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10 吟ずる羞恥

ペースの遅い更新でありますが、投稿して一年経ちました。改めて宜しくお願い致します。

「……っ、葡萄ゼリーって。何でまた? そこは、葡萄酒とかでいいんじゃない。」


 少年は肩を震わせて、屈託なく笑っていた。


「仕方無いじゃないですか! 私は葡萄酒が飲めないんですからっ!」


 眉を吊り上げ、大真面目に青年は反論する。


「え、そこなの? ……っ、びっくりするほど、君って律儀だよねぇー。……それで、葡萄ゼリー、か。くくっ」


 更に笑い出す少年。一応、どうにか堪えようと試みているようだ。


「い、いいじゃないですかっ! 美味しいんですからっ! 」


 今更ながら、恥ずかしさを覚えて青年は俯く。桃色の髪から覗く耳は、髪の色よりも濃く染まっていた。


「うん。そうだねぇー、美味しいよね。」


 そんな青年の様子を知ってか知らずか、あっさりと少年は認めた。それに青年は驚いて顔を上げる。少年は優しく微笑んでいた。


「うん、どうしたの?」


 微笑みながら少年は問い掛けた。


「……貴方は、馬鹿にしないんですね。」


 青年は目を伏せた。


「馬鹿に? どうして?」


  きょとんと、不思議そうな表情に変わる。その様は、幼子が無垢な瞳を向けて純粋に尋ねるようであった。


「それは……」


 青年は言い淀む。

 少年は青年のそんな様子を眺めていた。


「……私が、……な……からですよ」

「……ん?」


 少年は目を瞬かせた。


「私が、こんなっ……顔っ、してるから!」

「……。」


 少年は黙って聞いている。


「こんなっ、顔なのにっ! お酒も飲めなくて、……っ!」


 堰を切ったように言い出した。


「何のための、この顔なんだっ、と!」

「……はて、どの顔?」

「シュユウ!」


 少女は惚けた少年を諌めるように、彼女等にとっての少年の名を呼ぶ。


「ですからっ! この顔がっ!……っ。」


 青年は顔を上げて少年を見、諦めたように目を伏せた。


「ふーん。」


 面白くないかのように、瞼が瞳孔の一部を隠す。


「……じゃ、君の顔を僕の瞳に映らせてよ。」

「え」


 少年は不遜とも取れる態度で挑発的に言った。

 青年は思いがけない言葉に、思考が止まった。


「……ふっ。」


 余裕のある笑みを口元に湛えながら、青年を見上げた。その瞳はどこか挑戦的である一方で、──酷く真摯的だった。


 ゴクッ。

 思わず唾を飲み、少年の目から逸らせない。

 ──今までこんな真剣に向き合ってくれる者がいただろうか。

 ここに来ると、些末なことが泡のように次々と浮かび上がってくる。

  少年の瞳を見ると泣きそうになってくる。

 どうしてだろうか。信じたくない。仕掛けもない真綿があるなんて──

 ──悪夢だ。

 青年は視界がぼやけたことによって、何とか金の瞳から逃れた。

 目をぎゅっと閉じ、唇を噛んで苦しみに耐える。

 ──早く、はやく。どうか、この針の筵からすくって──


 だから青年は気付かなかった。少年が口角を上げたことを。


「……沢の水面が映し出す、流れに乗った枯葉は、次なる生命を繋ぐ表象であると。」

「……?」


 青年はゆるゆると目を開き、恐る恐る少年に視点を合わせる。少年は目を閉じて、何かを予見するかのように述べる。


「……その表象は僕の前に現れた。今にも溢れそうになりながら。」

「何を……?」


 訝しげな視線を投げる。強くなってきた視線に、少年は、ふ、と笑う。


「自然のまま目に優しく色付いて、風に遊ばれ乱されても、受け止める、桃色の花の木に紛れながら、僕に訴える。鮮やかに変遷して最期の炎を燃やしたまま、今も残る薄茶の表象──。」


 少年は笑みはそのままに、目を伏せた。爽やかな新緑を感じさせる空気が、少年から緩やかに流れた。


「……、──ん?」


 それに見惚れつつも、少年が口にした、見覚えのあるような色彩が引っ掛かり、青年は首を捻る。


「──そう、抱くんだ。君の髪と瞳にね。」


 次に目が合ったとき──、少年は意地悪な笑みを浮かべていた。


「あ、だから私の髪と瞳の色……。……ええっ──!?」


 青年は納得すると、目を見開いて叫んだ。


「えっと、いや、そそっ、そんな」


 青年の視線は、あっちこっち落ち着きなく、ビュンビュン移動している。それこそ目を回すのではないかと疑う程に。


 青年は明らかに狼狽えていた。


「ねぇ、どうしたの?」


 少年は微笑みを崩すことなく尋ねる。


「えっ、と! ……っ!」


 問い掛けられ何か言わなきゃと思った青年は、少年と目が合い──、『自然のまま──』

 先程少年が言った言葉が蘇り──、即座に逸らした。


「すすすっ、すみません。 恥ずかしいので、今見ないでくださいっ!」


 ──何だ、これは。むずむずして、痒くて、どこか隠れる場所があったら、真っ先に入って、ジタバタと暴れたい。


「仕返し成功ーっと。」

「え」


 何が起こったのかと、少年を見る。

 少年は得意げであった。


「君の真似、してみた。」

「は?」


 少年はにやりと笑っている。


「分かった? 紫の気持ち。」

「──、」


 青年は思い当たったのか、目を見開く。


「褒めるのはいいことだよ。君が語る言葉は、どれも美しかった。それは、君が物語を通して話しているかのように。確かにここは、君の欠落物語を補填して、充足感を得る場所かもしれない。……けれど、忘れないで。時空の流れは違えども、彼女達は現実に生きている、君と同じようにね。」


 瞳は伏せられているのに、切実な意思が伝わってくる。

 要するに彼は、彼女が青年よりも古の時代に生きているとはいえ、同じ現実に生きる者同士、同じ土俵で話すように、架空の存在にしないでくれと言っているのだろう。


「そうじゃないと、悲しいでしょ?」


 少年は明るい人情味を感じる口調とは裏腹に、綺麗な隙のない微笑みを浮かべた。その笑みはどこか虚無めいていて、物悲しい。 

 そんなちぐはぐとした印象に、胸が塞がり上手く言えなくて──、


「……はい。」


 ただ、返事をすることしか出来なかった。


 少女は、青年に微笑んでいる少年を見ていた。


 ……シュウユウ、どうして貴方は含まれてないのですか──。


 握り拳を片方の手で包み込んだ。


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