第6話 水源を追え
翌朝。
真人は王都北の貯水湖を後にし、川の流れに沿って森の奥へと歩いていた。
湖で分かったのは一つだけ。
異常は確かに存在する。
しかし、それが「どこで」「なぜ」起きているのかは、まだ分からない。
(湖は結果だ。)
(まずは事実を集めよう。)
川をさかのぼるにつれ、人の手が入った形跡は少なくなっていく。
鳥のさえずりは聞こえる。
木々も青々と茂っている。
だが、どこか森全体に元気がない。
しばらく進むと、一人の老人が倒れた木を切り分けていた。
腰には斧を下げ、年季の入った服を着ている。
真人が近づくと、老人は作業の手を止めた。
「おや。」
「旅人さんか。」
真人は軽く頭を下げる。
「少し、お話を伺ってもよろしいでしょうか。」
「わしに答えられることならな。」
「この先にある水源について教えてください。」
老人は森の奥を見つめた。
「ああ、水源か。」
「昔はもっと勢いよく湧いていた。」
「今じゃ年々、水の勢いが弱くなっとる。」
「原因は分からん。」
「森も少しずつ元気がなくなってきた。」
真人は黙って話を聞く。
老人の言葉は推測ではない。
長年この森を見続けてきた者の事実だった。
「ありがとうございます。」
礼を告げ、再び歩き始める。
やがて、小さな泉が姿を現した。
岩の間から澄んだ水が静かに流れ出している。
ここが水源なのだろう。
真人は泉へ視線を向ける。
(【完全査定】)
淡い文字が浮かび上がる。
【対象】
王都北水源
【状態】
魔力不足
世界循環低下
世界への影響 特大
表示はそれだけだった。
原因は書かれていない。
真人は表示を閉じる。
(事実。)
(水源も循環が低下している。)
(だが、原因はまだ分からない。)
真人は泉の周囲をゆっくり歩き始めた。
岩肌を確認する。
木々を見上げる。
地面へ視線を落とす。
その時だった。
「……これは。」
地面に、不自然なくぼみがいくつも残っていた。
靴跡ではない。
獣とも違う。
何かが何度も通ったような痕跡。
真人はしゃがみ込み、静かに観察する。
(事実。)
(ここへ何者かが来ている。)
(推測。)
(異変との関係は、まだ不明。)
すぐに結論は出さない。
証拠が足りない。
さらに周囲を見回すと、岩肌の一部に人工的な傷が残っていた。
刃物で削ったようにも見える。
しかし、自然にできた可能性も否定できない。
(これも事実は「傷がある」ということだけ。)
(原因は断定できない。)
真人は静かに立ち上がった。
焦ってはいけない。
証拠なく結論を出せば、それは調査ではなく思い込みになる。
それだけは絶対に避けなければならない。
真人は泉のさらに奥へ視線を向ける。
木々の隙間には、まだ踏み込まれていない獣道が続いていた。
(調べる価値はある。)
そう判断した真人は、森のさらに奥へと足を踏み入れた。
獣道は、人ひとりがようやく通れるほどの細さだった。
枝葉をかき分けながら進むと、森の音が少しずつ遠ざかっていく。
鳥の声も聞こえない。
風だけが木々を揺らしていた。
真人は歩みを止めることなく、周囲へ静かに視線を巡らせる。
証拠を探す。
思い込みではなく、事実だけを拾い集める。
それが、自分の仕事だった。
しばらく進むと、足元に小さな破片が落ちているのが目に入った。
真人はしゃがみ込み、それを拾い上げる。
黒く、硬い石のような欠片。
自然の岩とは少し質感が違う。
真人は【完全査定】を発動した。
【対象】
黒色鉱石片
【状態】
魔力残留反応 微弱
表示は、それだけだった。
鉱石の名前も、用途も分からない。
しかし、一つだけ事実が増えた。
(魔力が残っている。)
真人は欠片を布で包み、懐へしまう。
後で改めて確認する価値はある。
さらに奥へ進むと、木々の間からかすかな光が漏れているのが見えた。
真人は足音を殺し、慎重に近づく。
岩壁の前までたどり着いた、その時。
「……。」
真人は息をのんだ。
岩壁の一部が、不自然なほど滑らかだった。
周囲は長年風雨にさらされた岩肌なのに、その場所だけが新しく削られたように見える。
真人は手を当てて確かめる。
冷たい。
だが、わずかな違和感があった。
軽く押してみる。
岩は動かない。
横から確認する。
隙間も見当たらない。
(事実。)
(岩壁に人工的な加工跡がある。)
(推測。)
(何かを隠している可能性がある。)
まだ証拠は足りない。
無理に壊す理由もない。
真人は岩壁全体を見渡した。
その足元には、新しいものと古いものが入り混じった足跡が残っている。
人間のものではない。
しかし、獣とも違う。
何者かが、この場所へ何度も出入りしている。
それだけは間違いなかった。
真人は静かに立ち上がる。
「今日はここまでだ。」
証拠は集まり始めている。
だが、まだ決定打には欠ける。
焦る必要はない。
調査とは、事実を積み重ねた先に答えがある。
真人はもう一度、岩壁を見つめた。
「次は、ここを中心に調べよう。」
そう呟くと、ゆっくりと来た道を引き返し始めた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━
監査記録 No.0005
案件名:王都北水源
調査結果:継続
確認事項:
・魔力残留反応のある鉱石片を発見
・人工的な加工跡を確認
・複数回の出入りと思われる足跡を確認
結論:証拠不足のため断定せず
━━━━━━━━━━━━━━━━━━
次回『岩壁の向こう側』




