愛いからって。」
そしてあまりにも酷い言い様、止めさせる理由にもなっていないのである。
「シュッ、シュユウ!」
それに、ガバッと顔を上げ怒る──
「やっぱり、シュユウだけだっ! 俺のこと分かってくれるのは!」
……怒ったわけでもなく、ただただ感激し、うるうるした瞳で、全面的な信頼を少年に寄せていた。
その小さな両手で、しっかりと少年の指を押さえていた。
「見事に雰囲気で流されてますね。」
「……まるめ、こまれ、てる。」
「何故、気付かないんですの?」
「……。」
呆れて何も言わない者と、
「……。」
目を逸らした者と、
「……シュユウ。」
憂いを帯びた表情の者。
「俺は、シュユウのことが好きだー!」
今度は少年の指を全体で抱くようにして、スリスリし始めた。傷心気味であるためか、半ば自棄になっている。
「わぁ、素面なのに、酔ってる? うん、僕も好きだよー」
その最後の一言に一同、ビシッと固まる。……分かっている。この少年の言葉に、特別意味がないことは。大方、面白いからで済む話だろう。……しかし──。
誰からというわけでもなく、互いに見合わせる──、
「そこまでですわ! もう、十分ではなくって! それ以上、見苦しい真似をするならば、減点ですわ!」
そのような周囲と一線を画して、先陣を切ったのは、やはりというべきか赤だった。
「いいぜ! 減点、受けてやる! 俺の評価は既にマイナスだからな! マイナスが増えるだけなら、減点されても怖くないぜ!」
開き直りは頑固さを引き起こして、梃子でも動かない、面倒臭さを倍増させた。
「俺達の愛を邪魔する障害は、何であろうと越えてみせる!」
決意を漲らせ、益々少年に、正しく言えば少年の指だが──、がしっと、しがみ付く。
「壮大な物語になってきたねー。君が楽しそうなら、何よりだよ。」
語られている二人の温度差は、広がりを見せていた。
「何ですの! 貴方がお可哀想だと思って、すぐに指摘することなく、そのままにしてあげましたのよ!」
「いいんだ! 俺は可哀想な奴で!」
「みっともないですわ! 少しはシュユウの迷惑も考えたらいかが!?」
「僕は迷惑じゃないよー。 ずっとこのままだと、差し支えはあるけど。」
「貴方はややこしくなるので、黙ってなさい!」
「はーい。」
少年は大人しく返事をした。
「やだ! 俺は絶対離すもんか!」
やだやだと首を振る。
「……赤に迷惑を掛けるなら」
ギラッと青い瞳が光る。それは、夜の海に反射された、灯台の光を錯覚させる程、潜在的で静かなのに激しい。
「それまで……、……!」
「……ヘンタイ、排除」
同時に放たれた異なる言葉──。青はもう一つの気配に目を見開く。
(いつの間に、……不覚。)
ぐっと奥歯を噛み締めた。
「うおっわああ! ……やめろ、やめろっ。そのブツどけてくれっ」
静観していた者達が動き出した結果、喧しさは加速していた。
緑が動揺するのも仕方がない。
肩と言えば肩だが、首の根本のギリギリに置かれた、剣──。
首から肩が露出しているドレスなので、ひんやりとした冷覚が直に肌から伝わった。
それに気付いて緑は叫んでいた。
「……。外れ……」
青は眉を寄せた。
「……、何故?」
考え込み始めた青に対して、
「なんつーっ、危ねーもの向けてるんだっ! ドレス着ている俺に向かって!」
「……?」
「あ、言っとくけどドレス着てなきゃ、向けていいわけじゃねーからな!」
「そうですか。」
「そうですか、じゃなくて、どけろ! ……、お前じゃないのか?」
「……は?」
「なんかこう、むず痒いというか、いや、これは収まったな。じゃなくて、こう、ゾッゾッゾってするんだけど。」
緑は真面目な顔をして話すが──。
「……。」
「止めろ! 今言ってること以上、言うのは止めろ!」
「……何も言ってませんが。」
「いや、なんか目から、俺が傷付くことを言ってる気がする。」
「……。」
青は剣を退けた。緑の要望通りになった訳だが……、
「あ、これ以上話しても無駄だって思ったろ!」
「……。」
青は一瞥して──、側にいた、呆然としている赤の手首を掴む。
「行きましょう。」
見てても無駄と早々に決め、颯爽と踵を返す──、
「青っ!? 」
「……待った、待った! まだ、話すことはあるはずだぜ! 俺を見てくれ!」
驚きに声を上げる者と、焦りの声を上げる者に分かれた。
「……」
ピタッと足が止まる。
「……気持ち悪い。」
「はぁ!?」
「私が見たいと思うのは、赤──」
金の瞳が脳裏を掠める。そして、呑み込まれる程の深い──、自分とは似て非なる藍──。
バッと青は少年を見る。
少年はちゃっかりと玉座に座っており、ひらっと片手を振った。細められた金の瞳が、青を映していた。
手を振っていない側の肩には、黄が悠然と座っている。
「青?」
「……。」
怪訝そうに呼び掛ける声で、正気に戻る。
「いえ」
知らず知らず口元を覆っていた手を外し、目を逸らし、緑を見据えた。
「元から、私が見たいと思うのは、赤だけだ」
それ以外は許さないと言わんばかりの強い眼差し。瞳の放つ輝きは、太陽から海に向けられたギラつく反射光となり、強烈でその瞳の真意は見えない。先程の激しい静けさが、表面に出てきたかのようであった。
──許してはならないのだ、何があっても。変化はいらない。望まない。
「傲っていればいい。今、首を狙うのは、私だけではない。お忘れなきよう。」
所々抜け落ちた敬語。そこに意思の強さが窺える。
「……行きましょう。」
今度こそ、しっかりと赤の手首を掴む。その様は自分に何かを言い聞かせているようで──、
「……ええ。」
何かを察した赤は目を伏せる。
「……おっ、おいっ!」
呆然とその二者を見送った緑は我に返り、尚も呼び止めようとするが──、
「動くな、変態」
「……!」
ピタッと緑に気配なく張り付いていた者により、動きを止めざるを得なかった。




