第8話 監査対象、発見
誰もいなくなった地下倉庫は、しんと静まり返っていた。
真人は木箱の陰からゆっくりと立ち上がる。
すぐには歩き出さず、入口と奥の通路へ視線を向ける。
人の気配はない。
足音も聞こえない。
「……今のうちだ。」
真人は近くの木箱へ歩み寄り、静かに蓋を開けた。
中には黒色鉱石が隙間なく積められている。
その一つを手に取り、【完全査定】を発動した。
淡い文字が視界へ浮かぶ。
【対象】
黒色鉱石
【状態】
高濃度魔力保有
世界循環へ影響を及ぼす物質
真人は小さく息を吐く。
昨日、水源で拾った欠片よりも詳しい情報が表示された。
この鉱石は、世界の循環と無関係ではない。
少なくとも、その可能性は高い。
真人は鉱石を木箱へ戻し、今度は作業台へ向かった。
机の上には数枚の羊皮紙が置かれている。
内容を確認すると、搬入した鉱石の数や日付が几帳面に記されていた。
しかし、運び先や目的は書かれていない。
「必要な記録だけ残しているのか。」
真人は羊皮紙を元の位置へ戻す。
その時だった。
カタン。
作業台の端に置かれていた革袋が床へ落ちた。
真人は素早く拾い上げる。
口が少し開き、中から一枚の羊皮紙がのぞいていた。
そこには、倉庫を示すと思われる文字が並んでいる。
『第一倉庫』
『第三倉庫』
『第五搬入口』
真人の眉がわずかに動く。
「ここだけじゃない……。」
同じような倉庫が、他にもある。
そう考えるのが自然だった。
羊皮紙を元へ戻し、革袋を作業台へ置いた、その時――。
コツ……。
通路の奥から、誰かが歩いてくる足音が聞こえた。
真人は反射的に木箱の陰へ身を隠す。
足音は迷うことなく地下倉庫へ近づいてくる。
やがて、一人の魔族が姿を現した。
「……忘れ物をしたな。」
低く落ち着いた声。
さきほど部下へ指示を出していた、責任者の魔族だった。
責任者の魔族は作業台へ歩み寄ると、置き忘れていた革袋を手に取った。
「まったく……。」
小さく苦笑しながら腰へ下げる。
そのまま踵を返し、入口へ向かって歩き始めた。
真人は木箱の陰で、その背中を見送る。
(もう少し待てば――。)
そう思い、ゆっくりと体勢を変えた、その瞬間だった。
コツ。
靴の先が小石に触れ、乾いた音が洞窟に響く。
責任者の魔族の足が止まる。
静かな洞窟に沈黙が流れた。
「……誰だ。」
低い声が響く。
真人は数秒考えたあと、小さく息を吐いた。
これ以上隠れ続けても意味はない。
真人は木箱の陰から静かに姿を現した。
責任者の魔族は目を細める。
「人間……。」
驚くというより、意外そうな表情だった。
真人は軽く頭を下げる。
「勝手に立ち入ってしまい、申し訳ありません。」
責任者の魔族はしばらく真人を見つめる。
「逃げないのか。」
「逃げても、ここへ来た事実は変わりません。」
真人は落ち着いた口調で答えた。
「まずは謝るべきだと思いました。」
責任者の魔族は小さく笑う。
「変わった人間だ。」
「名前は。」
「榊真人です。」
「俺はガルド。」
「この倉庫を任されている。」
短いやり取りだった。
互いに名を名乗ると、再び静寂が訪れる。
ガルドが真人へ視線を向けた。
「それで。」
「何のためにここへ来た。」
真人は真っすぐ答えた。
「調査です。」
ガルドは眉をわずかに動かした。
「……調査?」
その一言だけ返し、真人の次の言葉を待った。
真人は静かにうなずいた。
「王都の北にある貯水湖の水位が下がっています。」
「その原因を調べていたところ、この場所へたどり着きました。」
ガルドは黙って話を聞いている。
表情は変わらない。
「なるほど。」
短くそう答えると、それ以上は何も言わなかった。
真人も問い詰めることはしない。
今は話を引き出すより、相手を知ることが先だ。
真人はガルドを見つめながら、意識を集中させる。
(【完全査定】)
視界に淡い文字が浮かび上がった。
【対象】
ガルド
種族:魔族
保有魔力:3,280
未納魔力:1,240
真人は心の中で静かに息をのむ。
(未納がある……。)
しかし、その表情は変えなかった。
未納がある。
それは確認できた。
だが、それだけで徴収はできない。
この未納が、王都の異変とどう関わっているのか。
まだ証拠は揃っていない。
ガルドは真人の様子を見て、不思議そうに首をかしげる。
「どうした。」
「いえ。」
真人は静かに首を横へ振った。
「少し、考え事をしていました。」
ガルドはそれ以上聞こうとはしなかった。
「そうか。」
短く答えると、洞窟の入口へ視線を向ける。
「今日は帰れ。」
「ここは、お前が長居していい場所じゃない。」
真人は一度だけ地下倉庫を見渡した。
黒色鉱石。
木箱。
作業台。
そして、ガルド。
今日だけでも、多くの事実を確認できた。
「……分かりました。」
真人は小さくうなずく。
「今日は帰ります。」
そう言って踵を返し、地下倉庫を後にした。
森へ続く通路を歩きながら、真人は胸の内で静かに整理する。
監査対象は見つかった。
次に必要なのは、徴収ではない。
未納と異変を結び付ける、決定的な証拠だった。
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監査記録 No.0008
案件名:地下倉庫
調査結果:監査対象を確認
対象:ガルド
状況:証拠収集中
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次回『初めての監査』




