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元税務調査官、異世界で世界監査局を作ったら魔王軍の脱税を暴いて世界最強になりました  作者: 春野ケイ


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第9話 初めての監査

 翌朝。


 真人は再び王都北の森へ足を踏み入れていた。


 木々の間を抜け、岩壁の裂け目へ向かう。


 昨日と同じ道。


 迷うことなく地下倉庫へ続く通路を進んでいく。


 やがて、低い話し声が聞こえてきた。


「その木箱は奥へ運べ。」


「積み上げる高さを間違えるな。」


 地下倉庫では、数人の魔族が黒色鉱石を運んでいた。


 その様子を見守るガルドが、真人の姿に気付く。


 眉をひそめ、小さく息をついた。


「……昨日、帰れと言ったはずだが。」


 真人は足を止め、軽く頭を下げる。


「はい。」


「ですが、確認したいことがあります。」


 ガルドは腕を組み、しばらく真人を見つめていた。


 やがて呆れたように笑う。


「本当に諦めが悪い人間だ。」


「普通なら二度と近寄らん。」


 真人も苦笑する。


「仕事柄、一度気になったことは最後まで確かめないと落ち着かないんです。」


 ガルドは肩をすくめた。


「変わった仕事だな。」


「まあいい。」


「邪魔だけはするな。」


「ありがとうございます。」


 真人は静かにうなずくと、昨日調べきれなかった地下倉庫へ視線を向けた。


 その時だった。


「ガルド様!」


 倉庫の奥から、一人の魔族が慌てた様子で駆け込んでくる。


「大変です!」


「第四列の木箱が……!」


 ガルドの表情が変わる。


「何があった。」


「魔力が漏れています!」


 地下倉庫の空気が、一瞬で張り詰めた。


ガルドはすぐに駆け出した。


 真人も後を追う。


 地下倉庫の奥では、数人の魔族が木箱を囲んでいた。


「下がれ!」


 ガルドの一声で、部下たちが道を開ける。


 木箱の隙間から、黒い靄のような魔力がゆっくりと漏れ出していた。


 空気が重い。


 胸の奥を押されるような圧迫感がある。


「昨日までは何ともなかったんです!」


「急に漏れ始めて……。」


 部下の一人が焦った声を上げる。


 ガルドは木箱へ手を伸ばしかけたが、すぐに止めた。


「触るな。」


 その一言で、部下たちは動きを止める。


 ガルド自身も、どう対処すればいいのか分からない様子だった。


 真人は木箱へ近づく。


「見ても構いませんか。」


 ガルドは真人を見る。


 数秒考えたあと、小さくうなずいた。


「……好きにしろ。」


 真人は木箱の前にしゃがみ込み、黒色鉱石へ静かに手をかざす。


(【完全査定】)


 淡い文字が視界に浮かび上がった。


【対象】


黒色鉱石


【状態】


保管限界到達


世界循環への還元遅延


魔力漏出発生


 真人は表示を最後まで読み終えると、ゆっくり立ち上がる。


 原因は見えた。


 だが、この場で結論を急ぐつもりはなかった。


 まずは、確認しなければならないことが、あと一つだけ残っている。


真人はガルドへ向き直った。


「一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか。」


 ガルドは漏れ出す魔力から目を離さずに答える。


「何だ。」


「この鉱石は、あなたの判断で集めているものですか。」


 ガルドは首を横に振った。


「違う。」


「俺は管理を任されているだけだ。」


「採掘も運搬も、すべて命令で動いている。」


 真人は静かに続ける。


「その命令を出しているのは。」


 ガルドは少しだけ視線を落とした。


「悪いが、それは話せん。」


「俺にも守るべき立場がある。」


 真人はそれ以上追及しなかった。


「分かりました。」


 短い返事だった。


 聞きたいことは聞けた。


 ガルドが嘘をついているようには見えない。


 真人はもう一度、漏れ出す魔力へ目を向ける。


 木箱。


 黒色鉱石。


 そしてガルド本人。


 必要な情報は揃った。


 真人は静かに息を吸う。


「ガルドさん。」


 ガルドが真人を見る。


「確認は終わりました。」


「これより、あなたを監査します。」


 地下倉庫が静まり返る。


 部下の魔族たちも、何が始まるのか分からず真人を見つめていた。


ガルドは眉をひそめた。


「監査……だと。」


「はい。」


 真人は静かにうなずく。


「あなたを責めるためではありません。」


「世界に起きている異変との関係を確認します。」


 ガルドはしばらく真人を見つめていた。


 やがて、小さく息を吐く。


「……好きにしろ。」


「どうせ止めても、お前はやるんだろう。」


「はい。」


 真人は短く答える。


 ガルドの前に立ち、静かに意識を集中させた。


(【完全査定】)


