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元税務調査官、異世界で世界監査局を作ったら魔王軍の脱税を暴いて世界最強になりました  作者: 春野ケイ


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第7話 岩壁の向こう側

 翌朝。


 真人は再び王都北の森を訪れていた。


 昨日見つけた水源。


 そして、その奥に残されていた不自然な痕跡。


 何者かが繰り返し出入りしたような足跡。


 人工的に削られた岩壁。


 どれも異変と関係している可能性はある。


 だが、可能性だけで結論を出すことはできない。


 だから真人は、もう一度ここへ戻ってきた。


「見落としがないか、最初から確認しよう。」


 岩壁まで歩み寄ると、真人はすぐには触れず、その周囲をゆっくりと見て回る。


 足元には、昨日も見つけた車輪の跡が残っていた。


 近づいてよく見ると、その跡は岩壁の正面で途切れている。


「やはり、おかしい。」


 荷車で運んできた荷物を、こんな森の奥で降ろす理由が思いつかない。


 真人は車輪跡をたどるように視線を動かした。


 すると、岩壁の端に違和感を覚える。


 そこだけ苔が薄く、垂れ下がる蔦の向きも周囲とは微妙に違っていた。


 真人はしゃがみ込み、岩肌と蔦を見比べる。


 風に揺れた形跡ではない。


 誰かが手を加えたようにも見える。


「……確かめてみよう。」


 真人は蔦を傷めないよう慎重に脇へ寄せた。


 その奥には、岩壁に沿うように続く通路が姿を現す。


 幅は荷車が十分に通れるほど広く、地面には何度も車輪が行き来した跡がくっきりと残っていた。


「なるほど。」


「車輪の跡は、ここへ続いていたのか。」


 真人は通路の先へ目を向ける。


 外からは完全に見えない構造になっている。


 意図的に隠された通路なのか、それとも別の目的があるのか。


 まだ分からない。


 分かるのは、この通路が今も使われているということだけだった。


 真人はゆっくりと息を吸い込み、慎重に一歩を踏み出す。


 外の光が少しずつ遠ざかり、洞窟の冷たい空気が肌を包む。


 足元には、新しい車輪の跡と無数の足跡が続いていた。


 その先には、この森の異変へつながる手掛かりが眠っている。


 そんな予感がしていた。


通路は思っていたよりも奥へ続いていた。


 壁面には一定の間隔で松明が取り付けられている。


 火は消えていたが、煤は新しい。


 少なくとも、最近まで誰かが使っていたのだろう。


 真人は壁へ手を添えながら、ゆっくりと歩みを進める。


 足元には、車輪が通った跡が何本も残っていた。


 その横には大小さまざまな足跡が重なっている。


 人間のものより少し大きいもの。


 反対に、小柄な者が残したような小さな足跡。


 ここを利用しているのは一人ではない。


 それだけは確かだった。


 やがて通路の先が開ける。


 そこには、広い空間が広がっていた。


「……。」


 真人は思わず足を止める。


 洞窟というより、大きな倉庫だった。


 壁際には木箱が整然と積み上げられ、樽や麻袋が隙間なく並べられている。


 荷車が数台置かれ、使われなくなった様子はない。


 床には新しい車輪跡が幾重にも刻まれていた。


 真人は一つ目の木箱へ近づく。


 蓋は閉じられている。


 鍵は掛かっていない。


 周囲を見回し、人の気配がないことを確かめると、ゆっくりと蓋を持ち上げた。


 中には黒い鉱石がぎっしりと詰められていた。


 昨日見つけた欠片と同じものだ。


 真人は一つ手に取り、静かに【完全査定】を発動する。


【対象】


黒色鉱石


【状態】


高濃度魔力保有


 表示は変わらない。


 名前も用途も分からない。


 だが、この量は昨日見つけた欠片とは比較にならなかった。


「これほど集める理由がある……。」


 真人は独り言のように呟く。


 しかし、それ以上は踏み込まない。


 まだ理由は分からない。


 分からないものを、自分の都合で決めつけるわけにはいかなかった。


 木箱を元の状態へ戻し、今度は部屋全体を見渡す。


 作業台が一つ。


 その上には削岩用と思われる工具が並んでいる。


 壁際には予備の松明。


 空になった木箱も積まれていた。


 生活用品は見当たらない。


