12 見えなかった者
修正しました。
「ようやく寝てくれたねー」
少年の掌にはすやすやと眠っているピンクのミニチュア羊擬きがいた。羊擬きの目元には、涙の跡が見える。
それらを見守っていた気配が少年周辺に多数見られた。
つまり、気配の持ち主達、それは掌サイズの人物が宙に浮いていたのであった。
「寝てくれた……のでしょうか?」
困惑した表情で、ムラサキは問い掛けた。
「いいえ!」
ムラサキの疑問に鋭く答えたのは少年ではなく──。
「寝たのではなく、貴方が眠らせたのですわっ!」
ビシッと赤い扇を少年に向け、糾弾するように言ったのは、赤い吊目に険を表している、スタイルの良い少女だった。その反動で扇に付属している赤い羽のチャームが振動していた。
腰まで長い赤髪を下ろし、赤のドレスを着ている。ムラサキが可憐さを備えているのに対して、また違った趣を感じさせる少女である。後ろに豪華な華が見えそうで、気品の高さを窺わせた。
「ええ。」
賛同するように頷いたのは、スラリとした姿勢の良い人物。赤一色の少女とは違いこちらは、青一色の身形である。
髪は短く、そこから見える形の良い耳のうち、片方に青い羽の耳飾りが見られ、服装は騎士のような出で立ちをしていた。青の瞳は静かに凪いでいて、表情が読み取りにくい。
「俺も見てたんだぜ!」
こちらは何故か得意げに己を親指で差している。その腕には腕輪がしてあり、真ん中に緑の羽の形をしたようなものが、埋められていた。
この人物の動きが大振りだったためか、着ている赤いドレスが揺れた。
この人物が持つ緑の瞳はきらきらと、躍動していた。
因みにこの人物の髪色は赤で、腰まで長いが赤一色の少女より、色は微妙に薄い。不思議なことに、ドレスも赤一色の少女と比べれば薄いだけで、それ以外は、ほぼ同じ形だった。
「……」
少年は首を傾けサラッと髪を揺らし、不思議な微笑を浮かべると、玉座へゆったりと歩き出した。
周りはそんな少年を為す術もなく見送る。まるで、そこだけ時が止まってしまったように。しかし……。
「そこっ! 動きが大きいですわっ!」
ピシッと赤い扇を、緑の瞳所持者に向けた。
少年の効果を受けずにいた者が、1人だけいた。この赤一色の少女は、緑の瞳所持者の所作が気掛かりで、少年の方を見ていなかった。
「……いっ、今のは俺流の俺的淑女ルールだから、セーフだ!」
遅れて反応した緑の瞳所持者は、強く弁明した。
「……ならば、最低限のことは守っていただきますわ。」
緑の瞳所持者をじっと赤の双眸が静かに見ていた。
「え」
「おみ足が開いてますわよ?」
赤一色の少女の声がワントーン低くなった。
「げっ」
緑の瞳所持者は足元を見た。すると蟹股になっていたため、ドレスのスカート部分が横に広がっていた。
「げっ、ではありませんわ」
「オホッ、ホッ。こ、こりゃ失礼アソバセッ」
不自然な空笑いをしながら、慌てて緑の瞳所持者は足を閉じる。
赤一色の少女はそれを一瞥すると、少年を追った。
「……。」
騎士の出で立ちをした者も、緑の瞳所持者を見ていたが、ふっと視線を外し、赤一色の少女を追った。
「ええと、その。 頑張ってください……。」
ムラサキは視線を彷徨わせた後、ぎこちなく微笑んだ。そして目礼して緑の瞳所持者を通り過ぎ──。
「えっと、……失礼しますね。」
「……ふっ、まだまだですが、今日も面白いですね。」
そして他の者も続き、緑の瞳所持者を通り過ぎる。
「……」
緑の瞳所持者は、ポカーンとそれらを見送っていた。
「な、なんで、俺、扱いに困られてんだ!? というか、最後のはどういうことだ!? おい、黄──!」
緑の瞳所持者は焦って、離れゆく背中を追った。
「油断するとすぐこうですから、前途多難ですわ。」
赤い扇で自分の口元を隠した赤一色の少女は、溜め息混じりに言った。
「まぁまぁ、君のお陰で様になってきたんじゃない? 」
玉座の前に立った少年はこちらにやって来た赤一色の少女を見た。
「そうですわね。全てが目も当てられない状況から、往々にして目も当てられない状況へと変わったことは、評価すべき点ですわ。」
「……同じように聞こえるのは、僕の気のせいかなー。……さて、どうしたものかな。」
少年は玉座の方へ目を向けた。
玉座の座席に、小さな橙色の塊が占拠している。
よく見るとその塊は、橙色の髪を持つ掌サイズの少女がすよすよと丸まって寝ていた。
顔はこちらに向けており、安心しきった表情である。その頭の上には橙色の猫耳があり、耳と同じ色の長い尻尾は身体に寄り添うかの如く、ペタリと倒れていた。
取り敢えず少年は、ミニチュア羊を玉座の肘掛けの部分に乗せた。
「……ん、これ、」