 視界に文字が浮かぶ。


【対象】


ガルド


種族:魔族


保有魔力:3,280


未納魔力:1,240


監査対象:該当


 続いて、新たな文字が現れた。


【未納魔力と地下倉庫内の保管魔力が連動】


【世界循環への還元を阻害】


 真人は表示を最後まで確認すると、ゆっくり目を開いた。


 これで十分だった。


 鉱石だけではない。


 ガルド本人の未納魔力と、この地下倉庫が結び付いている。


 監査を行うための条件は、すべて揃った。


 真人はガルドをまっすぐ見つめる。


「確認が取れました。」


「これより、世界のために徴収を行います。」


 ガルドは黙って真人を見返す。


 昨日までなら、この言葉の意味は理解できなかっただろう。


 だが、目の前で起きている異変を見た今は違う。


「……やってみろ。」


 地下倉庫の空気が静まり返る。


 真人は右手をゆっくりと前へかざした。


「――【徴収】。」


真人の声が静かに響いた。


 次の瞬間。


 漏れ出していた黒い魔力がぴたりと止まる。


「……!」


 部下の魔族たちが息をのんだ。


 黒色鉱石から淡い光が立ち上る。


 その光は天井へ向かって細く伸び、幾筋もの光となって洞窟の外へ流れていく。


 まるで、行き場を失っていた魔力が、本来あるべき場所へ帰っていくようだった。


 重く淀んでいた空気が、少しずつ澄んでいく。


 地下倉庫を満たしていた圧迫感も消えていった。


「止まった……。」


 部下の一人が思わず声を漏らす。


 さっきまで漏れ続けていた魔力は、跡形もなく消えていた。


 ガルドは目の前の木箱へ近づく。


 慎重に蓋を開け、中の黒色鉱石を手に取る。


「……安定している。」


 さっきまで感じていた暴れるような魔力は、もうどこにもなかった。


 ガルドはゆっくりと真人へ振り返る。


「これが、お前の言っていた監査か。」


 真人は静かにうなずく。


「はい。」


「世界へ戻るべき魔力を、元の流れへ返しました。」


 ガルドは黒色鉱石を見つめたまま、小さくつぶやく。


「俺たちは……。」


「好きに魔力を集めていただけだ。」


「それが、こんなことになるとは知らなかった。」


 その声に後悔よりも、純粋な驚きがにじんでいた。


 真人は穏やかな口調で答える。


「知らなかったことに、罪はありません。」


「ですが、世界には世界の仕組みがあります。」


「私は、それを元に戻す役目です。」


 ガルドはしばらく黙っていた。


 やがて、小さく笑う。


「……変わった人間だ。」


 その笑みは、昨日までの警戒とは少し違っていた。


ガルドは黒色鉱石を静かに木箱へ戻した。


 そして真人の前まで歩み寄る。


「一つ、聞いていいか。」


「はい。」


「お前は、人間だ。」


「なのに、なぜ俺たち魔族を助けた。」


 真人は少し考え、静かに答えた。


「助けたかったからではありません。」


「世界のためです。」


 ガルドは眉をひそめる。


「世界のため……か。」


「人間も魔族も関係ありません。」


「世界に異変が起きれば、最後はどちらも困ります。」


 真人はガルドを真っすぐ見つめた。


「私は、その異変を元に戻したいだけです。」


 ガルドは数秒黙り込む。


 やがて、小さく息を吐いた。


「なるほどな。」


「お前は変わっている。」


 少し口元を緩める。


「人間も魔族も関係ない、と来たか。」


 真人は苦笑する。


「仕事ですから。」


 ガルドは短く笑った。


「借りは返す主義だ。」


「困ったことがあれば、この森へ来い。」


「知っていることなら話そう。」


 そう言うと、ガルドは部下たちへ向き直る。


「お前たち。」


「今日の作業は中止だ。」


「この鉱石は、しばらく動かすな。」


 部下たちは驚きながらもうなずいた。


「はっ!」


部下たちは一斉に返事をする。


 真人は静かに地下倉庫を後にした。


 洞窟を抜け、森へ出る。


 その瞬間――。


 青空の彼方に、巨大な帳簿が静かに姿を現した。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


   世界帳簿


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


世界健全率   3.1% → 3.3%


魔力循環率   5.4% → 5.9%


世界幸福度   8.1% → 8.2%


魔王軍支配率  94%


監査済み地域  1/128


世界監査機能  停止


未納総額    計測不能


━━━━━━━━━━━━━━━━━━


━━━━━━━━━━━━━━


監査記録 No.0009


案件名:地下倉庫


監査対象:ガルド


結果:徴収完了


備考:世界循環異常を確認・正常化


━━━━━━━━━━━━━━


次回『人間にも未納はある』

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