 寝床もない。


「生活する場所じゃない……。」


 ここは物を保管し、運び出すための場所。


 そんな印象を受けた。


 その時だった。


 洞窟のさらに奥から、かすかに物音が聞こえた。


 ギィ……


 木が軋むような音。


 続いて、人の話し声らしきものが微かに響く。


 真人は反射的に近くの木箱の陰へ身を寄せた。


 耳を澄ます。


 足音が近づいてくる。


 一人ではない。


 少なくとも二人。


 荷物を運んでいるような重い足取りだった。


 真人は息を潜め、その姿が現れるのを静かに待った。


足音は、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。


 ゴロ……ゴロ……。


 何か重いものを載せた荷車を押しているような音だった。


 やがて、洞窟の奥から二つの影が姿を現す。


 どちらも灰色の肌に、額から短い角が生えていた。


 人間ではない。


 魔族だ。


 二体は荷車を押しながら、何気ない様子で話をしている。


「今日はこれで終わりだな。」


「ああ。思ったより集まった。」


 荷車の上には、黒色鉱石がいくつも積まれていた。


 真人は木箱の陰から静かに様子をうかがう。


 魔族たちは周囲を警戒している様子はない。


 ここへ人間が来るとは思っていないのだろう。


「次の荷は、明日の朝だったな。」


「その予定だ。」


「急がないと間に合わねぇぞ。」


「分かってる。」


 二体は荷車を倉庫の中央で止めると、鉱石を木箱へ運び始めた。


 一つ、また一つ。


 手慣れた動きだった。


 真人はその様子を黙って見つめる。


 鉱石を保管していることは分かった。


 荷車で運び込んでいることも分かった。


 だが、何のためなのかは、まだ分からない。


 証拠は少しずつ集まっている。


 それでも、結論を出すには足りなかった。


 その時、一体の魔族が手を止めた。


「……ん?」


 鼻をひくつかせ、辺りを見回す。


「どうした?」


「いや……。」


「なんか、変な匂いがする。」


 もう一体も周囲を見渡す。


「気のせいじゃねぇか?」


「そうか……?」


 真人は身じろぎ一つしなかった。


 息を殺し、じっと様子をうかがう。


 数秒の沈黙。


 やがて魔族は肩をすくめた。


「疲れてんのかもな。」


「さっさと運び終わらせよう。」


 再び作業が始まる。


 真人は胸の内で静かに息をついた。


 見つかるわけにはいかない。


 まだ聞くべきことも、調べるべきことも残っている。


 その時だった。


 奥の通路から、さらに別の足音が響いた。


 先ほどの二体とは違う。


 ゆっくりとした、重みのある足音。


 コツ……。


 コツ……。


 二体の魔族が動きを止め、一斉にその方向を向く。


「来たか。」


「今日は早かったな。」


 真人も視線だけを向ける。


 暗闇の奥から、一体の魔族が姿を現した。


 他の二体より頭一つ大きい。


 腰には立派な剣を下げ、落ち着いた足取りで歩いてくる。


 二体の魔族は軽く頭を下げた。


「お疲れ様です。」


 その様子を見た真人は、心の中で一つ理解する。


(この魔族が、ここの責任者か。)


 男は積み上げられた鉱石へ目を向け、静かにうなずいた。


「順調だな。」


 低く落ち着いた声が、洞窟の中に響く。


 真人は木箱の陰で身を潜めたまま、その魔族を静かに見つめた。


 ここから先が、この事件の核心になる。


 そんな予感がしていた。


責任者らしき魔族は、積み上げられた黒色鉱石を一つ手に取った。


 手の中で重さを確かめるように眺め、小さくうなずく。


「傷んだものは混ざっていないな。」


「はい。」


「確認しました。」


「よし。」


 短いやり取りだった。


 命令口調ではあるが、高圧的ではない。


 二体の魔族も慣れた様子で返事をしている。


 真人はその光景を静かに見つめていた。


 洞窟の中には緊張感こそあるものの、怒号も争いもない。


 ここで行われているのは、戦いではなく作業だった。


 責任者の魔族は作業台へ歩み寄ると、一枚の羊皮紙を広げた。


 何かを書き込み、部下へ渡す。


「次の搬入は予定どおりで構わない。」


「不足分だけ追加しておけ。」


「承知しました。」


 真人は目を細めた。


(記録を付けている……。)