ピクッと猫耳が動くと同時に、尻尾も動いた。
「ごしゅじんさま、におい、ちがう。」
開かれたのは橙色の寝ぼけ眼であった。
「おはよー。」
「ごしゅじんさま……?」
目蓋を擦りつつ、身を起こした。
「僕はご主人様じゃないよー。」
「……諦めたら如何ですの。 」
「やだね。」
冷めた視線を向けてくる赤一色の少女に対し、少年は短く応えた。
「はっ! ご、ごめなさっ……、申し訳ございません! すぐに仕事に取り掛かります。このような汚い身で申し訳ございません、申し訳ござい」
素早く立って平謝りしていた。服装は橙色のベストにショートパンツ姿だった。
少年は橙色の瞳を持つ少女の額を指でトンと、突っついた。
「今、君はどこの子なの?」
「ごしゅじんさま……」
呆然と呟く。それは質問に答えているのではなく、状況を確認しているようだった。
「残念。僕は君のご主人様じゃないよー。」
「……いい加減諦めたらどうですの?」
「それ聞いたよー。」
再度少年は冷めた視線を向けられながらも、平然としていた。
「……。失礼致しました。冒険組合の意向を魔界に連絡致します。その上で文書を」
橙色の瞳を持つ少女は、一礼しスラスラ言葉を並べ立ていく。
「橙、そんなことしなくていい。」
少年は橙色の瞳を持つ少女の機械的になった声を遮る。奥まで浸透するような柔らかな声なのに鋭さが生じ、彼女、橙の言葉を止めるのに十分だった。
「……っ。なんで、」
橙は少年に取り縋ろうとしたが、
「今君はどこにいる?」
少年は橙の予期しなかった問い掛けを投げた。
「私……。どこ。 私は……。」
頭を押さえて、切れ切れの単語が橙の口から出される。
「今の君はね、女王陛下の側に控える階層から独立した存在の、虹橋精霊。今は、僕の監視のためにこの場にいる。」
少年の金の瞳は月光に浴びられた刀身のように、冴え渡っていた。そこには何もないはずなのに、
「……」
ある者は扇を握り締め、
「……」
ある者は口を固く結び、
「……」
ある者は歯を食い縛り、
「……」
ある者は己の腕を掴み、
「……」
ある者は顔を背け、
「……」
ある者は俯いた。
各々には、波紋のように少年の言葉が広がっていった。
「だから、僕の仕事をやる必要ない。」
「……!」
橙色の瞳がこれ以上ないくらい見開かれた。それは彼女自身の存在を拒否されたかのようで──、
「ここは君達の属する所でもないし、君達が任命されたことをするも、しないも自由。君達だけが“目”な訳だから、結託すれば如何様にも出来る。」
「「「「……」」」」
何かを察した面々は、呆れた面持ちになる。
「ん? それはどういうことだ?」
「報告したいならすればいいし、したくないならしなければいいってこと。一々些末なことまで、全部報告してたら相手も疲れるでしょ。」
「ええ、緑の涙ぐましい努力を一々言わなくて言いことと同じですね。今日は36回指摘されたみたいですが。」
「そうそう。」
「黄!? お前っ、数えてたんかよ!? 」
緑と呼ばれた緑の瞳所持者はぎょっとしていた。
「暇だったもので。今日は意外と少なかったみたいですが。」
黄と呼ばれた者はその名の通り、サラリとした黄色の髪を持ち、黄色の瞳を持つ青年だった。顔立ちは婉然としていて整っている。服装は黄色の袍を下に長くしたような、何となく高級感漂う、民族衣装であった。手の中指には指輪をしていた。指輪にはチェーンが見られ、黄色の羽がそこに繋がれていた。
「意外とってなんだよ!?」
緑は憤然として抗議しているが、黄は相手にしていない。
「じゃあ今日も手伝ってね。よろしく。」
憤然としている緑を構わずに、全体に向かって大雑把に少年は言った。
「……ん? ……なんか、言ってることが違」
「僕に何か盛ろうとしてたわけだし?」
聞こえてきた言葉に違和感を抱くが、少年の先回りに緑のみならず──、
「……」
一斉に目が逸らされた。
「というわけで、お願いね」
各々は、沈黙を以て応えた。
「……じゃあ。手伝って、いいの?」
橙は不安そうに聞いた。
「勿論。手伝ってくれると嬉しいよ。君自身のまま、範囲内を越えない程度で。」
「……いつも言ってる、こと?」
「そうだね。それと、自分の足元を見ていれば掬われることはないから。そこを見極めてね。……何であっても。」
金の双眸が暗く煌めいた。
「……宜しくね。」
少年は誰に言うでもなくそう言うと、目を閉じた。
蛇足です。↓
『虹橋精霊』を本文に表記する時期が近付いたら、簡単なものですが補足に載せる予定です。(→意味がないことに気付きましたが、以前から表明していましたので実行する予定です。)
宜しくお願い致します。