 税務調査官だった頃の癖で、自然とそこへ目が向く。


 帳簿か。


 納品書か。


 それとも、ただの作業記録か。


 距離があり、内容までは読み取れない。


 不用意に近づけば見つかる。


 今は我慢するしかなかった。


 その時、責任者の魔族が洞窟の奥へ視線を向けた。


「今日採掘した分は、これで全部か。」


「はい。」


「これ以上掘ると崩れる場所があります。」


「無理はするな。」


「崩れれば全部が無駄になる。」


「分かりました。」


 真人は、その会話を頭の中で整理する。


 少なくとも、この黒色鉱石は偶然集められているわけではない。


 計画的に採掘し、運び込み、保管している。


 それだけは確かだった。


 だが、肝心の目的が見えてこない。


 すると、一体の魔族が木箱の蓋を閉めながら口を開いた。


「隊長。」


「この量、本当に全部必要なんですか?」


 責任者の魔族は少しだけ考え、


「ああ。」


 とだけ答えた。


「必要だから集めている。」


 それ以上の説明はしない。


 部下も深くは聞かなかった。


 真人はわずかに眉をひそめる。


 目的を知っている者は限られているのか。


 それとも、部下にも知らせていないだけなのか。


 どちらにせよ、今ある情報だけでは判断できない。


 焦るな。


 一つずつ積み重ねればいい。


 その時だった。


 責任者の魔族がふと立ち止まり、ゆっくりと辺りを見回した。


 静かな空気が流れる。


 洞窟の中から物音が消えた。


「……妙だな。」


 低い声に、部下たちも動きを止める。


「どうしました?」


「さっきから、気配が一つ多い。」


 真人の鼓動が一瞬だけ速くなる。


 しかし、体は動かさない。


 今ここで逃げれば、音が響く。


 見つかる可能性の方が高い。


 責任者の魔族は視線をゆっくり巡らせると、木箱の並ぶ一角へ向かって歩き始めた。


 一歩。


 また一歩。


 真人との距離が、少しずつ縮まっていく――。


足音が止まった。


 真人が身を潜める木箱まで、あと数歩。


 責任者の魔族は床へ視線を落としたまま、静かに周囲を見渡している。


 洞窟の空気が張り詰めた。


「隊長?」


 部下の一体が声を掛ける。


 責任者は答えず、しゃがみ込んだ。


 その指先が地面に触れる。


 真人は息を殺した。


 地面には、荷車の車輪跡や魔族たちの足跡が幾重にも重なっている。


 もし、自分の足跡が残っていれば――。


 責任者は土を指先でこすり、小さく息を吐いた。


「……いや。」


「気のせいだったか。」


 そう言って立ち上がる。


 真人は胸の内で静かに安堵した。


 昨日から残る足跡と今日の足跡が重なり、自分の痕跡までは判別できなかったのだろう。


「驚かせないでくださいよ。」


 部下の一体が苦笑する。


「この場所が見つかるはずありませんって。」


「そう思い込むな。」


 責任者は穏やかな口調で返した。


「隠したつもりでも、痕跡は残る。」


「痕跡は、必ず誰かに見つかる。」


 その言葉に、真人は思わず目を細めた。


(その通りだ。)


 税務調査でも同じだった。


 帳簿を取り繕っても、数字の流れまでは隠せない。


 現場を取り繕っても、人の動きまでは消せない。


 真実は必ず、どこかに痕跡を残す。


 責任者の魔族は荷車へ歩み寄ると、黒色鉱石を一つ持ち上げた。


「運び出しは明日の夜だ。」


「遅れるな。」


「はい。」


 二体は力強く返事をする。


 そのやり取りを聞き、真人は新たな情報を頭の中で整理した。


 この鉱石は、ここへ集めることが目的ではない。


 どこかへ運び出される。


 つまり、この洞窟は採掘場ではなく、中継地点の可能性が高い。


 だが、運び先までは分からない。


 まだ証拠が足りない。


 その時、一人の部下が荷車の脇に置かれた革袋を持ち上げた。


 口が少し開いていたのか、中から一枚の羊皮紙が床へ滑り落ちる。


「あっ。」


 部下は慌てて拾い上げた。


 ほんの一瞬だった。


 だが真人の目には、その羊皮紙の端に描かれた印が映っていた。


 王都の紋章だった。


 真人の表情がわずかに変わる。


(王都の紋章……?)


 見間違いかもしれない。


 距離もあった。


 それでも、あの印には見覚えがある。


 王城で何度も目にした紋章と、よく似ていた。


 もし本当に王都の紋章なら――。


 この事件は、森の中だけで完結する話ではない。


 真人は胸の内に浮かんだ考えを押し込める。


 今はまだ何も断定できない。


 必要なのは推測ではなく、確かな証拠だ。


 責任者の魔族は羊皮紙を受け取ると、軽く確認して革袋へ戻した。


「忘れるな。」


「これがなければ困る。」


「はい。」


 真人は静かに拳を握る。


(あの書類を確認する必要がある。)


 それが、この事件を前へ進める鍵になる。


 その確信だけを胸に、真人は相手の動きを静かに見守り続けた。


やがて木箱への積み込みが終わると、責任者の魔族は革袋を腰へ下げた。


「戸締まりを忘れるな。」


「明日の搬入まで、誰も近づけるな。」


「承知しました。」


 二体の魔族は声を揃える。


 責任者は一度だけ倉庫全体を見回し、そのまま奥の通路へ歩き始めた。


 部下たちも荷車を押しながら後に続く。


 ゴロ……。


 ゴロ……。


 車輪の音は次第に遠ざかり、やがて洞窟の中は静寂に包まれた。


 真人はすぐには動かなかった。


 耳を澄ませる。


 足音が完全に聞こえなくなるまで待つ。


 十分ほど経っただろうか。


「……行ったか。」


木箱の陰から静かに立ち上がる。


目の前には積み上げられた黒色鉱石。


そして、誰もいなくなった地下倉庫。


真人は静かに周囲を見渡した。


「まずは、この場所を調べよう。」


━━━━━━━━━━━━━━


監査記録 No.0007


案件名:岩壁の向こう側


調査状況:継続


新たに確認


・地下倉庫


・黒色鉱石の大量保管


・複数の魔族による搬入


━━━━━━━━━━━━━━


次回『監査対象、発見』

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